16話
冒険者ギルドでまずは姫様、もといアーシェの登録を行う。
当然アーシェというのは偽名なのだがあっさり申請は通った。
もともと名前なんていい加減なものなんだろう。
俺やメイの名前もゲームのキャラクターの名前だったしな。
これでランク1の新たなルーキーが生まれたわけだ。
そのまま掲示板へと向かう。
普段ならランク1でも戦闘経験が得られ、報酬もそこそこで人気の角つき兎の討伐が一つもない。
ランク2の討伐系のものもない。
仕方ないので今回は薬草採取の比較的簡単な依頼を受注しようと依頼票に手を伸ばしたその時、別の手が重なる。
隣を見ると赤い髪の青年がいた。
瞳は黒、すっと整った眉。
線の細さからルーキーっぽい印象だが割と装備がしっかりしている。
軽鎧に剣と盾、タンクよりの戦闘スタイルなのかな。
エルフィニアとしては珍しく、耳の先が丸い。
その特徴的な耳から昨日の獅子の泉での出来事もあって、青年をじっと見つめてしまった。
青年も俺を見て何か思い出したのか、驚いた顔をしていた。
「あぁ、ごめんごめん。これ受ける? 俺達は他のにするよ」
「ありがとう」
そう一言だけ答えた青年は、顔を隠すように伏目がちに依頼票を受け取るとカウンターへと移動しようとした。
「あっ! キミは昨日の!」
いきなりメイに声をかけられ怪訝な表情を浮かべる赤毛の青年。
「何処かで会いました? ごめんなさい、記憶になくて。」
「あ、いや、その、ゴメン! ウチの勘違い!」
この感じのメイは何か嘘をついている時のものだ。
よくわからんが嘘をつく必要があったのかな。
「危ない危ない……クレセントムーンの時だった」
なんじゃ、そのなんとかムーンって?
出会って数秒、お互いの妙な反応に変な空気になる。
沈黙を破ったのはアーシェ。
「あなたもルーキー? 良かったらその依頼、私達と一緒しない?」
いきなりそんな事を言い出す。
「見たところ手慣れた様子でもなさそうだし……私もルーキーなの。同じぐらいのレベルの冒険者がいると気が楽だわ」
皇族の割にフランクなアーシェは彼をパーティーへと誘う。
お高くないのは個人的に高評価なんだけど、今イレギュラー要素が増えるのは歓迎したくないなぁ。
「……それじゃあお願いしようかな。実は僕、ついさっき冒険者登録したばかりで自信がなくて……」
アーシェの明るい笑顔に、一瞬たじろぐように目を逸らしたが、すぐに小さく頷いた。
俺から逃げ出すようにそそくさと依頼票を受け取ったのは緊張してたからかな。
アーシェの明るい笑顔と初めての依頼という不安は、初対面であるという壁を打ち破ったのだった。
ロンフォニーの森。
街から数キロ離れたここはルーキー冒険者の集う森。
角うさぎやワイルドボアなど危険度の低いモンスターや数多くの薬草が自生している。
「ミルドリーフ、ありました!」
「こっちも発見です」
テキパキと動き次々と依頼に必要な薬草を見つけていく。
その場の流れで同行することになった青年の名前はアイン。
実は騎士クラスからの脱落者らしく、最後の希望をかけて冒険者になったそうだ。
「ミーレスの冒険者クラスにも落ちてしまうと、僕の夢が潰えてしまう。 だからどんなに下積みが長くてもここで頑張りたいんだ」
そんな事情を話してくれた。
良いねぇ、夢を追う若者は。
おじさん、胸が熱くなっちゃうよ。
薬草採取を始めて小一時間ほどたった。
次から次へとミルドリーフを発見する二人とは違い、全く役立たない三人がいた。
「あなたたち、本当に優秀なの? フェイから聞いた話とだいぶ違うのだけど。」
薬草でもないそこらの雑草を引き抜く俺たちを見て呆れるように言う。
「草なんぞ食べんからのぅ、肉があれば良いのじゃ」
「人は油で動く! 肉の脂があればいい!」
「一応ちゃんと教えてもらったんだけどさ…… これかな」
「それはキノコです」
「草って言っとるじゃろが。 そんなにセクハラしたいんか?」
「最低!」
「はぁ? 緑色のキノコがあるとは思わんだろが!」
「ローザ、言ったれ! コヤツに」
「あらあら御立派なキノコですわ。 こちらと入れ替えてみてはどうですか?」
「何と?」
「ナニと言われましても……」
「ケツにぶち込んでやればえぇんじゃ」
「何を?」
「はぁ……」
アーシェがため息をついた。
「フェイはこの人達の何を見て評価したのかさっぱりわからないわ」
まずい……ルーキーにダメ出しされるレベルの俺たちの評価は下がる一方で上がる気配は見られない。
「ローザは薬草のこと詳しいのね」
「あの国では魔法技術が他国より劣る分、薬の知識は大事ですから」
ローザも薬草探しは得意な様子。
アーシェ、アイン、ローザの活躍でお昼すぎには依頼達成には十分な程のミルドリーフが集まっていた。
「結局あなた達は一つも見つけてないじゃない。」
緑のキノコを両手に持った俺を見てため息をつくアーシェ。
ごめんよ、役立たなくて……
「まぁまぁ、依頼は無事達成できたから良いんじゃないかな」
アーシェの指摘からアインが庇ってくれる。
しょんぼりしてるのは俺だけで、レティとメイはどこ吹く風だ。
ロイヤルレディ相手に無礼も甚だしい。
皇帝にチクられたりしないかしら。
セクハラのつもりなんてなかったけど、心象最悪の中であの発言はアウト判定になるやもしれん……
「お腹減った! そろそろご飯にしよう!」
メイが突然思い出すように叫ぶ。
指差す先には巨大なワイルドボアの姿が見える。
相手はこちらに気付く様子もなく、のん気に木の実を食べていた。
「おぉ、ワシ、あれ結構好きなんじゃ」
「じゃ、そうすっか。んじゃよろしく」
「んむ」
魔法を唱えようとレティが杖を構える。
俺やメイが戦う準備すらしていないのを目の当たりにしてアーシェが焦りだした。
「ちょっと! 何やってるのよ!」
「ん?」
「あんな大きなワイルドボア相手に抜刀もしていないなんて死ぬ気?」
慌てて抜刀するアーシェ。
遅れて剣と盾を構えるアイン。
「皆さん、僕の後ろに!」
アインは俺たちの前に進みワイルドボアの突進に備えた。
二人が騒ぎ立てるからワイルドボアがこっちに気付いちゃった。
まあ、やる事は変わらないので問題はないんだけど。
ワイルドボアはやる気たっぷりで前足を踏みしめ、低く構える。
全長二メートルはあろうかという巨体が、まるで銃口を向けるようにこちらを狙いすまし、殺気を放つ。
息をのむアーシェとアイン。
緊張と恐怖に剣の切っ先がかすかに震え、かちゃかちゃと小さな音を立てていた。
次の瞬間、ワイルドボアは一直線に突進してきた。
障害物となる倒木をドンと音を立てて粉砕しながら、ただ真っすぐに。
アインとアーシェにとってその姿はまさに、恐怖そのものだったんだろう。
――だが、その時だった。
二人の間を風が切り裂く。
突然起こった突風に二人は目も開けられない。
ワイルドボアが迫ってきているはずと思って……焦る二人は身を強張らせて防御姿勢を取るのだった。
視界を失った恐怖感からアーシェとアインにとっては永遠にも思える時間だったかもしれない。
しかしワイルドボアはレティの魔法で、きれいに真っ二つ。
アーシェとアインの目の前にその半身が倒れ込んでいた。
眼の前で起こったことが理解できていないのか、唖然とするアーシェとアイン。
「ごっはんーごっはんー」
メイがスキップをしながらナイフを取り出しワイルドボアだったものに近付いていく。
「さっさと解体するか!」
俺ももう一方へと向かい解体を始める。
「うむ。新鮮な肉は美味いからの」
手慣れた手つきでワイルドボアを食材へと変化させていく。
「もう終わったので大丈夫ですよ」
ローザに優しく声をかけられてアーシェとアインはようやく正気に戻る。
緊張で強張った身体は剣を放してくれないようだ。
ブンブンと腕を振るい、ようやくアーシェの持つ剣が手から離れ地面へと突き刺さる。
二人は呆然として俺たちを見つめていた。
「フェイが言っていた事は間違いではなかったのね……」
「僕にもこんな力があれば……」
二人の視線を受けて一安心だ。
あれは尊敬の眼差し……のはず!
俺たちの株価はストップ安からの急反発、最高値をつけて本日の相場は終了したのだった。




