6話「王命拝命」
ごくっと唾を飲む音が想定以上に室内に響いた。
「…申し訳無いですが、存じ上げません」
「ふ、まぁいい。その『知らん』の意図は私も分かっているつもりだ。何よりも…其方が産まれる前より、ディアマント様がな」
「え…………う、まれ…る…、まえ…?」
何を言われているのか、何を言わんとしているのかが全く理解出来ずガーネはただただ狼狽えてヘルソニアを見つめた。
「其方、気付いているだろう?いや、知っているはずだ。其方が思い、考えていた事はほぼ全て正解だ。此度の任務も、其方のその『夢』…いや、其方に倣って『前世』、と呼ぼう。故に其方は選ばれた。其方と同じ者が他に6人。────説明はこれで事足りよう」
ヘルソニアは立ち上がると、ゆっくりとガーネに歩み寄る。そして肩をぽん、と軽く叩くと右耳朶に煌めく柘榴石に触れ、そのまま耳元に唇を寄せて二人きりにも関わらず小さな声で耳打ちした。
「其方の前世、選ばれた理由…ディアマント様の仰る通り、『正義の為』に。頑張るといい」
ガーネは一人、広い客間に取り残された。
*****
時折見る夢の内容は、誰にも話した事がなかった。何となく、幼少のそれこそ物心がつく頃から、口にしてはいけないとずっと思っていた。夢の中で『赤坂ミナト』が指示した訳でも無いが、無意識の本能が口を噤んでいた。なので、初対面のヘルソニアにその名前を出された事がただ怖かった。
ただ、この『赤坂ミナト』について何か知れるきっかけになるのかもしれない。
もしかしたら、知らなくてもいいのかもしれない。
自分が知るこの男は、今の自分以上に正義感が強く、高潔で、そして、それから────
「──── ガーネ様、お時間です。お召し替えを」
城の従者が、ガーネを迎えに来た。用意された衣服に着替え、ベルトを締め、髪を整える。
時間にしてほんの二日程度ではあったが、あの豪奢な部屋にまるで軟禁のような心持ちで過ごしていた。実際は女王の勅命を受けた者としてそれはそれは手厚く饗されていたが、ヘルソニアの形容し難い意味ありげな視線と食べ慣れない毎食の豪華な食事におやつ、広すぎる風呂では何故か侍女が入浴の手伝いを、と申し出るのを丁重に断り、そしていつの間に整えているのか丁寧に整えられた大きすぎるベッド。普段の自分の固く薄い布団や別段貧しいわけではないがここと比べると質素な食事が酷く懐かしく感じた。
王城勤務、国王直下の近衛兵の白い騎士服に良く似たデザインの黒衣。腰元のホルスターは今までの警察官の身分を示す紋章と代わり、国の紋章が入っている。傍目で見ても女王の直属とわかる装束を纏い、先日の謁見の間とは別の奥の間へと案内される。
部屋に入ると、玉座には既にかの美しき女王が座しており、隣にはいつものようにヘルソニアが控えている。
ガーネは靴底が床に触れる音がいつになく響くのを聴きながら、様々な意味の緊張で震える息を吐き出して玉座の前で最敬礼の姿勢を取った。片膝をついて膝の上に腕を軽く沿わせ、右の拳は女王へと捧げるように心臓の辺りで自然と握られる。
しん、と室内が静寂に包まれるのを合図に、衣擦れの音とヒールの音が鳴る。足音がガーネの前で止まると、鞘から剣の抜ける金属の擦れる音が静かに奏でられる。
女王・ディアマントは跪くガーネの肩に剣の平を形式的に当てる。肩にその重みを受け、ガーネは改めて任務の重圧に息を飲んだ。
「汝に祝福を────顔を上げよ」
言われるままにガーネが顔を上げると、ディアマントは静かに指輪を天に掲げる。天窓から差し込んだ光が指輪の光に反射し、ガーネの右耳のピアスと共鳴するように静かに輝いた。
ガーネは差し出された指輪を受け取ると、左手の親指に嵌める。指輪の台座には大きなダイヤモンドが鎮座しており、石の奥には国の紋章が透けて見えた。
「これは妾が特別に霊力を込めたもの。道中役に立とうぞ。お主の身分も、我が国ヴェルーティン王国内であればそれで保証される」
次いで澄んだ水晶のように澄み渡り、月の光のように静かに響く声が、厳かに室内に響いた。
「ガーネ・ディーム・ロット。神託は汝の名を呼び、妾は汝を選ぶ。金の印の欠片の捜索と妾の力を封じた忌々しき異端なる均衡者どもの討伐の任、しかと果たすが良い」
正直、不安はある。しかし目の前の美しい女王が、自分こそ適任と選定した責任感と誉れと、何より女王の力を奪った不届き者への誅を。自分は国のため、正義のために警察官を志願し、その職ついた以上悪を見逃す訳にはいかない。
「御意に────王命、拝命いたしました」




