7話
オレンジ髪の偉丈夫が一歩前に出る。
「俺の名はフェイ・バルトハウザーだ。 第五騎士団団長をやっている。 輝かしい未来を持つであろう諸君らに会いに来てやったわけだ」
刃のような視線で、ぐるりと俺たちを見渡す。
ミーレスの訓練生達は、まるで刃物を首もとに突きつけられたように身体を強張らせる。
「おい、団長って……」
「荒れ狂う暴力、ブラッドテンペスト……二つ名に事欠かない化物じゃねぇか……」
周囲の訓練生が震える声で話している。
厨二病をくすぐる二つ名は正直羨ましい。
俺なんて選手時代、"暴走特攻隊長"だぜ?
別にグレてもいなかったし暴走だってしてなかったはずだ。
ビビる訓練生を見て緊張をほぐすようにフェイが言う。
「なぁに、いつもやってる模擬戦の相手が変わるだけだ。 心配せずいつも通りやってくれ」
フェイは振り返り、後ろの騎士に何やら指示を出した。
「はっ!」
副官と思われる騎士から団員へと指示が飛ばされ、生徒の前へと散らばっていった。
「カクーラー、アマリア、前に出ろ!」
ミーレスの教官から名を呼ばれた二人の訓練生が、緊張した面持ちでグラウンド中央へと進む。
二人の前には黒い鎧に包まれた今回の模擬戦のお相手となる騎士が立つ。
団長のフェイと比べると小柄に見えるが、比較対照が悪いだけで二人の前に立つ騎士も十分にデカい。
黒い鎧の騎士から感じる威圧感にカクーラーとアマリアは押されているようだった。
そんな二人を一瞥した後、すらりと長剣を鞘から抜き放つ。
カクーラーとアマリアは慌てて戦う姿勢を作り、武器を構える。
ずいぶん緊張してるらしく、動きが硬い。
「こないのか? ならばこちらから行くぞ」
そう言い放つと同時に黒騎士は走り出した。
重装とは思えない速さで間合いを詰める騎士に、二人は慌てふためく。
あっという間に接近を許してしまったカクーラーは、襲い来る獣を追い払うように剣を向ける。
黒騎士はいとも簡単に盾で押し流し、そのまま盾でカクーラーを突き飛ばした。
慌てて助けに入るアマリアをいなし、そのまま押して倒した。
折り重なるように倒れる二人。
黒騎士は長剣を構え直し静かに「もう一度だ。」と二人に告げた。
別の場所では、剣士と魔導士の冒険者との模擬戦。
黒騎士は剣士との立ち位置を上手く利用し、魔導士が魔法を発動すると剣士を巻き込む形を作り出していた。
他の場所では集団戦。
人を変え、組み合わせを変え、ミーレスの訓練生は代わる代わる騎士達にボッコボコにされていく。
ボコられては回復され、戦い、倒され、ヘトヘトになるまで戦い続ける。
そうしてミーレスの訓練生達は憔悴しきってしまい、訓練場の隅でへたり込んでしまう。
その様子に俺は懐かしいものを感じる。
かつてジムで汗を流して毎日毎日、少しずつ強くなるためにボロボロになりながら研鑽を続けた日々を思い出した。
「どしたのん?」
メイが不思議そうに聞いてくる。
「お前もジムに通いだした頃はあんなんだったなーって思ってな」
メイは倒れ伏している訓練生達に目をやると苦笑いを浮かべる。
過去の自分を思い出して彼らと重ねているのだろう。
俺もメイも強くなるために同じ道を歩んでいたのだ。
その姿に抱いた思いは過ぎ去った年月の分、違いが産まれていた。
そうして、訓練生で残ったのは俺とメイ、レティとアクセルだけとなった。
わざわざSクラスの四人を残したのだろう、俺たちの前に騎士団団長のフェイが立つ。
「お前達は俺とだ。 過去最短でSクラスに到達していると噂のお前らだ。 楽しませてくれよ?」
そう言い放つと手に持った大斧を放り投げ、拳を構える。
鈍い音が地面を叩き、震わせる。
どんな重さしてんだよ……
しかし、武器持ち相手に素手か。
ナメてると思わないでもない。
だが、目の前に立つ男には今はまだ勝てる気配がしない。
帝国の騎士団の団長って事はこの世界でも強さは上の方だろう。
厚い壁をこの時点で知っておくのは悪くない。
勝てないと感じるけれども全力で勝ちに行く。
何事もやるからにはガチだ。
全員で軽く戦術の確認を行う。
お互いの手の内はわかっている、あとはそれをどう闘いに活かすか。
「よし、皆いくぞ!」
「うむ。 任せるがよい」
「オッケー! 走るよ!」
「はい! 全力を尽くします!」
フェイがニヤリと笑い、手招きする。
戦闘開始と共にメイがフェイに向かって走り出す。
それと呼応しミルズもアクセルも動く。
メイのコンパクトなジャブ、ワンツーをフェイは軽く回避する。
身体を右に半回転させ、メイに対してカウンターの一撃を合わせようとしてきた。
一撃で意識どころか命を刈り取ってしまいそうな威力、それに対してメイはまったく怯むことなく前へとさらに距離を詰めていく。
そのまま素早くダッキング、フェイのパンチを回避すると同時に左のボディブローを叩き込む。
たかだか冒険者志望の若僧と侮ったか、フェイはまともにボディにパンチを喰らう。
だが、フェイは蚊にでも指されたのかと一切怯む様子もなくメイに掴みかかろうとする。
しかしアクセルがメイの影に隠れるようにしてフェイに近づいていた。
フェイの視界では、いきなり喉元に剣の切っ先が向かってきたように見えるはずだ。
小柄で素早いアクセルならではの戦術だ。
しかしフェイは慌てる事もなく、二本の指でアクセルの剣を挟む。
そしてその指先の動き一つでアクセルのバランスを崩し返す手で一撃を加えようとした。
「え?」
たったそれだけの動きで体勢を崩されてしまい、アクセルは驚きの声を上げてしまう。
「すぐに立て直せ!」
アクセルとフェイの間にミルズが入り込み、フェイの追撃を盾で防ぐ。
そのまま目眩ましを兼ねて大きく盾をフェイの顔面に向けて振り上げた。
視線を遮られたフェイはメイとアクセルから不意をうたれるが、メイの顔面への蹴りを首を反らし、アクセルのさらなる一撃も回避した。
しかしミルズも隙を見逃さない。
空いた脇腹へ横なぎの一撃を加えそのまま走り抜ける。
そして三人が散開した所にレティの炎魔法がフェイへと吸い込まれるように打ち込まれていく。
何発かヒットさせたところでフェイは距離を取った。
フェイは苦い表情で俺たちを一瞥する。
もちろん手を抜いていただろう。
しかし騎士団の団長がミーレスの訓練生から何発も良いのを貰ったのだから格好がつかない。
団員達はその光景に驚きの声を上げる。
「本当に新人か?」
「団長相手にここまで闘えるとは……」
騎士たちの声に、少し焦りの表情を浮かべるフェイ。
新人相手だからと言って、手を抜きすぎたか?
「 噂になっていたのは伊達じゃねぇみたいだな。 もちっと真面目にやっても大丈夫そうだな」
「言い訳イクナイ!」
「ククク、団員からの視線が背中に刺さって痛かろう」
メイとレティは向かい合わせて口に手を当て、クスクスと笑い合いフェイを煽る。
「くっ!コイツら……じゃあ、 ちょっとだけ本気でいくからな!」
恥をかかされて真っ赤な顔でまっすぐ突進してくるフェイ。
それをよんでいたかのようにレティが進行方向に風の刃を飛ばす。
しかしフェイはその魔法を意に介せず頑強なフィジカルで風の刃を振り払いアクセルへ向かい走っていく。
「オラ! そんなぬるい攻撃で俺様が止まるかよ!」
黒い鎧に紅く光る宝石が闇に潜む獣の眼のように怪しく光る。
爆ぜるような音をたてながら爆速で進むフェイにミルズは横合いから盾で突き飛ばす。
だが、巨大な岩に衝突したかのような衝撃を受け逆にミルズは吹き飛ばされてしまう。
「は? なんだ、そりゃ?」
全力で押したにも関わらず自分が弾き飛ばされた。
まるで壁にでもぶつかったよう衝撃にミルズは大きく体勢を崩してしまう。
その間にフェイはアクセルに十分接近していた。
慌てて振りかざしたアクセルの横なぎの一撃をフェイは払うような打撃で止める。
弾いただけに見えたそれが、アクセルの腕を叩き折り跳ね上げた。
「ぐぅ!」
苦痛に顔を歪ませるアクセル。
そしてフェイはアクセルのがら空きとなった胴へと追撃を叩き込んだ。
アクセルは宙を舞い、受け身も取れずに地面を転がる。
アクセルの手足は壊れた人形のように不自然に折れ曲がり、その意識は完全に断たれていた。
しかし、それでも剣は握られていた。
骨が折れ、たとえ意識が飛ぼうともアクセルの闘いは続いていた。――その証だった。
その姿にフェイは満足げに頷く。
「まずは一人だ。次はどいつにするかな。」
ニヤリと不敵に笑うフェイ。
ミルズはアクセルにチラリと視線を送るが、ピクリとも動いていない。
ジワりと嫌な汗がミルズの手に浮かぶ。
ミルズはメイとアイコンタクトをとる。
レティの魔法を合図に残った三人が動き出す。
「まだ勝とうとしてるその意気や良し!」
そう言い放つと、黒い獣は大地を蹴り凄まじい速度で近づいてきた。
立ちはだかるミルズに対してフェイは純然なる力をぶつける。
力任せでスピードだけの大きく無駄の多い打撃モーション。
現代格闘技に精通したミルズにとって、その動きは見切りやすいものだった。
受け流し、メイに攻撃で距離を取らせてレティの魔法で攻撃。
ミルズは頭の中に描いた未来をフェイの攻撃の中に見ていた。
しかし未だミルズは理解していなかった。
先程の攻防の中で自分たちとフェイのフィジカルの違いを見ていたにも関わらず、創造力を欠いていたのだ。
圧倒的な力を持つものに対して自身の常識で判断はしてはいけなかったのだ。
フェイの一撃は構えた盾によって遮られる。
だがその瞬間、至近で何かが炸裂したような強烈な衝撃がミルズを襲う。
圧倒的な暴力は盾を超えてミルズに大きなダメージを与えたのだ。
フラフラと視線すら定まらない中で反撃を繰り出すミルズ。
だが朦朧とした意識下の攻撃の精度はフェイに通じるものではなかった。
鋭さを欠いた一閃はフェイを捉えることはなく、ミルズへの大きな攻撃のチャンスを与える結果になった。
ミルズへの止めの一撃が繰り出される。
その瞬間、マシンガンの弾丸のように射出されたレティの土魔法がフェイに襲いかかり、的確に着弾させていく。
レティはフェイの回避方向さえ先読みし、無視出来ないダメージを与えていく。
思わぬ攻撃に面食らったフェイは一旦ミルズから距離を取り、魔法の範囲外へと離れる。
追撃が来ないことを確認し、フェイはトドメを刺そうと再び視線をミルズに戻す。
ミルズは立ち上がっていた。
しかし、焦点の合わない眼はすでにフェイを捕らえてはいない。
「はは、人間辞めやがって、ふざけんなよ……いつか、倒して……やる……」
そう言い残してミルズは地面に倒れ込んだ。
「面白いヤツが出てきたな」
フェイはミルズを見て口角を上げる。
あっという間に二人がやられメイの動きに迷いが生じる。
それを見逃すほどフェイは甘くない。
まっすぐ最短距離で間合いを詰めていく。
「娘っ子、ぼぉっとするな!」
レティは土魔法と風魔法を使い、辺りを砂塵で包む。
メイにフェイから距離を取らせるために魔法で土煙を発生させたのだ。
普段ならそれで回避行動が取れたであろう、だが二人があっという間に倒されたことに困惑し、反応の遅れたメイは既にフェイの間合いの中だ。
「これで三人、残るのは……」
フェイは最後の獲物を捉えるべく周囲を見回すがレティの姿は見当たらない。
彼女は既にフェイから大きく距離を離していた。
フェイはレティの戦闘における判断力に舌を巻く。
こんなやつが冒険者志望だとは笑い話にすらならない。
完全に歴戦の古強者の立ち回り。
一つの魔法すらも回避出来ず、レジストするしか無かった。
追撃に入ろうにも完全に間合いの外。
ただのフィジカルごり押しで勝てただけという事実にフェイは驚愕していた。
これが成長した時に一体どうなるのか、味方であるならまだしも敵になるような事があれば……
愕然と立ち竦むフェイに
「参った。 ワシらの敗け。 ワシ、殴られるのイヤじゃもん。」
レティはヒラヒラと手を振って降参の意思を伝える。
「なんじゃ? 降参って言っとるじゃろが。 それともこんな美少女をぶん殴る性癖でもあるのかいのぅ。」
怖い怖いとバタバタ走って逃げるレティ。
フェイはレティの逃げていく背中を見送っていた。
自分の拳が冷たい汗を握り込んでいたことに気付く。
この模擬戦の勝者は誰であったか、それぞれの表情からは読み取る事は出来そうになかったのだった。




