14話「探し物」
放し飼いのつもりなど、最初から無かったのだ。
ガーネは今更自覚した忌々しさに、左手の指輪をぎゅっと右手で握った。
──── 今夜は王都に帰れない。いや、『目的無く帰ることは許されない』。
夜はすっかり更けており、ぽつぽつと点在する町の灯りと月明かりに切り取られ、身体がひどく重苦しい。どうしてか、急に締め出しを食らったような気持ちを抱えながらガーネは致し方なく村の宿屋を一部屋取った。
案内された部屋でシャワーを頭から浴びながら冷静になろうとする。
しかし、ガーネが冷静になろうとすればするほどやり場のない苛立ちに脳が沸騰しそうになる。
「チッ、くそ……!」
八つ当たりのように目の前の壁に拳を力一杯打ち付けると、そこからじんじんと響いてくる痛みがようやく頭が冷静にギアチェンジしていく。
この数日で何度目かわからない深い溜息を漏らして、ガーネはシャワーを止めて濡れた髪を掻き上げた。
「……意地でも見つけてやるよ、その女王様の大事なモノを」
ディアマントやヘルソニアが、真っ当な理由で欠片を探している訳ではないのは空気感でわかる。
ならば、その興に乗って犬になってやろう。
あの美しい女王が喜ぶのならば、忠義を尽くそう。
────それが、誰のための正義なのかは、今はさておくことにする。
濡れた髪をタオルで雑に拭いながら、ベッドに腰を下ろして改めて地図を眺める。
『捜査は足で』とはとんだ煽り文句だ、と脳内で悪態をつきながら、ガーネは地図を持つ手元で大袈裟に鎮座する指輪を見て小さく舌打ちを漏らす。
この舌打ちも、もしかしたら聞かれているのかもしれない。
ガーネは一瞬、ほんの少しだけ不敬を気にするが、考えを打ち消すように小さく頭を振る。
まだ濡れた髪から、一滴水滴が垂れて地図に落ちた。じわりと水分が紙に滲んでいく感覚に、しまったと小さく呟きながらタオルで軽く叩いて水分を取る。
大きく滲んだりせず、ほんの少しだけ繊維が毛羽立つ程度の被害で安堵したが、その一箇所に目を奪われた。
確認するように次なる目的地と定めた地点をとんとんと指差し、次いでこの村からの移動手段を思案した。
*****
翌日の昼前、前日と同じように乗り物酔いで顔を青くしたガーネは再び牽制された王都の土を踏んだ。
早朝朝一番で「王都まで一番早いやつで」と手配した馬車故に、案の定乗り心地は最悪であった。速度を重視すると乗り心地は保証出来ないと忠告を受けたため理解はしていたつもりだったが、想定以上の様子である。
「あー、ダメだ気持ち悪ィ……ゲロ吐きそう……」
さすがに公衆の面前で乗り物酔いで嘔吐などはする訳にはいかないと、官服の上衣を脱いで近くのベンチに腰を下ろす。
上着を脱いだのはここが王都、かの女王様のお膝元であり身分の象徴を晒した状態での醜態の露呈は避けたいというガーネなりの女王への忠義のつもりであった。
とは言え、上衣の下に隠していたホルスターはシャツの上で主張している。遠巻きにも『警察』『憲兵』『王城騎士』のどこかに所属しているであろうことは見て取れるだろう。
空を仰ぐように背凭れに深く寄り掛かり、少し冷たい風を浴びる。
まだ多少の視界の揺れと胸のむかつきは感じるものの、幾分かましになってくると周囲をゆっくり見回す。
地方出身のガーネにとって、王都など数える程しか訪れたことはない。
それこそ直近で言うと、約1年前半前の警察官採用試験の時と、採用試験合格後の手続き。採用されてからの1年間の警察学校入校と卒業後の叙任式。その数ヶ月後の王城式典の際の警備で来たくらいで、一番新しい王都の記憶は女王の鮮烈な顎クイと無茶振り。
どれも観光や遊びなどで過ごす余裕は皆無だった。
大きな商店や娯楽施設、教育設備や病院など、どれも時代の最先端・流行の発信地として機能している。
昨日ヘルソニアに発破をかけられたにも関わらずガーネが王都に出戻った理由は一つ。眺めていた地図でたまたま目に止まった箇所にある。
嘔吐感がある程度おさまるとガーネはやっと立ち上がり、上衣を羽織りながら目的地に向かって歩き始める。
『王立大図書館付属研究院』
地方にも分院はあるが、ここはその総本山とも言える施設である。
歴史書から娯楽雑誌・俗世的な小説まで、国内刊行の図書は全て蔵書してある図書館設備と、所謂黒魔術の類の魔導書や危険思想書物、国家機密が封じられたらしい管理指定図書庫。魔法や遺物などを研究する主要研究所が併設されていた。
ガーネはそこに敢えて官服のまま立ち入ると、周囲のざわつきをもはや気にした様子も無くズカズカと図書施設の奥に向かっていく。
歴史書や魔導書など、とりあえず目的に何かが掠りそうな図書を何冊か手にして窓際のデスクスペースに腰を落とす。
真昼の明るい太陽の光が差し込む中、ぱらぱらと目的のページを探すように捲っていく。
建国の歴史、女王の『素晴らしい』逸話、国の未解決事件に誰でも扱える簡単な魔法…どれも今ガーネが求めているものではない。
何度か蔵書棚と自習スペースを行き来するも、闇雲に選んだ本が用を成すとは思えないとようやく気付いた様子で本を閉じて頬杖をつく。
「…と、なると…あっちか。入れっかな」
やや緊張した面持ちで明るい『一般図書フロア』の一角の、奥の方に目を向けると「よし」と呟いて立ち上がった。




