2話
「ほぅ、ワシの名前を覚えておったか、殊勝なことよのぅ」
目の前に現れた深紅の眼、白銀の髪を持つ少女。
名前はレティシア。
俺は彼女をレティと呼んでいた。
芝居がかった話し方が特徴的で気位が高そうなヤツだ。
だが、その気位とは反対に、身長は140cmを少し超えたあたりだろう、周囲のキャラクターと比べても小さい。
この時代のネットゲームのプレイヤーキャラクターはある程度のテンプレが用意された中でパーツを選んで自分のキャラクターを作成するのだけど、レティはどれにも当てはまらない。
ネトゲ初心者だったあの頃の俺は、何かの特典でオリジナルキャラクターのようなものを作れるのだと認識していたし、まわりの皆も特に反応していなかったので気にはしていなかった。
それでも当時のグラフィックの中ではえらく可愛らしいキャラクターに出来たもんだと感心した事があった。
「ひ、久しぶりだね、レティ。」
「はぁ? ひ、久し、久しぶりじゃと? あの長い長い孤独な時間をその様な言葉で……いや、落ち着け、ワシ。あんなに練習したではないか、ここを逃せば次の機会がいつになるかわからん……」
レティシアは後ろを向く。
ヒッヒッフーと息を吹き出し、心を落ち着かせている様子だ。
赤子でも産むのか知らないが、なんでラマーズ法なんだ?
それからレティはこちらへと向き直し、にっこりと微笑んだ。
えらく硬く不気味な笑顔、口角の上がり方が不自然極まりない。
一方、電話口では皐月が「父ちゃん?父ちゃん?」と呼びかけを続けている。
「確かに久しいのぅ。悠久の時を生きるワシにとっては瞬きに等しい時間かも知れんがな」
「お、おぅ。そういやそういう設定だったな」
レティは自分を神だと自称していて、とある理由からこちらの世界にやってきた……という設定だ。
理由は不明だが、俺がこのゲームを始めた時に街中で死にかけ倒れている彼女を見かけ、回復薬をかけて命を救ったのが彼女と仲良くなるきっかけだった。
初めてのネットゲームだったが、そういうロールプレイをする人がいることは知っていた。
なので自らを神と呼ぶレティを頭がアレなやつだとは思いながらも、生優しくスルーしていた。
それ以降、リファインファンタジーの中で初めて出来た友達ということもあり、彼女とはずっと一緒に遊んでいたのだった。
「設定?まぁ良い。それでヌシよ、何故またこの世界に戻ってきたんじゃ?ひょっとして……ワシに会いに来たり?愛する人を忘れられなかったりしたり?」
「いやね、ちょっとウチの娘が一緒にこのゲームで……」
ガンっと見えないハンマーで頭を殴られたように衝撃を受けるレティ。
なかなか芝居が達者だな。
「はぁ?む、娘、娘じゃと?愛するワシを 放ったらかしにした挙げ句、娘がいる……じゃと? そんなバカな……」
よろよろと後ずさるレティシア。
顔を赤くしたり青くしたり非常に忙しい。
「いや、まぁ……よい。よしとしよう。ワシは心の広い神じゃ、すべてを許そう」
「この人誰?父ちゃんの知り合い?」
電話越しに呼びかけても反応がない俺に業を煮やしたのか、皐月はチャットで呼びかけた。
「ん?なんじゃこやつは。ワシらは大事な話をしとるんじゃ、小娘よ、邪魔するなら菓子をやるんでどっかに行くがよいよ。」
「あ、これさっき話した娘、仲良くしてやってくれよ。」
もう一度見えざるハンマーの一撃を受け、レティはさらに後ずさった。
「想定外のことが多すぎるのじゃ! 娘がいるなどというシチュエーションは練習しとらん!」
癇癪を起こしたあとブツブツと独り言を言い空を見上げるレティシア。
「キャラ名はメイか、捻りがなさすぎる……メイちゃんや、この怪しげな人は父ちゃんの昔の友達でレティシアっていうんだ。」
「へぇ~20年前の友達に会えるなんて素敵だね!ゲームってすごい!ウチ、メイって言います、父ちゃん共々よろしくなんだよ!」
明るくフレンドリーに接する皐月。陽の者だけあるな、流石わが娘。
「そうか、娘っ子よ、ワシの名はレティシア。ミルズとは……そうじゃな、魂で結ばれた──そう、結魂相手とでも言っておこうかの」
「ミルズっていうのは……父ちゃんか!!魂で結ばれていたのに20年ぶりなんだね!」
「いや、20年どころじゃないんじゃが……」
「父ちゃんの事、よろしくお願いします! 女の人ですか? それだったらリアルの方でもよろしくしてあげて下さい!」
再婚とかを望んでるんだろうけど、しれっといらんこと言うんじゃないよ。
「ほぅ、娘っ子、ヌシは物事を良く解っとるようじゃな! コヤツとワシは相思相愛というヤツじゃ」
「 おぉ! まさかこんなところで父ちゃんのお相手が見つかるとは! 父ちゃんと一緒にウチもレティシアさんと遊んでいい? これから仲良くしないとだし!」
「おぉ、もちろんじゃとも。 もう一人ぐらいこのワシなら余裕じゃよ、任せておくがよいぞ!」
エヘンッと胸を張るレティシア。
皐月は自らの胸部装甲とレティのものとを見比べ、うんうんと頷き彼女に握手を求めていた。
差し出された手を、良くわかってない様子で握るレティ。
二人が仲が良くなれそうで、俺は少し安心した。
「じゃ、そう言うことで今後は二人ともワシと遊んでくれるっていうことで間違いないんじゃな?」
俺と皐月を交互に見て、確認するようにレティは言う。
皐月も頷いているし、俺はもともとレティと遊ぶのは好きだった。
もちろんと、快諾すると彼女はとても嬉しそうだった。
「ほんとにほんとじゃな? もう二度と放さんからな!たとえ世界が変わっても一緒じゃぞ!」
嬉しそうなレティを見て、救われた気持ちになる。
レティに対して後ろめたい気持ちがあったが、今これだけ喜んでくれるなら……
皐月もあまりのレティの喜びようにテンションが上がったようで俺とレティの手を取って踊り始めた。
「盟約じゃぞ!魂と魂を結ぶのじゃ!」
レティは俺と皐月の胸に手をあてて楽しそうに笑う。
俺は皐月と共に頷いて
「おう!」 「うん!」
と言った。
レティは楽しそうに笑っていた──その表情が、ふと、止まる。
そして、しばしの沈黙が生れた。
さっきまであれほど生き生きしていたレティの瞳に、光が宿らなくなった。
貼り付いた笑顔のまま、ぐにゃりと口角を上げるレティ。
選択肢を間違えてバッドエンドに突入するかのような、そんな選択ミスをしたような感覚。
モニターをよく見るとレティの手が俺たちのゲーム内のキャラクターの胸にめり込んでいる。
なぜか俺はゲームのキャラクターではなく、自分自身の胸の中を……
心臓を強く鷲掴みにされたような感覚に襲われる。
「我こと成せり。 ここに契りは交わしたのじゃ! フフ、フフフ、アーーハッハ!」
邪悪な笑みを浮かべるレティ。
月を見るたびに思い出しそうな笑い方だ。
「苦労したぞ……もう一つの世界にヌシがいることはわかっとったが、そこから先がどうにもならんかったからの」
耳元で彼女の笑い声が木霊する。
ゲーム内のチャットでしか話した事のないはずの…
聞いたことのないはずのレティの声が頭の中で響き渡る。
湿度の高い、ねっとりと絡み付くような声。
それは狂喜に満ちて震えている様だった。
「最初はどうなることかと思っとったがのぅ、これぞ天運。 長く待った甲斐があったというもんよ。 獲物が自分から飛び込んできよるとわな…… 」
手で顔を覆い震えながら下を向き、そして噛み締める様に彼女は天を仰いだ。
「次がいつになるか解らんからの、最後のチャンスと思ってドキドキしたわい。」
そしてレティは何かを探すように視線を動かす。
「う~ん、このへんかの。」
彼女がそう言うと目の前のモニターから手が生えてきた。
手だ。
モニターから、ニョキっと。
整えられた指先に深紅の爪、日焼けしたような褐色の肌だがきめ細かく美しい手。
それが目の前のモニターから生えてきているのだ。
信じられないものを見て思考が停止する。
その手はモゾモゾと何かを探しているのか、まるで箱に入ったくじをひくようにもぞもぞと動いたと思うと、俺の頭を鷲掴みにした。
「お、おったおった。 ナイスキャッチ、ワシ。」
「いだだだだだ、割れる割れるぅうう~」
モニターから生えてきた手は俺のこめかみのあたりをガッチリと掴み、力強く握り込んでくる。
所謂アイアンクローだ。
それと同時に凄い力でモニターの中へと引きずりこもうとしてきた。
電話の向こうで叫び声が聞こえる。
「キャー! なんか来た! モニターから……え、手ぇええ!」
まさか皐月も同じ目にあっているのか?
「皐月ちゃん、大丈夫か? 皐月、皐月?」
モニターの縁に手をついて引き込まれる力に抗いながら叫び続けるが、すでに電話の向こうからの応答は無い。
あまりの力強さに逆らう余力が失くなっていき、徐々にモニターの中へと引きずり込まれていく。
「待て! 引っかかってるから! 顔が、ベゼルに! 雑、雑! 引っ越し屋のバイトでも、もうちょっと丁寧だぞ!」
頭がモニターの向こう側へと沈み込んでいく。
そして捕まれた手の指の間から、俺を掴み引きずり込んだヤツの正体を見る。
少女だ。
銀の髪は腰まで伸び、光でも放っているように細く美しい。
気の強さを感じるつり目がちに赤い瞳、少し幼さを残すが整った顔立ち。
そんな女の子がニヤリと口の端をあげて笑いながら語りかけてくる。
「ヌシ、そんな顔をしておったんじゃな。 まぁ、ワシは別に顔立ちなんぞ気にはせんが、なかなか男前じゃと思うぞ」
「まさかレティなのか?」
「うむ、娘っ子はもう先に送ってある、ヌシもはやくいくぞ」
どこへ……?
顔面ワンハンドキャッチスタイルから俺の顔を両手で優しく包み込むように添える。
そのまま引き寄せられ互いの顔がどんどん近付いていき、俺の目には澄んだ紅い眼だけが映る。
「異世界転生ものの主人公になる気分はどうじゃ? ヒロインはワシ。 知っているか? レティちゃんからは逃げられないのじゃ!」
それは大魔王からであって、ヒロインからじゃねぇ!
レティの顔が近くなっていく。
こいつ、マジで綺麗だな。
自分の身に起こっている事と比較して、どうでもいいことを俺は思っていた。
そして俺の意識は、ぷつんと途絶えたのだった。




