第六十一話 お前なんかが×母親なものか
帝国城に日常が戻ってきた直後だった。
クノハルとロウは処刑場の隣にある地下牢獄に呼び出された。
ここは間もなく処刑を待つ死刑囚のみが入れられる場所だった。
生臭い腐臭、ぶちまけられた消毒液から突き刺すような刺激臭が漂っている。
「来たか」
軍用外套にくるまっていたギルガンドが地下牢獄の階段を下った先で二人を待っていた。
「お貴族様ってのはとことん人の気持ちを踏みにじるのが好きらしいな」
手を繋いで階段を下ってくるロウが早速に嫌味を言った。
「……」
不愉快そうに顔を歪めるギルガンドは、クノハルの異変に気付いた。
「どうした?」
「――」
不満があったら即刻口論をけしかけてきてこちらを完膚なきまで焦土にするだろうに、目が虚ろで、震える手でロウの手を握りしめている。
「……全部アンタの所為だ」
ロウは吐き捨てるように呟くと、早く案内してくれと苛立たしげに言うのだった。
「助けて、助けてよ!私が産んだ子供でしょう!?母親を助けなさいよ!!!」
ヌルベカは初見では人間だと分からない程の形をしていたが、それでも喚いた。
「……」
ロウは咄嗟に震えるクノハルの手をたぐり寄せて、しっかりと体を抱きしめた。
抱きしめられた途端にクノハルは子供のように泣き出した。
「……母親、母親か。不倫で産んだ子供二人を棄てておいて母親面か!相変わらず最悪に不愉快な女だ。そのまま処刑されて死んじまえ!」
「っ!」
ギルガンドは己が取り返しの付かない大失態を犯した事にようやく気付いた。
露骨なまでに感情をむき出しにして、ロウが憎悪の声を上げていた。
「今なら大好きって言ってあげるし、うんと可愛がってあげるから――」
「可愛くないと言う理由だけで、たった三つのクノハルを栄養失調にしておいて今更言われてもな。アンタは毒だ、猛毒だ。その毒でクノハルの心に消えない傷を付けた。……やっと処刑か、清々するよ!」
檻に僅かに残った指でしがみついて、ヌルベカは喚き散らした。
「実の母親に向かって!何て事を言うのよ!親不孝者!」
「実の母親に何一つ幻想も夢も抱けない俺達のために、そのまま全部消え失せろ!!!」
とうとうクノハルがロウの手を振り払い、そのまま床に両手をついて嘔吐した。
「きゃあ、汚い!」
悲鳴を上げたヌルベカをギルガンドは咄嗟に愛用の刀の鞘で牢獄の奥へと突き飛ばし、吐き終わった瞬間にクノハルをそっと抱き上げ、ロウに「付いてこい」とだけ告げてわざと大きな足音を立てて歩き出した。
「……」
その全てをサティジャは隣の牢獄から見つめていた。
片方だけ潰されずに残った目を血走らせて、じっと見つめていた。
彼女の喉から、既に声帯を切除されていたから声が出なかっただけで、もしも声が出せたら絶叫していただろう。
『どうして私じゃないの?そんな女を選んだの?』
その回答を知る事はついぞ無いまま、サティジャ・ブラデガルディースは短い一生を終えるのだった。
「アンタもアレで満足したか?」
地上に出た所でギルガンドからクノハルを奪い取り、背負いながらロウは言った。
「……いや」
「おお怖い、アレでまだ満足できていないのか。お貴族様ってのはとことん残忍でいらっしゃるなあ」
ギルガンドは散々に躊躇ってから口にする。
「……済まなかった」
投げやりな態度で黙ってから。
ロウは杖をついて歩き出しつつ、まるで祈りのように口にした。
「……この子は忘れられないんだ、良い事も悪い事も完璧に覚えてしまう。いつまで経っても忘れられないのに。頼むから、これ以上俺の妹を傷つけないでくれ」
もう一度、沈黙がやって来た。
珍しく感傷的な顔をして、ギルガンドは言った。
「……ああ」




