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女神と転生〜ポンコツ女神と父娘が最強へと至る道〜  作者: 荒頭丸


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1話

梅雨が明け、夏本番の陽射しがアスファルトを焼く。そんな休日の朝、俺は冷房の効いた暗い部屋でPCを立ち上げた。

遮光カーテンを引いたその部屋は、肌寒いくらいに冷えている。


暗がりの中に浮かぶモニターには「リファインファンタジー」というタイトルが表示されていた。


「20年前のネットゲームが未だに続いているなんてな……」


懐かしいと思う一方で、どうしようもなく苦い記憶を呼び覚ます。

 

俺は四十半ばの、どこにでもいるような中年男だ。


若い頃は格闘技の世界で頂点を掴む、そんな夢を持って毎日、精進を積み重ねた。

夢を追いかけて、追いかけて……

つかみかけて、寸前に落としてしまった。

夢に焦がれ、燃え尽きた、今の俺は白い灰みたいなもんだ。


俺には皐月という一人娘がいる。

先日、「女子中学生から無事女子高生にクラスチェンジを果たした」と、そんな電話が彼女からかかってきた。


「高校生活も慣れてきたし、久しぶりに父ちゃんと遊ぼうと思ってさ。今どこにいるんだっけか、広島だっけ? 色んなとこに飛ばされるからわからなくなってくるよ!」


電話口の皐月の声は、昔と変わらず明るくて元気だった。


思えば、彼女が中二の頃は色々あって、塞ぎ込んでいた時期もあった。

あの頃、仕事の合間にできる限りのことはしたつもりだが、それが彼女にとって救いになったのか、今となってはわからない。


でも、少しして彼女は自分で立ち上がり、歩き出した。

その強さに、親バカと言われるかもしれないけれど、俺は驚きと尊敬の念を抱かずにはいられなかった。

俺には、できなかったことだからだ。


「まぁなぁ、その前は三重で、さらに前は北海道にいたからな。会社に飼って貰ってる身分だからね、仕方がない」


「それが嫌なら自分の力で何とかすべきだって言ってたしね。まぁ、それはどうでもよくってさ。あんまり父ちゃん地元に帰ってくることがないからさ、ゲームの中で遊べないかなって思ってさ!」


確かに、彼女と最後に会ったのは三年の夏休みが終わった頃だった。

それ以降は、時々電話で話す程度の距離感だ。


俺たちは離れて暮らしているけれど、親子関係は悪くない。

反抗期らしい反抗期もなく、以前は一緒に出かけたり、格闘技ジムに通ったりもしていた。


一時期は格闘技から遠ざかっていたけど、体を動かすのは好きだ。

なにより、俺の影響で娘が格闘技に興味を持ってくれたのが、心の底から嬉しかった。


「なかなか嬉しいことを言ってくれるね。会社の同僚なんて、娘は口もきいてくれないって嘆いていたっていうのに」


「まぁうちは離婚してるしさ、父ちゃん転勤多いしで適度な距離があったから、それが良かったんじゃない?」

「距離感は大事よね。自分の間合いで闘わんとな。」

「はいはい。でね、やりたいゲームって言うのがリファインファンタジーなんだよ!」


その名前を聞いた瞬間、思考が一瞬止まった。

なぜなら、リファインファンタジーは多くの人間の時間を奪い、人生を狂わせる伝説のネトゲとして知られていた。


そして、俺もその一人だった。


夢破れたあと、普通の会社員になった。

だが、仕事から帰るとすぐにゲームの世界へと逃げ込んだ。

現実と向かい合うのが辛かったのだ。


温かかった料理は冷め、食卓には誰もいない。

モニターの灯りだけが暗い部屋を照らしていた。


そんな俺を妻は最初は笑顔で見守っていた。

だが、人間には限度がある。

いつまでも立ち直らない俺を見限るのに、そんなに時間はかからなかった。


あれからもう二十年が経つ。


「皐月ちゃんも父ちゃんと母ちゃんが離婚した原因は知ってるでしょ? なんでわざわざこのゲームを選ぶんだよ?」


本当に、純粋な疑問だった。

なぜ、あのゲームなのか。

どうして、わざわざ。


ゲーム自体に罪はないし、全部、自分が悪かったと思っている。

けど、それでも……


「いい加減切り替えたらどう? お母さんの中では父ちゃんはとっくの昔にいない人扱いだし、ウチも離婚の事を含めて別に気にしてないし、父ちゃんだけがウジウジずっと負い目に感じててさ。なんて不快なおっさんなんだろうって思って!」


「酷すぎる! もう少し人の心に配慮した発言を心がけて貰いたい!」


「だからさ、もういい加減自分を許しても良いんじゃないかっていう、そういう区切り的なもん! なのでその原因と向かい合って戦え! 逃げるな!」


俺の苦悩は、娘にとってはもう“過去”だった。

俺だけが過去に取り残されたまま……


「う~ん、せっかく誘ってくれた事だし考えてみるよ」

「何その煮え切らない返事! 用兵は神速を尊ぶべしだよ!」

「いや別に率いる兵もいないし用いもしない、俺は会社でもただの平社員だよ」

「この雑兵が! 竹槍でも握りしめてろ!」


わけのわからん捨て台詞を最後に、皐月は電話を切った。

俺はしばらく呆然としていたが、内心では……何かが動き始めていたんだと思う。


その夜は、いつもより眠れなかった。


それが、昨日のことだ。


そして今朝。


俺は「リファインファンタジー」というネットゲームの復帰方法を調べていた。

意外なことに、20年前に使っていた俺のキャラクターデータがまだ残っていた。


まさか、そんなことがあるなんて……


自分の分身のようなキャラクターをモニター越しに見つめると、当時の記憶が次々と蘇ってくる。


あの当時、離婚を突きつけられ、全てがどうでもよくなった俺は、あれだけ没頭してプレイしていたこのゲームをまったくやらなくなった。


失ってから大事なものに気付くってやつだ。


その頃の俺には毎日のように一緒に遊んでいたフレンドがいた。


性別は勿論、年齢もどこに住んでいるのかすら知らなかったが、何をするにもそいつと一緒だった。

笑い合って、怒って、無茶な挑戦をして……


ただ楽しかった。


だけど俺はあいつに何も告げずにゲームをやめたのだった。

きっと、怒っただろう。悲しんだかもしれない。

そのことが、ずっと心の中で刺さっていた。


トゲみたいに。


「それが20年前か……。流石にもう、アイツもやってないだろうな。できれば、昔のことを謝りたかったな……」


そんなことを思いながら、俺は皐月に電話をかけた。プレイの準備が整ったことを伝えるために。


「なんだよ、昨日の今日でもう準備完了とかやる気満々じゃんかさ。あの煮え切らない態度はなんだったんだよ、この半熟煮卵チキン野郎が!」

皐月にツッコまれて、俺は顔を赤くする。

反論したいところだが、まったくその通りだから言い返せない。

「卵なんだか鶏なんだかわかんねぇよ。いや、まぁさ、調べていくうちに当時の事を思い出してさ、なんだか楽しみになってしまったんだもの、仕方ないよね」

「いい大人がゲームに夢中になってんじゃないよ!」

「誘っておいてそれかよ、いい根性してんな!」

「なんとか帝国? そこの薬屋さんの前にいるから早く来て!」

「人の話を聞こうよ。普段から話をぶつ切りにするなって言ってるでしょ。まぁ、今から向かうんでちょっと待っててよ」


そう返して、俺はゲームにログインした。


ローディング画面の後に現れたのは、まるで中世ヨーロッパを思わせる町並み。

グラフィックこそ今どきのゲームに比べれば粗いけど、その景色は俺の記憶のままだった。


ここは、アーフェンクライン帝国。

皐月が待ち合わせ場所に指定した国だ。


武力に優れた帝国で、騎士団を中心に武断政治を敷いている。

文治の国、ウィンダミア連邦国とは仲が悪い――そんな設定だった。


キャラクターを操作しながら、俺は街の景色を眺める。

プレイヤーたちが行き交い、ログは絶え間なく流れ、二十年経ってもこのゲームが現役であることに驚かされる。


「20年も昔のゲームなのにこんなにプレイヤーがいるなんて……」


娘に指定された薬屋に向かって歩く。

この町の風景が好きだった。

堅牢な城壁、整った区画、大広場に並ぶ露店。

鍛冶屋の鉄を叩く音、職人が動物の皮を鞣す(なめ)姿。

どこを切り取っても、あの頃と変わらない。


活気にあふれる街並みの中を進みながら、ふと目をやったチャットログに、妙な違和感を覚えた。


流れていくログの中に、ひとつだけ赤く、異様に目立つ文字があった。


「……見つけた」


胸が、ざわついた。


送信者名を見た瞬間、俺の指が止まる。


……まさか。


それは、20年前、いつも一緒に遊んでいた、あの相棒からのメッセージだった。


リファインファンタジーを始めたばかりの俺に、最初にできた友達。


苦楽を共にした、かけがえのない仲間。


けれど、俺は……別れの挨拶もせずに、いきなりゲームから姿を消した。


不義理もいいところだ。


思いもよらぬ人物からのメッセージに、俺は驚き呆然としたままで、チャットの返事も打てなかった。


どれくらいそうしていたのか、時間の感覚もなかった。


「今からそこに行くから待っておれ。」


続けざまに、新たなメッセージが届く。


俺のキャラクターが立ち尽くしている薬屋の前――そこに、もう一人のキャラが現れた。

「もしもし、これ、父ちゃん? 目の前に人がいるんだけどさ? もしもし? 聞いてる?」

皐月の声がスマホ越しに届く。

だが、もう俺の耳に届いてはいなかった。


俺はただ、モニターを見つめていた。

感情の整理もアイツへの言葉も、頭の中がめちゃくちゃで何もまとまらなかったのだ。


その時だった。

二人のキャラクターの前――空間が黒く、禍々しくひび割れた。


まるで、世界が裂けるように。

その異様な亀裂は広がっていき、中から、何者かが現れる。

闇の中に紅く光る瞳が俺を突き刺す。


……その姿は、忘れもしない、かつての――


「とうちゃん? とうちゃん?」


皐月が呼びかける声も、もう遠い。

俺は、ようやく、震える声で口にした。


「……まさか、レティシア……なのか……」

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