11話
街中にある定食屋に入る。
冒険者御用達のここは夜には居酒屋になりその日の稼ぎで飲みに来る冒険者達で非常に賑わう。
お昼は町の住人がメインの客層でその時間になるまでは比較的空いている。
今も俺たち以外は誰もいないけどお店のスタッフは仕込みやらで忙しそうだ。
「レティが言うには君は視力自体は失っているけど見えているってことであってる?」
「おっしゃる通りです。 別に今は隠しているわけではありませんが」
「そっか、じゃあこれ」
お店のメニューをローザに手渡す。
「好きなもの頼んでよ。 お腹いっぱい、満足するまでさ」
ローザが不思議そうに顔を傾ける。
「いやメニューが見えるなら自分で好きなもの食べたいじゃない。 別にこっちで好きに頼んでも良かったけど出来れば美味しく食べてもらいたいじゃん」
しばらくの沈黙の後、ローザは何が可笑しかったのか、クスクスと柔らかい笑顔を浮かべる。
「まさかメニューが見えるかどうか確認なさるためにわざわざお聞きになったのですか?」
「うん、初対面だし食の好みは解らないからさ」
「あんだけド派手にお腹を鳴らしてるんだからまずはご飯でしょ!」
「そうじゃの。 別に急いどらんしゆっくり食べるとえぇ」
「可笑しな人達ですね。 でもありがとうございます。 実はもう3日も何も食べておりませんでして」
「それは腹ペコだ。 ほんとに好きなだけ頼んで良いからさ。 店員さーん」
お店の人を呼び止めると俺たち三人は既に朝食をとったこともあってドリンクを注文する。
「ん~ ここからここまで」
ローザはメニューを端から端まで指差して見せる。
店員さんがギョッとしている。
包帯の下からメニューが見えていることになのか、この量を食べきることができるのか、驚きと焦りの表情を浮かべながらオーダーを通していた。
「ヌシ、本当に遠慮無しじゃな、逆に気持ちがえぇわ」
「ウチも今度これやってみたい!」
「店員の表情の変化に笑う」
「この身体、少し燃費が悪いようでして」
俺たちがどっと笑う様を見て、照れくさそうに笑みを浮かべるローザ。
「んまぁ、なんじゃ、本題に入るか。」
レティがカップにまだ半分程残ったコーヒーを口にして喉をうるわせる。
「そだね!」
「俺たち新米の冒険者でパーティーメンバーを集めているんだけど、ローザさんどうかな?」
「ヌシの魔法の才能を見込んで誘っとる。 ワシですら魔法で眼と耳を作り出すなんぞやったことは無かったし、出来るかどうかすらわからん」
ほぼ初対面で、お互いの素性も知らず、人柄も解らず、冒険者としての実力すらも知らない。
そんな唐突で無茶苦茶なスカウトに
「よろしいですよ」
と二つ返事を返すローザ。
「えっ?」
俺はその返答に言葉を詰まらせてしまった。
「ですが……こちらからも条件があります」
「ま、当然じゃな」
ふむ、と腕を組むレティ。
「すこし長くなりますがよろしいでしょうか?」
それからローザは俺が知りたかった事を含め、彼女の事情を話し始める。
彼女はバストン共和国の有名な商家の娘だそうだ。
かの国では機械を兵器として運用しているのは有名な話らしいんだけど、医療は魔法というものには遠く及ばない。
元の俺たちの世界の兵器は、破壊力という点に置いてはこの世界よりも遥かに大きい。
何せ使い方を間違えれば自分の住む星さえ破壊してしまうかも知れないのだ。
山を割るなんていうどころではない。
しかし医療という面において魔法は圧倒的だ。
毒の種類なんて関係なく解毒してくるし、腕が千切れたって回復魔法は再生させる。
そんなことは医療技術が進んだもとの世界であっても出来ない。
故にかの国は回復魔法を使える優秀な魔法使いを囲い込むのだった。
その能力に多額の金銭が支払われる事は有名らしい。
貧しい家庭の子供達が身売りされるような事もあるほどに。
魔法使いとしてローザはこの上なく優秀だったが、彼女にはそれ以上の価値があった。
その類い稀なる美貌は子供の頃からとても有名で共和国の権力者は我こそはと彼女を求めたらしい。
それこそ齢70や80を超える老人達ですら彼女を手中に納めるべく争ったという。
そして商家としては中堅どころだったローザの父は商人としてはとても優秀だったのだ。
実の娘の未来を最も高値で売り付ける事に成功した彼の商会は大きな躍進を遂げる。
しかし転機が訪れた。
ローザの病気である。
視力と聴力を失った彼女にはなぜかあらゆる医療も回復魔法も効かなかった。
そんな彼女に権力者達は興味を失いローザの父は成功の道から転落していくのだ。
没落し借金で首が回らなくなり彼女の父は、今度は二束三文で彼女を国に売り付ける事を決めた。
だが、彼女は見えてもいたし、聞こえてもいたのだ。
一度は確かにその両方を失ったが彼女の才能はそれを乗り切ることが出来るものだった。
視力と聴力を失ったと思い込んでいたローザの前の権力者達や実の父はそれはもう醜かったそうだ。
人の欲と悪意の澱みが渦巻く中から彼女は逃げ出すことを決め、彼らの前から姿を消した。
「以上がここに来るまでの経緯です」
ローザの柔らかい表情や暖かい声からは想像も出来ない。
こんな醜悪な連中に囲まれて、どんな気持ちで生きてきたのだろうか。
激しい怒りと彼女の強さに感情がぐちゃぐちゃになる。
「優しい方ですね」
いつの間にか俺の頬に流れていた涙をスッと指ですくうローザ。
違うだろ、優しいのは俺じゃない。
「……最終的に私はある資産家に売られる事になりました、彼は生きた彫像を求めたのです。 彼は欲深い男で、失ったものを取り戻すのに手段を選ばないかも知れません」
ローザは立ち上がり手を差し出す。
「私を仲間にするという事は、遠くない先に私を巡る問題に巻き込まれるという事と同義です」
「それでも……この手を取れますか? 私と共にいてくださいますか?」
一呼吸おいてから、彼女ははっきりと言った。
「これが、私の申します条件です」
凛として立ち、力強くて澄んだ声で俺たちに問いかける。
だがその指先は震えている。
震えているのだ。
彼女は何を思っていたのだろう。
なぜ俺たちにこんな話をしたのだろう。
昨日今日の出会いでこんなに心を動かされたのは……
俺が、俺自身が一つの家族を壊したことにあるだろう。
幸せにすると誓いを立てた。
一緒に苦労してくれと願った。
だが、夢破れただけ……あの時の自分のことを思うと「だけ」とは言いたくはない。
だが、夢破れただけで俺はあったかも知れない家族の未来を自分の手で壊してしまった。
これは代償行為なのかも知れない。
だが、それでも差し出された彼女の手を求めていた。
彼女と自分自身を救うために……
レティが静かにローザの手を取る。
「ヌシが手を取るところじゃろが、バカタレが」
顔を手で覆っていた俺を、優しく叱りつけるレティ。
「父ちゃん……」
娘がそっと肩に触れ、支えてくれるようによりそった。
それから俺達は3人でローザの手を取る。
俺たちに新しい仲間が出来た瞬間だった。




