5話「深紅ひとつぶ」
「遠慮せず口にして良い。…安心せよ、毒など入ってはおらんし…そうだ、其方は珈琲は苦手だったな。紅茶でいいだろう?それに甘味も好物だろう」
ヘルソニアの言う通り、甘味はどちらかと言うと好きであった。バターと数種類のジャムが添えられたスコーンと、彩り鮮やかにフルーツの盛られたタルト。湯気の立つ香りの良い紅茶。ガーネは18歳という年齢もあって、やや大人ぶりたい年頃ではあったが珈琲は苦さがダメで飲めなかった。俗に言うお子様舌、という自覚もあった。
しかしピンポイントでヘルソニアにそれを言われ、得体の知れない恐怖に動きが固まった。
「…はは、すまんな。怖がらせるつもりは…まぁ、ほんの少しだけ。陛下と私の力の片鱗をほんの少しだけ見せて、其方に知らしめておこうと思ってな。無論、この程度ほんの子供騙しにすぎない故安心するといい」
からからと笑う目の前の人物は、時に女性のようにも男性のようにも見え、女王の年齢不詳と合わせて性別不詳のわからない事だらけだった。
ガーネは緊張で震える手でティーカップを持つと、ぐいっと中身を半分ほど喉に流し込んだ。熱い中身が食道を通過し、胃に落ちていく感覚がよくわかる。
なるべく音を立てないようにソーサーにカップを戻すと、ガーネはヘルソニアに目線を送った。
「……わかっておる。急かすな。まずはこれを返そう」
アクセサリートレーに乗った元々ガーネの右耳朶にあったシンプルなピアスが手元に差し出された。
「其方の耳飾り、かなり古い物のようだな」
ガーネはピアスを右耳に戻しながら、『どうせお得意の呪術で何調べたかは知らねーけど把握してんだろ』と喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、視線をヘルソニアへ戻す。
何を確認したいのか、投げた言葉の返投を待つように優雅な所作で紅茶を飲むヘルソニアを見て、ガーネは探るように言葉を返した。
「…私が産まれた時に、入れ違いで祖母が亡くなったと聞いています。その時に祖母の遺言で名指して譲られた遺品だ、と…『目印になるから』と言っていたそうです」
「ほう、目印」
興味深そうな反応を返しながらヘルソニアがスコーンに手を伸ばしたのを見て、ガーネは再度落ち着かない様子で紅茶を飲んだ。あっという間に中身が空になってしまったが、ソーサーに戻した所で見計らったように傍に控えていた侍女がポットから紅茶を注いで新たな湯気が空気を暖かく揺らした。
「して、それがなんの『目印』なのかは聞いているのか?」
「いえ、そこまでは。…ですがなんとなく、ずっと外せずに付けてますね…そんなに高級な柘榴石でもないようなんですが」
「確かに、其方の言う通り高級な宝石では無い、が…祖母もまたその祖先より引き継がれた、其方が思うよりもずっとずっと古い物だな。その石が其方に祝福を与え、金の印の欠片へと導くであろう。また其方と同じように祝福の加護を持った者があと6名いる。その6名を見つけると、欠片探しにも役立つであろう」
「へぇ…そっすか…」
紅茶を飲み、昨夜寝台列車で食べたサンドイッチが最後の食事であった為、おやつとはいえ目の前のスコーンやタルトについ目を奪われたガーネは配膳されたフルーツタルトにフォークを刺して一口頬張った。フルーツの爽やかな甘さと、タルト生地のさっくりとした歯触りが口の中を満たしていく。噛み締める度に果物の果汁が弾け、カロリー不足の脳に行き渡るようだった。
「うっ…ま…」
自身の出身の田舎町ではなかなか目にかかれないような凝った作りのタルトや高級なフルーツに思わず小さな声で感想が漏れる。口にしてからガーネは「しまった」と言わんばかりに閉口したところで、さも愉快そうな笑い声が響いた。
「ふ、はは。気に入ったなら良かった。昼食も後で用意させる故、気に入ったものがあれば側仕えに申し付けるといい」
「あ、どーも…ありがとうござい…ってそうじゃなくて、ヘルソニア様さっきなにかさらっと大事な事言いませんでした?」
「ふむ?どれの事だ?まぁ、不要な話しはしてはおらんが」
「祝福だのあと6人だのと仰ってませんでしたかね」
「申したな。だが、其方にはわかっているはずだ」
ヘルソニアの言葉の意味がわからず、ただ困惑して黙りこくるガーネを見て彼女は意味ありげに目を細めて笑みを浮かべた。
その表情に言い様の無い恐怖に似た何かを覚え、ガーネは無意識に腰に手が伸びた。腰元には拳銃や警棒を収納するホルスターが付けられていたが、女王謁見の為にそういった武器の類は預けていて全くの丸腰であった。
腰元に手を伸ばす挙動とほぼ同時に、おそらくヘルソニアの護衛についていたであろう近衛の騎士が手にしていた槍剣の切先をガーネに向ける。
「よい、下がれ」
ヘルソニアの指示に近衛兵は「しかし」と食い下がるも、向けられた視線の強さにガーネを睨むように一瞥してから武器を下げた。
「この男は丸腰だ。それに脅かしたのも私…まあ、この男も『わかって』はいるだろう、無駄であると」
「……すんません、なんかビビりました」
「正直でよろしい、そして恐怖や脅威に対しての反応も申し分ない。…さて、話しの続きをしようか」
ヘルソニアが合図をすると、兵と侍女は一礼をして部屋を後にした。
再び二人きりになるとガーネは緊張を誤魔化すように食べかけのフルーツタルトを口に押し込み、紅茶でそれを流し込んだ。行儀作法や態度について気にするような余裕はすっかり失せて酷く警戒したような顔でヘルソニアの言葉を待った。
「ガーネ、其方は知っている筈。────『アカサカ・ミナト』、その人について」




