2話「開かれた扉」
「────失礼します、女王に謁見を」
汽車を降りて流しの馬車に乗り込み、ようやく到着した王城。警備やらなにやらで何度か来たことのある場所ではあったが、今回は仕事ではなくある種の私用に該当するような要件の為、ガーネは緊張を隠せない表情で制帽を小脇に抱えて門番の兵士に声を掛ける。
件の勅令と自身の身分を示す警察手帳を共に提示し、正門を潜った。
独特の重々しい雰囲気に耐えながら諸般の手続きを済ませて、所持していた拳銃と警棒を預ける。「ここで待て」と通された広い部屋で、着慣れた日常業務用の警官の制服ではない、特別な任務の際にのみ着用する正装の制服姿の自分が、城の豪華な調度品にも相成って酷く落ち着かない。その落ち着きの無さを誤魔化すように、ガーネは椅子に座って何度も足を組み替えたり白手を纏った両手を組んだり握ったりしていた。
しんと静まり返った室内では、柱時計が時を刻む秒針の音のみが厳かに響いている。
待っている間、やる事もない為ぼんやりと窓の外へ視線を投げると、ガーネはふと今朝方見た夢の事を思い出した。
夢、と言うのは得てしてその記憶ははっきりしないことが多いもので、それでも記憶にある限り『赤坂ミナト』と言う固有名詞は夢の中で明言されたことは無かった。ただ、ガーネがあの夢を見る時は大体が自分の事を『赤坂ミナト』と認識している為、そうなのだろうと解釈していた。夢を重ねる度、夢の世界の自分はどこかヒーローめいていた。無敵のヒーローのようで、今の自分も影響を受けたのか当たり前のように『正義感』をポリシーに生き、将来は正義の為に働くのだと決意をして、正義の象徴のような存在の『警察官』に憧れ、伯父の存在もまた後押しになり必死に勉強をして念願の警察官になった。
『赤坂ミナト』の生きていた世界────ガーネにとっては夢の世界の話、ではあるが、この世界とは似て非なる世界であった。
夢の記憶にある世界は『ヒューマン』が世界の中心であり、この世界にいる所謂『デミヒューマン』に分類される妖精やエルフ、獣人等は存在していなかった。文明に関しても、この世界とは随分と異なるようであった。道には鉄の塊が道を爆走していて、観光地以外では馬車は無く、線路に汽車に似たものはあってももっと高速で走る先の尖った乗り物、そして空を飛ぶ大きな鳥型の物。小さな通信のカラクリに、板型の映像投影機のようなもの。どれもこの世界には無いもので、ずっと進んでいるようなハイテクな、まるで小説のような世界の印象だった。
ガーネは、これが前世の記憶という物なのか、はたまた前世と呼ぶには記憶の世界よりも文明が後退していそうなこの世界は聞き覚えのある言葉で言うところの『異世界転生』、と定義できるものなのか────と、そこまで思考を巡らせていた所で扉がゴンゴンとノックされる音と数拍置いてギギ、と重たそうな音を立てて城の兵士によって開かれた。
「ガーネ・ディーム・ロット殿。女王との謁見の前に少し話しがしたい」
扉の向こうから現れたのは、女王の側近であるヘルソニア・アヴェ・オブシリアン。
ガーネの元に直接書状を持ってきたらしい、女王の腹心中の腹心と名高い女性であった。
黒髪でどこか東国の雰囲気を思わせるオリエンタルな美女で、背が高く、細身の身体に漆黒のドレスを纏って中性的な顔立ちをしていた。
ガーネは慌てて立ち上がって敬礼をすると、ヘルソニアは「良い、座れ」と元座っていたソファへ促した為、一礼してからおずおずと腰を落とし直した。
冷や汗が止まらない。ガーネは落ち着かない様子でヘルソニアが正面に座るのを見て、一層緊張したように膝の上の拳を握り直した。
「ふ、そう緊張しなくてもよい。別に処罰する目的で其方を呼んだ訳ではない。ディアマント様に会わせる前に少し確認したい事がある」
「確認…ですか」
「其方のその耳飾り────少し見せておくれ」
ガーネは言われるままに右耳に付けていた深紅の宝石のついたピアスを外し、袖口で申し訳程度に拭ってから差し出した。
ヘルソニアはそれを掌に受けるとまじまじと見つめ、持ち主に視線を戻した。
「私の記憶によるとこちらの耳飾りは其方の祖母が送った物、だったかな」
「────……よ、く…ご存知で…」
家族くらいしか知らないような事をさらりと告げられ、ガーネは思わず悪戯が見つかった子供のような顔で辿々しく返答を返した。それを受けてヘルソニアはくすくすと上品に口元を隠しながら笑い、掌のピアスに再度目を向け小さく頷いた。
「これを、女王陛下にお目にかけたい。少し借り受けても?」
「へっ、え、あ、ハイ」
「では、謁見の間へ。こちらへ」
ヘルソニアが右手を掲げ、ぱちんと指を鳴らす。先程あれ程までに重々しい音を立てて開いた扉が軽く開いた。




