4話「玉座より、名を呼ぶ」
ディアマントはぱちん!と音を立てて扇を閉じるとゆっくりと立ち上がり、玉座から一歩前へ進んだ。ガーネはその圧倒的な威圧感に、声も出せず正しく蛇に睨まれた蛙のように動く事も呼吸をする事も出来ずにいた。
こつ、こつ、とヒールの音が近づくにつれて一歩ずつ距離が詰まる。ディアマントの歩みに揺れて、美しい白銀の髪が窓から差し込む光に煌めいてまるで宝石を纏っているような輝きをもたらす。
場違いにも、その美しさに吸い込まれるように見惚れているガーネの顎先は、ディアマントの扇によって捉えられクイッと持ち上げられた。
至近距離の女王は、見た目だけで言えばガーネと同じ18歳前後にも見え、20代のようにも見える。キメの整った白い肌は陶器のように滑らかで、くりっとしたやや吊り目がちの金色の猫目を縁取る睫毛は人形のように長く、とにかくこの世の美を全て詰め込んだような女王の容姿。
先程彼女が言っていた「4000年以上の歳月」が実際に彼女の実年齢とすると、4000歳はゆうに越しているということになる。
長寿種が珍しくない世界とはいえ、それにしても年齢不詳だ。
美しい、可愛い…などど状況とは裏腹に呑気に考えてしまうも、すぐに刺すような視線がガーネを現実に引き戻す。
ガーネよりも頭ひとつ分以上小さな背丈によって顎先を持ち上げられた為、不敬にもこの美しい女王を見下ろすような形になってしまう。
背徳感と緊張感にゴクリと喉を鳴らして生唾を飲み込むと、ガーネの喉仏が震えるように上下した。
「妾の美しさに見惚れるか、正直な小僧よ。悪くない……ならば、美しき妾の為に金の印の欠片…探してくれるな?のう、────…『赤坂ミナト』よ」
妖艶に口元が弧を描く。
その名前は夢で自分が勝手に認識していた、誰も口にしたことのない名前。
それを水晶のように澄み渡った声で耳打ちされると、ガーネの呼吸は一瞬引き攣ったように詰まった。
「ふ、失敬。『今は』…ガーネ・ディーム・ロットか。お前のその『正義』と『高潔』、『厳正』さは此度の任でも大いに役に立つであろう。妾は大いに期待しておるぞ」
反射的にガーネは小さく頷く。頷いてしまってからガーネははっとしたが、呪術で頷かされたのかどうかは判別がつかなかった。そも、元よりガーネに拒否権等皆無であった為、頷く以外の選択肢は初めから存在はしていなかった。
満足そうにディアマントは踵を返すと、ガーネの元に降りた時よりも幾分か軽快そうな足音で玉座へ戻った。ドレスのスリットからまるで見せつけるように足を伸ばして組み直し、肘掛けに肘を置いて頬杖をついてガーネに視線を向けた。
「今一度命ずる。ガーネ・ディーム・ロット。妾の勅令により、7つの金の印の欠片を探し出せ。あわよくば妾の力を封印した忌々しき異端なる均衡者ども────妾直々に排除して葬りたいところではあるが、場合によってはお前が 排除しても構わん。金の印の欠片を妾の元に献上せよ、妾を喜ばせよ」
「……御意に、女王陛下の御心のままに」
*****
「あ────っっっ!!!」
白手を脱ぎ捨て、正装用の警察の制服の上着をソファに放り、ガーネは充てがわれた一室でベッドに勢いよく飛び込んで声を上げた。
着慣れない正装に、喋り慣れない堅苦しすぎる敬語。最敬礼の所作に幾度となく降りかかる緊張の連続にすっかりくたびれた様子でシャツのボタンを緩めた。
「…豪華な部屋…さすが城…」
室内に誰もいないのは分かりつつも、独り言を呟かずにはいられなかった。
『仔細は追って説明する故、しばし部屋を与える。ゆるりと過ごせ』と案内された客間は、この部屋だけでガーネの実家の延べ面積以上はありそうな程に広く、部屋の中にまた部屋があり、更には水回りまで完備されていた。もはやここだけで生活が成り立ちそうな程である。
天井の豪華な装飾の施されたシャンデリアを眺めながら、『女王のオネダリ』について改めて考える。
────あんな小さな金の欠片を探す?この広い国の中から?正気か?
無論、女王の話からして、ただの金の欠片ではない事は承知していた。そこら辺の金塊を削って献上したところで意味はないだろう。何故なら彼女はそれを『自分の霊力が封じ込められている』と言っていた。多くはまだ伏せられている事はガーネにも当然わかってはいたが、その件に関しては事実なのであろうと判断し、ガーネは緊張ですっかり凝り固まって重たい身体で寝返りを打って綺麗に整えられたシーツに頬を擦りつけた。
そして、誰にも話した事がないはずの自身で仮定した前世の名前を囁かれた事も気になる、と深く溜息を漏らして再度寝返りを打った。
シャツはすっかり皺が寄っているだろうが、気にする元気も気力も残ってはいなかった。
それよりも────
「……なんだあの女王、反則だろ……聞いてねーよ…」
不敬な独り言を呟いた瞬間、部屋のドアがノックされガーネは飛び起きた。
「は、はい!」
「私だ。入ってもよろしいか?」
「勿論です!!」
名乗りは無かったが、その特徴的な中性的な声だけでその主がヘルソニアであると察したガーネは慌てて先ほど脱ぎ捨てた上着を羽織りボタンを留めるも、手先が緊張でまごついて思うようにいかない。もたもたと衣服を整えている途中に容赦無くドアが開いてしまい、だらしない姿のまま出迎えてしまう結果に陥ってガーネは全身から血の気が引くのを感じた。
「ふ、私共がゆっくりするようにと命じた事。突然部屋を訪ねたのも私、陛下の御前では無いのでそこまで気にせずとも良い。先程の陛下の命について、仔細を伝えに来た」
申し訳程度にボタンを掛け、ガーネはヘルソニアに促された席へと着席する。正面のテーブルに、タイミングを図ったように侍女達によって茶菓子と紅茶が配膳される。




