19話「硝煙の朝」
何かある、そう思うや否や、考えるより先に身体が動き出して音のする方向へ走り出していた。
「あ、ちょっと!君!」
女が制止する声を無視して、ガーネは喧騒の先に走った。
大図書館の正門から脇に入った昨日ガーネが立ち入った『禁書庫』の近辺。
正門前の広場を抜け、左右に伸びる通路をまっすぐに管理指定図書庫の方面に走る。
正面広場とは異なり多少開けてはいるものの、基本的に人が立ち入ることを想定していないような空間に、二つの人影が対峙し、その少し外側から何事かと駆け寄る人影が数名。
「お前たち、やめ────…っわぁぁ!!」
対峙する影がぶつかると、服装から図書館の職員と思わしき若い男が止めに入ろうとして駆けていく。
危ない、そう言葉にするよりも早く、爆ぜるような音とともに土埃が上がりガーネは反射的に立ち止まり目を守るように腕で顔を覆った。
職員の男は爆風にその身体を飛ばされると地面に強かに背中を打ち付け、駆けつけたガーネの足元で痛みに喘いでいた。
「う、ぐ…ッ」
「おい、大丈夫か!?何があった!」
「…わか、ら…がはっ!」
職員の若い男は背中を強打した様子でまともに息が出来ずに声を詰まらせる。
身体を抱き起こして違和感は無いため、おそらく骨に異常は無さそうだと判断し多少の安堵をしたところで、またひとつ何かが暴発した。
周辺を取り巻く独特の空気の震えと外気温と異なる微妙な風の温度に、魔法が展開される時のそれと気付く。
「チッ、術者か…!」
魔法が放たれる度、止めに入った職員の同僚と思わしき一人が視線で魔法の行方を追いかける。逃げようにも展開範囲が広く、その場から動けない様子で壁際にじりじりと後退した。
暴れている相手が魔法に覚えのある人間となると厄介だなと考えながら、とりあえずこの一般人達ををどこかへ退避させることが先決かと判断したところで、未だ名前も知らない女がガーネの元にやって来た。
「ちょっと、危ないよ。憲兵か警察かその辺が来るの待ってた方が」
「走れ!」
女の言葉を遮るように、逃げ遅れて滞まっていたもう一人を大声で呼びつける。ちらりと周囲を確認してから全速力でこちらに向かって駆け出してくるのを見て、女の言うことももっともだと改めてガーネは怪我人を女に押しやるように託す。
上衣の内ポケットに携行している自身の警察手帳を取り出すと、まるで印籠のように女の眼の前に突きつけながら立ち上がった。
「身分凍結中だけど俺も一応警察官だ。とりあえずお前も危ねーからこの兄ちゃん達連れて離れてろ」
女は初めて知ったガーネの本職に少し意外そうに、しかしすぐに何かを納得したような顔をして喧騒の先を見る。
土埃が晴れると、同じローブ姿の男が二人露わになる。
走ってきた男が怪我人の同僚に慌てて駆け寄ったのを見届けると、一つ安堵したようにガーネはようやく足を踏み出した。
どういう事情か、小柄な方の男が魔法で攻撃し、もう一方の少し大柄な方の男は魔法で防御しているようだった。
傍目で見ると同士討ちのように見えなくも無いその光景に、女は何かに気付いたように違和感と既視感に目を凝らす。
「おい何してんださっさと…!」
「待って、何かおかしい。…君、警察官が本職なのはわかった。魔法や呪術の心得は?」
「んなもんねーよ!」
「なら、尚更待ちなよ。ここは宮廷魔導士を待った方がいい、私が呼んでくるから君が」
「気にしてる場合か!お前はさっさとここ離れろ!怪我した一般人とお前ら守りながら術者二人の喧嘩をどうこうしてる余裕ねぇんだよ!」
ガーネは雑に女に言い放つと、ショルダーホルスターに携行していた拳銃を構えて無鉄砲に突っ込んでいく。
警告を無視して無謀にも術者の殺し合いに乱入しに行くガーネの背中を見て、女は呆れ以上に強い怒りに似た感情を抱いた。
「…不遜な男…アレが女王様の忠実な犬、ね。……バカみたい」
突っ込んでいってしまったものは自分にはどうにも出来ない、と、大きくため息を漏らす。この場で彼を制止させる程の力も彼女にも無く、その自覚もある。
致し方なく託された怪我人を避難してきた男とともに引きずるように引っ張りながらその場から離れた。
それから少し離れたところで改めて振り返り、ローブをじっと睨むように見つめていた。
「待て、一体どうしたってんだ…!」
必死の訴えも耳に届かない様子で、容赦なく再度魔法が展開され慌てて男は防御術式を展開し攻撃を防ぐ。
爆風に煽られ、攻撃を仕掛けていた小柄な男のフードがはらりと外れ、顔が露わになった。
「おい!警察だお前たち大人しくしろ!」
ガーネが警察手帳を見せながら近寄ると、防戦一方の男がちらりと振り返る。しかし『警察』を気にする素振りもなく、男は呪符を取り出すとフードが外れた男に向かって反撃を仕掛けた。
強い光と共に空気が爆ぜ、乱心した男を捕らえようとしたらしく拘束用の魔法が展開される。
対して、小柄な男もそれを弾き返すように懐の魔石を介して炎を立ち上がらせると、魔法同士がぶつかって再び爆音とともに土埃が上がった。
────ただの同士討ちじゃねーな…!
ガーネが入り込む余地がないまま術者同士の戦いが展開される。
とは言え、入り込まないことには他の一般人にも更に危害が加わりかねない。あまり使いたくはなかったが、と威嚇代わりに男二人の間に一発撃ち込んだ。
空気を割くような乾いた発砲音が響き、よりにもよって弾丸は大図書館の外壁を撃った。
一瞬、国の建物である図書館の壁に縦断を撃ち込んだとあっては、女王やヘルソニアに怒られるだろうかとガーネは懸念した。しかしそんな心配も徒労なようで、結界が反応し呆気なく銃弾を弾いて外壁は無傷そのもの。窓からは淡い光が滲むのみであった。
安心するやらなにやら、という心持ちでとりあえずは冷静に情報を整理しようと男たちを見回す。
フードの外れた方の小柄な男が一方的に乱心し暴れているように見える。それを抑え込もうとして、もう一人の男は防戦し時に反撃しようとしているらしい。
睨み合いつつも時折こちらを気にする様子の男を一瞥し、まずは厄介そうな暴れる男を制圧しようと判断したガーネは、再度魔法を行使する男の関節を狙って銃を構え直す。
「いや待てよ、これ実弾だな…」
当たりどころが悪いと殺しかねないなと少し躊躇したが、考えている暇は無いかとガーネは男の左肩をめがけて発砲する。再び響いた乾いた音と共に鮮血が吹き出した。上手いこと掠めるように当てることが出来たようで、大きな血管はおそらく無事だろうと安堵するガーネをよそに防戦一方だった男が、あろうことか攻撃を仕掛けてくるのが視界の端に捉えられバランスを崩す。
「うぉわっ!…ま、じかよ…!!」
氷柱のような鋭利な物体がガーネ目掛けて真っ直ぐに飛んでくる。
慌てて地面を踏みしめて一気に力を解放するように蹴り飛ばし、少し後ろへと飛んで回避した直後ガーネが元立っていた場所に容赦無く氷柱が突き刺さる。
土を抉る強さからガーネを『殺すため』に放った魔法だと容易に判断がつく。
多少怯んで手元が揺れたが、間髪入れずに銃を構え直して反撃するように発砲した。しかし先ほどまで暴れていた男の魔法を綺麗に防御していた術者、ガーネの放った銃弾はいとも簡単に展開された防御魔法で防がれてしまった。なまじ動体視力も射撃の腕も良かったために、一瞬殺してしまったかと懸念したものの防がれて安堵した反面なんとなく腹立たしくもあった。
「クソが…!」
術者相手のやりづらさに盛大に舌打ちを漏らしながらガーネが警棒を構え直した瞬間、男は何かに気付いたように別の方向に目を向けた。
「…!?」
「随分と派手に暴れたな」




