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この村は、嘘が9割  作者: もしものべりすと


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第三章 16時のチャイム

翌朝、俺は一番のバスには乗らなかった。 当然だ。 あんなものを見せられて、尻尾を巻いて逃げるようなら、そもそもこんな三流ライターなんてやっていない。 むしろ、好奇心の火に油を注がれた状態だ。


麗子の警告は気になった。「殺されたくなきゃ」という言葉の響きには、単なる脅し以上のリアリティがあった。 だが、俺には帰れない理由がある。 東京に残してきた借金取りの影と、何より、俺自身の「知りたい」というごうだ。


朝六時。 村の朝は早い。 マニュアル通りなら、この時間には「村人B」たちが一斉に掃除を始めているはずだ。 俺は眠い目をこすりながら、カメラを片手に宿を出た。


案の定だった。 通りには、竹箒を持った住民たちが等間隔に並んでいた。 ザッ、ザッ、ザッ。 箒で地面を掃く音が、恐ろしいほど揃っている。 メトロノームで管理されているかのようなリズム。 誰も私語を交わさない。 ただ黙々と、埃ひとつないアスファルトを掃き清めている。


「おはようございます、相馬さん!」


突然、背後から声をかけられた。 ビクリとして振り返ると、そこには昨夜の佐藤さんが立っていた。 満面の笑み。 昨日よりもさらに口角が上がっている気がする。 「角度二十度」という記述を思い出し、寒気がした。


「あ、おはようございます。皆さん、精が出ますね」 「ええ、朝の掃除は心の掃除ですから」 彼女は淀みなく答える。


「ところで佐藤さん、昨日の夜、集会所の裏で……」 俺がカマをかけようとすると、彼女の笑顔が一瞬で凍りついた。 「昨夜? 昨夜はすぐにお家に帰りましたけど?」 「ああ、いえ、何でもないです」


話題を変えた方がいい。 「そういえば、本宮さんを見かけませんね」 「麗子ちゃん? あの子は今日は『配役』が……いいえ、ヤギの世話が忙しいんじゃないかしら」


今、「配役」と言いかけたか? 俺は見逃さなかった。 やはり、彼らには日替わり、あるいは週替わりのシフトのようなものがあるのだ。 今日は「村人B」の日、明日は「通行人A」の日、というように。


「そうですか。後で挨拶に行ってみます」 「ええ、そうしてあげて。あの子、牧場にいるはずだから」


佐藤さんは再び箒を動かし始めた。 俺はその場を離れ、村の外れにあるという牧場を目指した。 麗子に会わなければならない。 昨夜の言葉の真意を問いただすために。


牧場は、丘の上にあった。 白い柵に囲まれた緑の草原で、数頭のヤギが草を食んでいる。 絵葉書のような光景だ。 その柵に腰掛け、アンニュイな表情で遠くを見つめる麗子の姿があった。 白いワンピースに麦わら帽子。 完璧な「牧場の少女」だ。


だが、俺が近づくと、彼女は帽子を目深に被り直し、舌打ちをした。


「……帰れって言ったのに。馬鹿なの?」 「おはよう。ファンサービスありがとう。でも、俺はアンチなんでね」 俺は彼女の隣に並び、柵に肘をついた。


「昨日の話の続きを聞かせてくれ。墓場ってどういう意味だ?」 「言葉通りの意味よ。ここの住人はね、みんな外の世界じゃ『死んだこと』になってるの」 麗子はヤギの方を見つめたまま言った。


「死んだことになってる?」 「失踪宣告、死亡届、あるいは逮捕逃れ。事情は様々だけど、戸籍を捨てた人間が集まってる。運営委員会に高い金を払って、新しい名前と、新しい役割ロールを買うのよ」


彼女は冷笑を浮かべた。 「ここはね、人生のリセットボタンを押したい金持ちのための、巨大なごっこ遊び場なの。『優しい隣人』『頼れる村長』『純朴な青年』。カタログから好きな役を選んで、台本通りに演じていれば、衣食住と安全が保証される。外の世界のしがらみも、責任も、孤独もない。あるのは、優しい嘘だけ」


なるほど、と俺は膝を打った。 そういうビジネスか。 現代版の亡命、あるいは究極の現実逃避サービス。 「村全体が劇団」という突飛な発想も、そう考えれば合点がいく。


「じゃあ、あんたは何の役だ? 『村のアイドル』か?」 「そうよ。オプション料金高かったんだから」 「元は何だ? 女優か?」 「……ハッカーよ」


意外な答えに、俺は言葉を詰まらせた。 「ハッカー?」 「天才的なね。ちょっと国家機密に触れすぎて、追われる身になったの。だからここで、頭の悪い清純派アイドルを演じてるってわけ」


彼女は自嘲気味に笑った。 「笑えるでしょ? キーボードを叩くしか能がなかった女が、今はヤギの乳搾りよ」


「いや、笑えないな。むしろ興味深い」 俺は記者としての血が騒ぐのを感じた。 これはただの棄民ビジネスじゃない。 国家レベルの犯罪者や、経済界の重要人物が隠匿されている可能性がある。 あのCEOの写真も、本物である確率が高まった。


「で、あんたはどうする気? これを記事にするの?」 麗子が鋭い視線を向けてくる。 「そのつもりで来た」 「やめときなさい。運営委員会はこの村を守るためなら何でもするわよ。消されたライターは、あんたで三人目になるかもね」


「三人目……?」 俺の背筋が凍る。 「冗談よ。……たぶんね」 彼女は意味深に微笑んだ。


その時、ポケットの中のスマホが震えた。 また編集部の久保田からだ。 画面を見ると、添付ファイルが届いている。 『例のCEOの写真、解析班に回したら面白いことが分かったぞ』


俺は画面をタップする。 『背景に写り込んでる看板、拡大したら文字が読めた。「神代村営地下変電所」って書いてある。村の地図にはそんな施設ないぞ』


地下変電所? 俺は顔を上げ、村の風景を見渡した。 のどかな田園風景。 だが、その地下には、地図にない施設が眠っている?


「なぁ、本宮さん」 「麗子でいいわよ。仕事中はね」 「麗子。この村に、地下施設はあるか?」


麗子の表情が変わった。 余裕のある冷笑が消え、真剣な警戒の色が浮かぶ。 「……どこでそれを聞いたの?」 「勘だ。それと、ちょっとした情報網」


彼女は周囲を見回し、声を潜めた。 「あるわ。神社の地下に。……そこが、この村の心臓部コアよ」 「心臓部?」 「全住民を監視し、シナリオを生成しているAIのサーバーがある場所。私たちの『運命』は、そこで作られてるの」


SFじみた話になってきた。 だが、彼女の目は真剣だ。


「そこに行けば、全てが分かるか?」 「行けば、生きては帰れないわよ」 「それでも構わない。俺は真実が知りたい」


嘘だ。 本当は怖い。 だが、ここまで来て引き下がれば、俺は一生、借金と後悔に追われて生きることになる。 それなら、イチかバチか、この巨大な嘘を暴いて、人生を逆転させたい。


麗子はしばらく俺の顔をじっと見ていたが、やがてふっと息を吐いた。 「……あんた、バカだけど、目はいいわね」 「褒め言葉として受け取っておくよ」 「いいわ。案内してあげる。ただし、条件がある」


「条件?」 「私をここから連れ出して。私のハッキング能力と、あんたの取材力。取引ディール成立?」


彼女は白く華奢な手を差し出した。 俺はその手を強く握り返した。


「成立だ」


その瞬間、正午のチャイムが鳴り響いた。 村中に響き渡る「エーデルワイス」。 その明るいメロディが、これからの修羅場へのファンファーレのように聞こえた。


俺と麗子、嘘つき同士の共犯関係が成立した瞬間だった。 しかし、俺たちはまだ知らなかった。 この村の嘘が、単なる「ごっこ遊び」や「隠匿ビジネス」のレベルを遥かに超えていることを。 運営委員会が描いているシナリオの結末が、全住民を巻き込む最悪の悲劇であることを。


風が強くなってきた。 麦わら帽子を押さえる麗子の指が、微かに震えているのを、俺は見逃さなかった。 彼女もまた、恐怖と戦っているのだ。 この美しい、嘘で塗り固められた地獄の中で。

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