12話
「ちなみに何で帝国に来たの? ウィンダミアもあったのに」
ちーんと鼻をかむ俺の横でローザに興味津々なメイが色々な質問をしている。
「それは……とても言いにくい事なのですが……」
さらにまだ何かあるらしい。
俺とメイは少し身構える。
「私、エルフィニアの方々が好きなんです。 あの、その……見た目的な意味で……」
「「はっ?」」
俺とメイは思いもよらぬ返答に目を丸くする。
「ほら、私、この身長ですのでウィンダミアでは少々生活に苦労しそうですし……」
ウィンダミア連邦国はネイフェルという種族を主に形成された国家で彼らの身長は大人でも140㎝ほどだ。
なので建物の作りなどは自分達に合わせて最適化されているだろう。
まぁ、言わんとしてることはわかる。
「それに、私の実家は地理的に帝国に近かったものですから……」
先程の決意の告白から一転、急にどぎまぎし始める。
その様子は小さい頃に嘘をついてごまかしていたメイとまったく同じだ。
「で、家出ついでに好みのエルフィニアでも捕まえにきたんか。」
ズバリと言い放つレティ。
「ち、ち、ち、違います! 捕まえようだとかその様なお話ではなく、こう外から眺めて幸せな気分になりたいな……って」
ローザの声がだんだん小さくなっていった。
さっき彼女の境遇を慮って流した俺の涙を返してもらってもいいかしら?
「噴水の前で祈っていたのは?」
「エルフィニアをお作りになった神への感謝を……」
コイツ、想像以上に駄目だ!
彼女の前で転びかけて受け止められた時に、ローザが役得だと言っていた謎が解けた。
「ヌシ、パーティーに入ったのはミルズが好みじゃったからとか、そういう事はなかろうな?」
ジロリとローザを睨み付けるレティ。
「それは、そう言った一面もあるかもしれません。ですが……」
そう言うとローザはゆっくりと躊躇いながら包帯を取り外す。
別に眼が見えている事を隠しているわけではないと彼女は言っていた。
だけど包帯をしていたという事は眼を隠すに足る理由はあると言うことだった。
包帯の奥に隠されていた彼女の瞳は明らかに人のそれとは違っていた。
月光が揺れる水面のように、静かにきらめく銀の瞳。
彼女の美貌と合わさり、それは本当に人ならざるものがもつような神秘だった。
「この瞳が光を失った時、私にはあるものが見えるようになりました」
「ほぅ……」
「ある程度ではありますが、その人の感情が色付いて見えるといったところでしょうか。 悪意が感じられれば寒色、好意は暖色とその色合いは様々ですが……悪意を向けられれば直ぐにわかります。」
レティが急にローザを睨み付ける。
その視線は俺とメイをまるで氷の海に沈む様に冷たく重く身体を縛り付ける。
呼吸すら忘れて意識が遠のく俺の感覚を現実へと引き戻したのはローザの暖かい手だった。
自分でも気が付かなかったが俺はローザの前に立ち彼女を庇う様にしていたらしい。
「大丈夫ですよ、彼女には害意がありませんから」
その一言に俺は我に返る。
冷たい汗が吹き出し震えていることに気が付く。
「どうやらほんとのようじゃの。 すまんかったの」
そう言ったレティはいつも通りの彼女だった。
「はい、ですのでどなたが敵か、味方か……その判別はつきます。 命の危機を感じて、なお私を庇って下さる方かどうかまではわかりませんが……」
輪郭に滴る汗を慈しむように拭いてくれるローザ。
俺は気恥ずかしくなって席へと戻る。
「そやつは、胸の脂肪しか見とらんかもしれんのぅ?」
「あらあら。……触ってみたいのですか?」
胸のまえで腕を組み、からかうような瞳を向けるローザ。
少し狼狽していると両足に痛みが走る。
レティとメイが俺の足を踏んづけてグリグリしている……
何なの、この人達。
「ほんと父ちゃんは泣き虫な上にエロス左衛門とか終わってる。」
エロス左衛門って何だよ?
ワードセンスが独特すぎるわ。
「眼と耳を失った後、私はこの能力に気づき、そこからの応用で視力と聴力を魔法で代用することを思いつきました。そもそも人の五感は魔力にもリンクしていますので……」
「なるほどの。 風魔法がソナーの役割を果たして水が受信機、神聖で脳へリンクかの……」
二人は魔法談義を始める。
魔法初心者の俺とメイは置いてけぼりだ。
レティが凄く熱心にローザの話を聞いている。
こいつ、こういうところは本当に偉いよな。
魔法技術に並ぶものなしのはずなのに、まだ自分の伸び代を探している。
心の中だけは先生と呼んでやろう。
「まぁ、とりあえずどんなことをしておるのかはわかった、満足じゃ。 次は……風呂じゃな」
メイが苦笑いを浮かべる。
「そだね」
ローザの顔がひきつる。
「そんなに、臭いますか……?」
先ほどまた眼を包帯で隠したローザと視線が交差する。
俺はその視線から逃げるように自らのコーヒーカップに視線を移す。
スンスンと服の腕回りを嗅いで天を仰ぐローザ。
どんまい!
どんな美貌の持ち主でも、風呂に入れなければそうなる。
清算を済ませて俺を残して三人は出かける。
「父ちゃんはお留守番」
「ラッキースケベなんぞありゃせんからな」
汚らわしいものを見る眼を向けてくるレティ。
誰が女風呂についていくものかよ。
見たくないと言えば嘘になるけどさ。
彼女たちを見送り一人街中を徘徊する。
ずっと戦っていたから休みは久しぶりだ。
現役時代でも週に一回は休みを入れていたしな。
俺は特に宛もなく町をぶらつくのだった。
一方その頃――
灰色の石造りの城が、城壁の内側にどっしりと構えている。
尖塔が幾本も空に突き立ち、遠くからでも威厳を放っていた。
数ある尖塔のうち塔のひとつ、その最上階の窓から差し込む光が、静かな一室を淡く照らしていた。
そこは本と紙に埋もれた部屋だった。
壁を覆う本棚には書物がぎっしりと詰まり、床にも開きかけの文献や巻物が無造作に積み重ねられている。
窓際には羽根ペンとインク壺、書きかけの文書。
わずかに揺れる香の煙が、静寂に溶けてゆく。
「おい、邪魔するぜ。」
部屋の住人に確認もとらず、その黒い鎧の男は無遠慮に中に入る。
「何用ですか?」
そう問いかける男のきらめく長髪が風に揺れる。
陽の光を反射して輝くその金髪の下には、まるで澄み切った湖面のような碧い双眸が鎧の男を見据えていた。
身にまとうのは、純白を基調とした魔道士のローブ。金の刺繍が施されたその布地は、ただの衣服というより、格式そのものを纏っているようだった。
その立ち姿には、静謐でありながら威圧すら感じさせる気品が漂っている。
「何用っておまえの代わりに噂になっていたミーレスの訓練生を見に行ってやったんじゃねぇか。 お前んとこは万年人手不足だからよ」
「で、どうでした?」
「おまえさ、仮にも騎士団の団長様を使い走りにしておいてその態度は……」
「で?」
黒い鎧の大男、第五騎士団の団長フェイ・バルトハウザーは頭をかいてこの無遠慮な男の質問に答える。
「魔導士として完成の域にある。 というかどの魔導士よりも上だ。」
「私を前にしてそう言えますか?」
自分より上、そう言われてプライドが傷ついたのか、シリウスは鋭い眼差しをフェイに向ける。
インクが波打ち、書類がビリビリと音を立て震える。
底しれぬ圧力が部屋中に満ちていく。
「あぁ、言えるね。 おまえは確かに帝国最強の魔術師だ。 それは誰しもが認めるところだろう。 かの連邦の紫炎の華とまともに魔法戦が出来るヤツはお前ぐらいだろう」
フェイは口元に手を当て目の前の男の実力を評価する。
そしてニヤリと笑って続ける。
「だがな、おまえ達はアレに比べたら魔力でごり押ししてるに過ぎん。 まぁ、お前の場合はごり押ししか出来ないんだがな」
「偉くその子を買っていますね」
「そのうち実際にみることにならぁな。 楽しみにしておけよ」
じゃあな、そう言いフェイはその部屋から出ていく。
残った男は視線を宙に漂わせ一人呟く。
「最後の最後で楽しい時代になりそうですね……」
帝国唯一の魔法使いの軍団、その団長たるシリウス・フォン・ヴァイゼンリートは自らに舞い降りた幸運を喜ぶ。
その蒼き双眸が見据える先に、世界を揺るがす嵐が芽吹こうとしているのだった。




