3話「白銀の重圧」
王城の謁見の間へ続く長い廊下で、コツコツと革靴の底が触れる音が響く。
廊下の突き当たりに、装飾が施された荘厳な扉が目の前に立ちはだかる。
ガーネを先導していたヘルソニアが、扉の前で控えていた兵士二人に目で合図を送ると、二人がかりでゆっくりと扉を開いていく。
女王の座すであろう、今はまだ空席の玉座に向かって真っ直ぐに真紅の絨毯が伸びており、ガーネは部屋独特の威圧感にごくりと喉を鳴らしたのであった。
────謁見の間。
「女王からの命令です。人払いをするようにとの事なので、其方達は下がるように。陛下の傍には私が控えている」
「はっ!かしこまりましたヘルソニア様!」
扉の前を警護していた兵士二人はヘルソニアに敬礼をし、ガーネに一礼をして謁見の間に向かう長い廊下の端まで下がっていった。
「女王をお連れする、前へ進んで待つように」
「は、ハイ」
玉座の前へ恐る恐る進み、最敬礼の姿勢を取る。右足を折って膝をつき、立てた右膝の上に右腕を乗せ拳を軽く握る。
ヘルソニアが玉座の奥に進んだのを見届けてから、女王が現れる前にガーネは姿勢を整えた。
上体を軽く傾け、被った正装用の制帽が脱げないように、視線はやや玉座の足元の方へ向けた。上体を傾けた際に、飾緒が肩付近からさらりと落ちる衣擦れの音だけが静かに響いた。
しん、と静まり返り、ガーネの唾を飲む音や息遣いが一層大きく響くような心持ちがした。
ややあってこつこつと二人分のヒールの音と、椅子に腰掛ける音が落ち着いてからガーネが小さく深呼吸をする。
「────女王陛下。ガーネ・ディーム・ロット参りました」
「よく来た、面を上げよ。楽にして良い」
「は」
ガーネは短く返すと、ゆっくりと上体を起こし、流麗な所作で立ち上がる。視線をそろりとやや躊躇いがちに玉座へ向けると、長い銀髪に金の刺繍があしらわれた真っ白なドレスを身に纏った女王と、脇に先ほどまで対話していた側近のヘルソニアの姿が視界に入った。
玉座に座った女王は、姿勢を変えるように足を組み直すとまじまじとガーネの顔を見つめて目を細めた。
その視線に妙な既視感を覚え、ガーネは胸の奥がざわつくのを感じる。
真っ白な肌に、真紅の紅を差した形の良い唇。銀髪は白銀に近く、まるでダイヤモンドのように繊細な煌めきが目を引く、非常に美しい女性だった。
女王のその美しいご尊顔を間近で見たのは、初めてであった。
彼女は国民の前にほぼ顔出しをしない。
国の重要な式典の際など、何かの折には王城の高楼のバルコニーでお手振りをしたことは何度かあったが、陽の光に輝く髪色くらいしか一般の国民は彼女を『女王』と認識できないかもしれない。
何故目の前の女性が女王であると認識出来たかというと、その特徴的なプラチナカラーの艶やかな髪と形容し難い独特の威圧感に他ならない。
そんなガーネの心の内を見透かしたかのように、女王ディアマント・クレイス・ウェルトは花の綻ぶような微笑みを向けると、思わずガーネは初心ったらしく頬に朱を差して硬直した。
「して、ガーネよ。妾が直々にお前を呼んだのは他でもない────お前にしか頼めぬ、特別な任務を命じたいからじゃ」
ディアマントは先程ヘルソニアから預かったらしいガーネのピアスを指先で摘んで眺めながら意味深に話し始めた。
「ヘルソニア、アレを」
「かしこまりました」
ディアマントに指示されたヘルソニアが、宝飾を豪華にあしらわれた小さな箱を手にする。ヘルソニアが小さな声で呪を唱えると、箱はふわりと手から浮かび上がってガーネの目の前に引き寄せられるように浮遊してきた。
勝手に手に取るわけにもいかず、どうしたものかとガーネは助けを求めるようにヘルソニアへ視線を向けると、何もかもを察したような顔で頷いた。
「ガーネ、箱の蓋をお開けなさい」
目の前に浮かぶ箱に手を伸ばすと、箱が意思を持ったようにガーネの手元に降りてきた。
女王ディアマントは神託を下す巫王として知られ、その占術は国の歴史そのものを導いてきた存在であった。
側近ヘルソニアもまた卓越した術者ではあるが、女王の力はそれとは質を異にする『権能』に近いものだと囁かれている。
目の前で箱が浮かんでも、先ほどの控えの間でのヘルソニアの弾指で呆気なく扉が開いたりと、ガーネはそれが呪術の一環である事は察しがついたし、知人や同僚でも簡易的なものであればこういった力を扱える人間は何人かいる為特段驚きはなかった。そして、女王の周辺の警備が最低限なのも『必要ないから』なのであろう。
触れるのも緊張する箱の蓋を開けようと、白手越しに指先が微かに滑りつつもつまみを開いた。
中にはごく小さな金の欠片のようなものが収められており、それがただの金ではない事とこの金の欠片が自分の呼ばれた目的かと何と無く察する。
「…察しが良いの、ガーネよ。妾の見立て通りじゃ。その欠片は他にあと7つある。探し出せ」
「……陛下、…奏上の許可を願いたく」
「よい、許す」
これを問うのは不敬にあたるだろうかと言葉を選ぶように視線を泳がせるガーネを見て、ディアマントは片手に持った扇で口元を隠して声を上げて笑った。
「ふふふ、よい。ここには妾とヘルソニアとお主しかおらぬ。多くを伝えていない状況で何も疑問に感じずに妾の仕事を請け負う程お前も馬鹿ではないという証拠…思った事を正直に問うてみよ、妾が許す」
「は、では…恐れながら…────こちらの欠片…、かと見受けられますが、残り7つは陛下の占術では確認ができないものなのでしょうか。そも、こちらが何なのかが私にはわからず」
「ほほほ、そうよのう。良い良い。正直で結構。…これは妾の霊力そのものが封じ込められた印の欠片。4000年以上の歳月をかけて多少の霊力は取り戻す事ができたが…大部分はその金の印に封じられて割られたまま。そしてその欠片は国中散り散りに……妾の霊力を封じおった痴れ者が、欠片に封印を施した状態で隠しておる。故に妾の占いやまじないではその失せ物を探す事は出来ぬのじゃ」
「左様でございますか、…しかし、その大業に私が選出された理由がわからず…ご存知かとは思いますが、私は警察学校を卒業し警察署に配属されたばかりの新米警察官ですし、貴族でもなければ秀でた力は特に持ち合わせておりません。亜人族のように特出した嗅覚や聴覚などがあったりするわけでもないですし、お役に立てるかどうか」
「妾の見立てが不服と申すか?」
瞬間、周囲の空気が重力を増したように重くなった。




