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断罪ディストーション  作者: 梦月みい
第四章『呪禍』

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18話「既視のざわめき」

ほとんど食べないまま食事を終え、店を出た頃にはすっかり深夜になっていた。

「さて、私は明日も仕事だし帰るよ。ご馳走様」

「…いや、俺の金じゃねーし……まぁいいや。送るよ、家どの辺?」

「必要ない」

深夜に一応女性を一人で帰すのは、警察官としても男としてもガーネにとっては躊躇われたために純粋な気持ちで声をかけたが、あっさりと一蹴された。

「………ソーデスカ。じゃあ…一応、気ィ付けろよ。おやすみ」


帰る背中を見えなくなるまでなんとなく見送って、城であてがわれている部屋に戻ることも憚られ宛てもなく王都を徘徊する。

一人になると無意識に自分の唇に触れてから、ガーネは小さく息を吐き出して目についた大図書館の近くの宿に飛び込みで一部屋確保しに向かった。


「あー、やれやれ…」

部屋に備え付けられた椅子に腰を落とし、上衣を脱ぎ捨てシャツのボタンを緩めた。

直接飲んだ訳ではない酒の味を思い出し、ガーネは気分が悪そうに眉を寄せて息を漏らす。だらしなく足を組んで気怠げに目を伏せ、先程のレストランでのことを思い返した。



手元が落ち着きなく動いて、隠すようにテーブルの下に引っ込められた。

視線は左下を捉え、そしてその先の行方を閉ざすように伏せられる。

一連の女の『無意識の所作』から、何かを誤魔化そうとしたことを悟る。その真意まではわからない。

そしてガーネの胸の奥に一番深く突き刺さった、妙な『異物感』。

「…前世、か…」

小さく呟きを漏らしながら、ガーネは深く息を漏らして目を伏せた。


更に夜が更けていった。

静寂の街中の、まだ暗い室内。

夢の中はひどく騒がしかった。


────…なんで閉じこもる?…私が私を守るため。

なんで拒む?…私が否定されるから。

なんで、働かない?────…だって働いたら、『負ける』から。


「………だから寝たくなかったんだ」

まだ明け方にもなっていない暗闇、女は薄く目を開けて震える吐息を漏らした。

身体を起こしてカーテンを開いて窓の外を眺めると、少し遠くに見える職場である大図書館を一瞥する。

窓枠に頬杖をついて、もう一眠りしようかどうかと悩みながら女は瞼だけそっと伏せた。

「…あのわんちゃんのせいかな…嫌な『夢』。ほんと最悪」

女王のお気に入りの男の顔を思い浮かべ、八つ当たりのように小さく呟いて女は左手の指輪を弱々しく握り締めた。



*****



同じ頃、王都に二つの不穏の影が動いた。


「…ディアマントめ、厳重だな」

「だが、ここを突破するのが一番手っ取り早い。早急に済ませて『解放』しよう」


大図書館外周の一角、管理指定図書区域近辺。

そこは女王ディアマントによって、内部からも外部からも強力な結界が施されていた。

ローブで身を隠した二つの影が結界に触れ忌々しそうに舌打ちを漏らす。


「結界の薄そうなところは見当たらない」

「……仕方がない、少し荒いが」


大柄な男は一枚の札を取り出すと小さく呪を唱えた。

結界に僅かな反応が見られるが、それを解除するまでは至らずに強固な魔法陣を睨みつける。

「くそ、偽りの秩序め…!しかし、その力はさすがに偽りでは無いな…」

呪符の力で結界は破ることは出来なかったが、注がれた魔力によって管理指定図書区域内で一つの遺物が偶発的に反応した。

波長がたまたま合ってしまったのか、遺物の中でも特に禁忌物とされているものの一つの勾玉が淡く光を放つ。

勾玉からは箍が外れたように力が溢れ出し、室内の空気が震える。

外から中を覗けないように掛けられていた目張りの板の一枚が弾かれ、その光が外へと露出した。


「…?おい、あれなんだ?」

結界周りを壁伝いに確認していた小柄な男が、光に気付いて欠けた円の紋章が刺繍されたローブを少しずらしてそちらを見遣る。

「────…」

「おい、どうした?」

呪符を扱っていた方の男がもう一方の男の様子と光に気付くと声を掛けるも、それに返答することもなく光に誘われるようにふらふらと近寄る背中を慌てて追いかけた。


「なんだこの光は…、…っしまった!おい!見るな!」

二人は漏れ出る光を直視した。




「あー、クソ。寝た気しねぇし腹減ったし…」

翌早朝、ガーネは寝不足の目を擦りながら大図書館へ向かう。


正攻法が無理なら強行突破するか、はたまた大人しく辞典や何かを駆使して立ち入れる範囲の管理指定図書区域の蔵書をしらみ潰しに漁るか、昨日の女の研究室とやらに行ってみるかと欠伸混じりに考えながらガーネは近くの売店で適当な菓子パンとミルクを買うと、空腹を満たすためだけに頬張る。

菓子パンの甘さが寝不足と空腹の身体と脳に染み入るようだった。流し込むようにミルクを飲み干すと、包装紙をくしゃりと丸めてゴミ箱に放り投げて大口を開けて欠伸をしながら身体を伸ばした。


ようやく空が白み、街が起き始めた頃。

背後からコツコツとヒールの音が聞こえ、ガーネはふと音の方に向き直った。

「……早くね?」

「君こそ。意外と早起きなんだね、関心関心」

昨夜別れてからまだほんの数時間しか経っていない女と再会する。

何を話していいかわからず、ガーネは自分が目的としている大図書館に出勤する女と連れ立って歩いた。

少しずつ賑やかになり始めた街中とは対極に、無言で歩く二人。


大図書館の正門をくぐり、広場を歩いた。

正面には大図書館の荘厳な石造りの外壁と、少し高い場所に大きく設けられた窓。

広場から左右に伸びるように通路が伸びており、広場では噴水や東屋、ベンチなど館外でも過ごせるようなよく手入れの行き届いた設備があった。


突如建物の裏手の辺りから、爆発に似たような音と閃光と悲鳴が耳に届いた。ガーネは『図書館』という場所やまだ陽が昇り始めた直後の早朝にするような音ではないと、違和感に眉を寄せる。

「なんだ?騒がしいな」

「明け方のちょっと激しめの酔っ払いじゃないのか」

「いや、なんか────…っ…!?」


覚えのある、ぞわりとした嫌な胸騒ぎに一瞬ガーネの息が詰まった。

親指辺りの血管の独特のざわつく感覚も、『あの時』と同じだった。

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