14話
アーフェンクライン帝国へ戻り、城門の脇にある騎士団の詰所へと俺とレティは赴いた。
騎士団長の一人であるフェイに呼び出されていることを伝えてしばらくすると、どこかで見た顔がこちらに近付いてくる。
「お久しぶりです! 案内役をつとめさせていただきます!」
陽の光を反射する明るい茶髪の少年は、俺の記憶にある姿とはちょっと違ってた。
細かった体つきはぐっと引き締まって、胸板にも肩にもちゃんと厚みがある。
背も伸びてて、たかが三ヶ月会わなかっただけなのに、まるで別人みたいだ。
「男子三日会わざれば刮目せよ」って言うけど……いや、ほんとその通りだわ。
「久しぶりだね、アクセル君。なんだか立派になって」
「こちらこそ皆さんのご活躍は耳に届いておりますよ! ミーレス最短卒業から最短でランク3の冒険者になられたとか!」
「んまぁ、当然じゃな。ワシの器はランクなどという枠に留まる事が出来んからの」
「そうですね! フェイさんも皆さんのことを良く誉めていらっしゃいました!」
「そのフェイからの呼び出しなんだけど……」
「はい、伺っております。こちらへどうぞ」
アクセル君の案内で城内へと入る。
今日はパーティーを代表として俺とご指名のあったレティの二人だけ、メイとローザは自由時間だ。
メイは町をみて回るらしい。
ローザは獅子の泉で祈りを捧げるって言ってた。
祈りを捧げる対象が神ではなく、見た目が好みのエルフィニアというのが残念極まるところだ。
飾り気のない、質実剛健な印象の部屋へと案内される。
そこには頭をかきながら書類に目を通しているフェイがいた。
まぁ、書類に囲まれるよりは、敵に囲まれて暴れている方が似合ってるわな。
「失礼します!」
アクセル君が敬礼し目的の人物が来たことをフェイに伝える。
「おぉ、良く来たな。待ってたぜ。座れ座れ」
机に積まれた書類から逃げるように俺たちの前の椅子へと腰かける。
「書類仕事はどうにも苦手でな」
敵前逃亡は死罪のはずだが、団長ともなると戦術的な撤退だと強弁することも可能らしい。
「今日呼んだのはおまえ達に直接依頼があってな……」
――
「今日も町の安全はウチが守る!」
メイは趣味でヒーローごっこをやっていた。
町を巡回して平和を守るのだ。
小学生の頃にいじめを受けて引きこもりがちだった彼女は、格闘技の世界で戦う父の姿が自分の思い描くヒーロー像にぴったりとはまった。
倒れてもすぐに立ち上がり戦う構えを取る。
ここぞというシーンを見逃さず勝利を掴む、そうした姿に憧れたのだ。
自分もヒーローになる。
幼い彼女はそう心に誓い逆境を跳ね返す糧としたのだった。
今日も民家の屋根を飛ぶように移動し、自主的に町の警備をする。
そして商店が立ち並ぶ区域に入った時に事件は起こった。
「誰かそいつを捕まえて! 引ったくりよ!」
老婆が道に倒れて叫んでいる。
「どけ! どけどけー!」
見るからに怪しい覆面の男が、周囲の人間を押し倒しながら逃走していたのだ。
メイがそれを見て、覆面男の前に降り立とうとしたその時だった。
「悪漢め、人のものを盗むなんて言語道断! そこになおれ!」
覆面男の前に赤い髪を短く刈り込んだ細身の青年が立ちはだかっていた。
メイは自分の登場のシーンを劇的にするためにポーズを取り、決めゼリフを叫ぶ寸前だった。
もしこの時、屋根の上に視線を向けていた人がいたならば、一人の少女が恥ずかしさで赤面している所が見れたかも知れない……
ミーレスで見た覚えのある制服に身を包んだ彼は、覆面男の前で鞘に納めたままの剣を構える。
「邪魔だ!、どけ!」
覆面の男は青年に怯むことなく走りだした。
そして覆面男と青年が交差する瞬間、青年は吹き飛ばされ道端のゴミ箱に体から突っ込むのだった。
メイは屋根の上でずっこける。
こういう場合、赤毛の青年が覆面男を軽く捻り上げるシーンだろうと。
「展開が予想の外!」
メイは心の中で突っ込みを入れた後、いつものように目元だけを隠す三日月型のマスクを被り、高く飛び上がる。
赤いマントをひらめかせ、逃げる覆面男の前に降り立つ。
「天知る! 地知る! 月が知る! 貴様の悪行、このクレセントムーンが―― 月に代わって、成敗する!」
そう名乗りを上げるメイ、いやクレセントムーン。
覆面男は赤毛の青年にしたのと同じように、クレセントムーンへと突進してくる。
「何がクレセントムーンだ。丁度正午を回ったぐらいじゃねえか! 出てくるのが半日は早いんだよ!」
覆面男は勢いよく拳を振り上げる。
「クレッセントパーンチ!」
その拳が届く前にクレセントムーンの容赦ない前蹴りが男の腹に突き刺さる。
「くぼぁ、パンチっていった……じゃん……」
地面に悶絶しながら倒れピクピクと体を震わせる覆面男。
「成敗!」
残心を取り、クレセントムーンは盗まれた鞄を老女に返す。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
「お気になさらず! 町の平和はこのクレセントムーンが守ります!」
そう告げた後、ゴミ箱に叩き込まれた赤毛の青年のもとへ行き、彼を引き上げる。
結果はどうあれ、もう一人のヒーローを賞賛せずにはいられない。
引き上げた彼の手は、日頃の研鑽がうかがい知れる剣だこがあった。
「すまない、助かるよ」
そう礼を言う青年。
「クレセントムーンさんだっけ、君は強いね。僕は騎士見習いの身なんだけど、その……あまり……強くなくてね」
気恥ずかしそうにそう答える青年にクレセントムーンは答える。
「日頃の鍛練は裏切らない。君に刻まれた日々の努力は、いずれ大きな恵みになるに違いない!」
彼女は自分自身が信じている事を彼に伝えてポーズを取る。
「では、さらばだ!」
颯爽と現れ事件を解決し素早く去る。
己のヒーロー像を大切にするメイはそのまま服飾店の屋根に一飛び。
太陽の光の中に消えていくのだった。
たしかに彼女は名前の選択を間違えているかもしれない……
だが、本人が気にしていない以上、きっとそれでいいのだろう。
一方その頃――
ローザは獅子の泉と呼ばれる噴水広場の前で祈りを捧げていた。
少なくとも町行く人々にはそう見えていた。
しかしローザの頭の中では妄想が暴走し、己の思想に酔っていたのだ。
聡明な彼女は物心がつく頃には、自分の将来の結婚相手を自分で決めることは出来ないのだろうと気付いていた。
親は日頃から誰々に尽くすようにとローザに伝え、そしてその相手は政治情勢と共に変わっていく。
自分がただの貢ぎ物扱いをされていると理解していたが、その一方で彼女は乙女で夢見る少女だった。
広場の木陰の下、エルフィニアのカップルがサンドイッチを食べている。
男性が自分の手を拭こうと布巾を探す素振りを見せると直ぐ様女性はすっと布巾を手渡す。
女性が喉が渇いたのだろう、視線を水筒に向けると男性がコップに飲み物を入れて差し出す。
お互いを理解して慈しみ合う関係がローザにはとても羨ましかった。
私にも素敵な相手が見つかるかしら……
ローザは夢想する。
幼い頃に読んだ昔話の絵本で活躍する四つの種族。
その内の耳の長い長身の種族にローザは強い憧れを持っていた。
繋がれた鎖から自らを解き放った彼女は憧れの種族が作る国家へと辿り着く。
そこで素敵な男性を見つけて燃えるような恋に落ちるのだ。
そして結婚して子供が産まれて……子供はすくすくと育ち……孫が出来て……愛する人と生涯を共にして一緒の墓に入るのだ。
子供どころか結婚相手すらいない段階で自分の一生を思い描くのはかなり気が早いと思われるが、ローザにはそれが楽しかった。
しかし彼女は気付いていない。
妄想の中でローザと共に生涯を生きる伴侶はいつだって同じ人物であることに。
国民のいこいの広場である獅子の泉には有名な祈りを捧げる女性がいる。
一心に何かに祈りを捧げる姿にある種の信仰心が人々に生まれはじめたのだった。




