表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この村は、嘘が9割  作者: もしものべりすと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/7

第六章 ペルソナの崩壊


宿に戻る道すがら、俺は佐藤さんの家の前を通りかかった。 立派な日本家屋だ。 門灯がぼんやりと表札を照らしている。


権藤の言葉が気になった。 『十六時を過ぎると、あそこからはいつも破壊音がする』


俺は周囲を警戒しながら、家の裏手へと回った。 生垣の隙間から、リビングの様子が少しだけ見える。 カーテンは閉められているが、隙間から漏れる光と、中からの声が聞こえた。


「……なんでよ! なんでまた減点なのよ!」


ヒステリックな叫び声。 昼間の、あの上品で穏やかな佐藤さんの声とは別人のようだ。


「笑顔の角度? 挨拶のタイミング? そんなの、ちゃんとやったわよ! これ以上どうしろっていうのよ!」


ガシャン! 何かが割れる音。 続いて、ドン、ドンとテーブルか何かを叩く鈍い音。


「もう嫌……帰りたい……東京に帰りたい……」 叫び声は、やがて嗚咽へと変わっていった。 「でも帰れない……借金が……あの子の学費が……」


俺は息を殺して聞いていた。 彼女もまた、事情を抱えてこの村に来た「演者」なのだ。 借金、学費。 切実な金銭的理由が、彼女をこの奇妙な村に縛り付けている。 「減点」という言葉。 それは単なる評価ではなく、報酬の減額、あるいは契約期間の延長を意味するのかもしれない。 この村は、彼らの弱みにつけ込み、完璧な演技を強要する搾取構造で成り立っている。


「……ママ?」 幼い子供の声がした。 「あっち行ってて! 今、ママは練習中なの!」 佐藤さんが怒鳴る。


「ごめんなさい……」 子供の泣きそうな声。 その瞬間、俺の胸が締め付けられるように痛んだ。 子供まで巻き込んでいるのか。 子供もまた、「理想の家族」を演じるための小道具として扱われているのか。


俺は拳を握りしめた。 ジャーナリストとしての好奇心だけではない。 純粋な義憤が、腹の底から湧き上がってきた。 この村は、間違っている。 人の心を壊してまで守るべき「理想郷」など、あってたまるか。


その時、頭上でブーンという音が大きくなった。 まずい。 俺は反射的に軒下に体を滑り込ませた。


上空を、黒い影が通過していく。 大型のドローンだ。 赤外線カメラのような赤い光が、佐藤家の庭を走査した。 間一髪だった。 もし見つかれば、俺も「減点」あるいは「退場」の対象になりかねない。


ドローンが去ったのを確認し、俺は這うようにしてその場を離れた。 宿に戻ると、すぐにPCを開いた。 今日見聞きしたこと、録音した音声、撮影した写真。 すべてをクラウドにバックアップする。 ただし、通常のクラウドではない。 麗子から教わった、海外の匿名サーバーを経由した暗号化ストレージだ。


『準備はいい?』


画面にメッセージがポップアップした。 麗子からだ。 ハッカーとしての彼女は、村のネットワーク内に独自の通信経路を確保しているらしい。


『ああ。明日決行する』 俺は打ち返した。 『権藤爺さんに会ったのね』 『知ってたのか?』 『村のことは何でも知ってるわよ。監視カメラの映像、ハックしてるから』


彼女はどこまで本気なのか分からない。 だが、頼もしいパートナーであることは間違いない。


『爺さんが教えてくれた井戸、使えると思う?』 『換気口ね。構造図と照らし合わせたけど、確かに地下の空調設備に繋がってるわ。ただ、ダクトの中は狭いし、センサーもある。簡単じゃないわよ』 『やるしかない。これ以上、この茶番を見ているのはごめんだ』


俺は佐藤さんの悲痛な叫びを思い出していた。 あれが、この村の真実だ。 綺麗に包装された箱の中身は、腐敗し、悲鳴を上げている。


『分かったわ。明日の夜、決行しましょう。これが最後の「お仕事」になるようにね』


麗子のメッセージが消えると同時に、画面が暗転した。 俺はベッドに倒れ込んだ。 天井の木目を見つめながら、深呼吸をする。


明日、俺たちはこの村の心臓部へ潜る。 そこにあるのは、金か、真実か、それとも死か。 いずれにせよ、もう引き返せない。 俺は目を閉じ、泥のような眠りに落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ