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断罪ディストーション  作者: 梦月みい
第四章『呪禍』

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20話「予兆の底」

何が起きたかガーネにもよくわからないうちに、男二人はあっという間に地面に倒れた。

静かに聞き覚えのある声が聞こえ、この場においてはガーネはいつもの緊張とは異なりどこか安堵したように声のした方を振り返る。


「…!ヘ、ヘルソニア様…!」

ガーネの背後から音も気配もなく現れたヘルソニアは、ガーネの隣に並び立つと懐から小さな紙切れを取り出しそれに息を吹きかける。紙切れは小さな人を模したような形に変貌すると、みるみる間に何十、何百、何千と数を増やして男二人をあっという間に隠すように散らばった。

「…あれは『人同士の喧嘩』ではない。異端なる均衡が暴走している」

「は?え?連中が…?」

ヘルソニアの静かな声にガーネは一人状況に付いていけずに困惑した声を上げた。

「ともあれ、私の到着までの間…術者二人相手によく持ちこたえた」


どういった術なのか、見えない何かで拘束された男たちは紙に埋もれ中からかすかに呻き声が聞こえる。たった一片の小さな紙切れが、大の男二人を覆うほどに増えたロジックもわからず、場違いにも純粋に「すげー」と小さく声を漏らした。身の回りに数人術者はいたが、ヘルソニアの扱う術とはスケールが比較にならない。隣で涼しそうな顔をした美人がどれほどすごいのかという片鱗を見せつけられたようだった。

「あの者達は城へ連行する」

ぱちん、とヘルソニアが指を鳴らすと、先程放たれた無数の紙切れが風もなく舞い上がって男達ごと跡形もなく消えた。


「さて、私は城に戻る。ガーネ、其方は任務に戻るといい。寄り道も程々にな」

「お待ち下さい、俺も行きます」

「…ヘルソニア様、私も同伴します」

なにか言いたそうな顔のヘルソニアを遮るように、女がどういう訳か名乗りを挙げた。付き合いはほんの数時間程度のガーネであったが、珍しいものでも見るような顔で女を一瞥した。

「…アンタ、さっきの兄ちゃんは」

「近くにいた憲兵に託してきた。多分病院にでも搬送してくれてるでしょ」

少し考えるような素振りで顎先に手を当てたヘルソニアだったが、やがて肩を竦めて小さく頷いた。

「…来るなと命じても来そうだな。特にガーネは」



*****



「女王陛下、お目覚めの時間でございます」

女王ディアマントの私室に侍女が何人か身支度に訪れる。

ディアマントは気怠げに身体を起こすと、顔を洗ってからベッドから立ち上がる。

「白湯と果実水、お茶をいくつかご用意しております。いかがなさいましょうか」

「……白湯」

「かしこまりました」

いつものように鏡の前の椅子に腰を下ろすと、眼の前の机の上に湯気の立つ白湯が置かれる。背後では侍女が香油でディアマントの髪や肌を整え、櫛で丁寧に髪を梳いていく。


ふと、ディアマントが目を伏せた瞬間に何かが映り込む。

「────…『来た』な。今回は碌なものでは無さそうじゃ」

「ディアマント様?いかがなさいましたか?」

「ヘルソニアを呼べ。至急じゃ」


ディアマントは身支度を整えさせながらカップの中の白湯をゆっくりと飲み込む。傾けたカップの湯が、ディアマントの金色の目を反射して映し出していた。


いつもの『予知』とは違う嫌な感覚に、思わず眉根が寄り表情が険しくなる。

侍女たちも女王の逆鱗に触れないように、かなり気を配った様子でどことなく空気が張り詰めた中、ヘルソニアを呼びに出た侍女と近衛兵が慌てた様子で戻って来た。


「陛下、ヘルソニア様が地下牢に」

「…地下牢?」



地下牢では、換気用にくり抜かれたように存在するごく小さな隙間から外気が吹き込んでくる。

明かりはほぼ入らないため、最低限の魔法石が地下をぽつぽつと照らしている。


ヘルソニアの術でこの牢屋、一番奥の一房に強制送還された男達。

術で手足を拘束され口にも枷のように紙で塞がれたままで、まともに動くことも喋ることも出来ずに呻いていた。


先程派手に暴れていた方の小柄な男は、拘束されていながらも自我がすっかり無い様子で激しく暴れている。しかし、牢には強固な魔法封じが施されているためただの芋虫のような蠢きを見せるのみであった。

男が暴れ呻く騒音が反響する中、階段を降りてくる音が聞こえてくる。

牢番の兵士がそれに気付くと、現れた人物を見て慌てて敬礼をした。


「ヘルソニア様!ガーネ殿!お疲れ様です!」

「ご苦労。先程私が送った輩はどんな様子だ」

「は、…一人は大人しくしておりますが、もう一人は未だ暴れております」

「其方達は危険だから下がるように」


ヘルソニアが兵士を下がらせると、同伴したガーネと女を伴って一番奥の牢へ歩いていく。

「ううううぅぅぅ!!!」

口を塞がれている男が足掻くように叫んでいる。枷の隙間からはだらしなく唾液を垂れ流し、更には無駄な足掻きとの自覚もないまま自傷まがいに頭を重厚な鉄格子に打ち付け続け、額が割れて血が滴っていた。

女が、ガーネとヘルソニアの一歩後ろから男たちの纏うローブを見遣り、特徴のある印を確認しヘルソニアに声を掛ける。

「…ヘルソニア様、やはりこの者達のローブ」

「そうだな、…それに……『当てられて』いるな」

「おい、なんでアンタらだけわかったように話し進めてんだよ!」


女とヘルソニアだけが訳知りのような様子で収容された男を眺めている傍で、一人蚊帳の外のガーネが食らいつくように吠える。

女はそんなガーネを煩わしそうに一瞥し、いつものようにさも面倒そうに口を開いた。

「事実、ここでわかっていないのは君だけだからだよ」

「だーから!わかるように説明しろよ!」


ヘルソニアの前だというのも忘れて盛大な舌打ちを漏らしながら牢の中に視線を向けたガーネはすぐにぎょっとして固まった。

暴れている男の目が、白目が全体黒くなっており明らかに人のそれとは異なっていた。

「な、ん、…」


「『呪い』じゃ」

コツコツとヒールの音が反響し、ディアマントの水晶のような澄んだ声が地下牢に静かに響いた。従者も伴わずに一人で姿を見せた女王の姿を見て、反射的にガーネと女は膝をついて最敬礼の姿勢を取った。

しかし、そのような事態ではないらしくいつもの人をおちょくるような笑みもなく真顔で「今はよい」とだけ端的に告げ、男二人の収容された牢の前へ立った。

ガーネと女はディアマントの言葉に従い立ち上がると、いつもと明らかに異なる女王の空気感にその後姿を見つめていた。

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