第六十〇話 その後の始末×何と指名手配
「皇太子殿下!ご無事か!」
天井に空いた大穴から【閃翔】が飛び込んできた。
「来るなと厳命したはずだぞ、【閃翔】」と独断専行の家臣を咎めてから、「――やっと長年の『呪詛』が消えた所だ」
「っ!」
【閃翔】が振り返った時には、そこには倒れている【赤斧帝】と、今際の【タイラント】がいるきりだった。
『シャドウ』とロウの姿は何処にも無かった。
『ケン……ねえ、ケン』
修復不能なまでに全身を食い荒らされた【精霊】の身体が、光の粒子となって消えていく。
「【タイラント】……済まない、私は……!私が気付いてさえいれば!」
【赤斧帝】は血反吐を吐きながら【タイラント】に縋り付いた。
『ぼくがしんだの、こんなよるだった……。おつきさまがきれいで、でも……。おそらから、たくさんみさいるがふってきて……みんな……』
そうだ。
【タイラント】のいた世界にも戦争はあった。
その犠牲者の一人が幼かった【タイラント】だった。
「そうだ、だから私はお前に誓った、太平の世の中を!人々の安寧を!――なのに、私が実際にやった事は!」
無駄に戦火を広げた。
国庫を貧しくし、国を傾けた。
忠臣達を殺した。
親友さえも処刑した。
彼を真心から愛してくれた唯一の女を疎んで遠ざけ、真心から諫言した息子を殺そうとして、実際にもう一人の息子を殺したのだ。
『それは、ぼくもだよ……』
【タイラント】は無邪気に笑って、
『…………ねえ、ケン。メルにばいばいって……』
まるで月光に溶けていくように、消えた。
「【タイラント】……」
負傷した身体に大きすぎる喪失感が引き金となったのか、【赤斧帝】も気を失った。
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【よろず屋アウルガ】にやって来たオレ達はロウの食事を作ってから、訊ねる。
「ロウ、何処か体に異常はあるか?」
あの時以来、ロウは半分死人のようだった。
「……全体的に、痛い。後、何もかも気持ちが悪い。急激に【瘴体】から魔力が還元されるとこんなにも辛いんだな……」
相当に無茶をしたからな、あの時。
もうしばらくはその痛くて気持ち悪いのが続くだろう。
でも、ロウには【パーシーバー】がいる。
一人じゃないって、本当に心強い事なんだ。
『あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ああああああああああっ!』
ロウに縋って、その【パーシーバー】が号泣していた。
『怖かったのよーっ!!!!本当に怖かったのよーっ!私の大事なロウに何かあったらって思うだけで……っ!』
「死なない、死なない。だから、頼むから静かにしてくれ……」
グスグスとすすり泣く【パーシーバー】の頭を撫でてから、ロウは言った。
「それで……あの後、何があったんだ?」
オレ達は食事の介助をしてやりながら、説明する。
「……散々に紛糾したが、【赤斧帝】の処刑が決まった。本人がそれを望んでいるそうだ」
【精霊】を失った者は長生きできない。
記録によれば長くても1年ほどで亡くなるそうだ。
「そうか。ニテロドの時も人が押し寄せたそうだが、それ以上の騒ぎになりそうだな。……あ、この味付けは中々美味いな。少しは料理が上手くなったじゃないか」
「オユアーヴから教わっている。それと……ベリサは『亡くなった』そうだ」
「……」
ロウはしばらく何も言わずに黙っていた。
「それとは別件で、【善良帝】に隠し子が見つかった。とても病弱な子で長生きは出来ないだろうと言われている」
『それって……!』
顔を上げた【パーシーバー】にオレ達は言う。
「間もなく【善良帝】は退位なさる。その後は何処かの田舎街の領主になるだろう。その子も……きっと一緒に連れて行くに違いない」
「……その隠し子が、躾がなっていないクソガキで、我が儘な性格で無い事を祈るよ」
元気が出たのだろう。
ロウは俄然、もりもりと食べ始めた。
「それと、ロウ」
「ん?」
「指名手配されたぞ、ロウは」
ロウは吹き出したし【パーシーバー】は『ど、どうしてーっ!』と絶叫した。
「……ただ、指名手配書の顔がやけに似ていないんだ。恐らく、もう少し世情が落ち着いたら兄上は密かにロウの話を聞きたいのだろうな」
こうなるとロウは俄然、へそを曲げるのは分かりきっていたが、案の定。
「……話す事なんて何も無い。俺は【よろず屋アウルガ】のロウだ」
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「来て下さった……!」
かつての美貌も何もかもを拷問と地下牢獄の所為で失ったサティジャ・ブラデガルディースは、牢獄の前に姿を見せたギルガンドの姿を目にした途端に、焼け爛れた顔を輝かせた。
「ギルガンド様、私、ずっとお慕いして――」
彼女は爪の剥がれた手を伸ばすが、届かなかった。
「囚人番号D-167の公開処刑が決定した。遺言はあるか?」
それが今の彼女の名前であった。
「私、私、ギルガンド様の事を愛しておりますの!お願いですから、一夜のお情けを――!」
ギルガンドは無表情に告げた。
「断る。そのまま死ね」
サティジャは半狂乱で喚いた。
「どうして!私は美しかったでしょう!?」
「気持ち悪かったの間違いだ。少なくとも貴様の何処が美しかったのは私には全く分からなかった」
「――!!!」
絶句するサティジャを置いて、ギルガンドはさっさと隣の牢獄へ行った。
そこにはヌルベカがいた。
彼女は涙ながらに産んだ息子と娘に最後に一目会いたいと言って、それは叶えられる事となった。
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「ケン様、私が……私がもっとお諫めしていたら……」
皇太后でさえない、ただのメルディーニアは牢獄の前で涙を流した。
牢獄の中には廃帝ケンドリックが座っている。
「私が君の実家を滅ぼした。君の兄を殺した。それで心が弱っていた君を、追い打ちするように冷遇した。挙げ句の果てにヴァンを……そうだ、テオを一度は殺した。君に非があるとすれば、その全ては私から生まれたものだ」
「でも!」
「何一つ皇帝らしい事が出来なかった私だ、せめて最後は皇帝らしく死なせてくれ」
処刑人達によって牢獄から連れ出される廃帝ケンドリックに、メルディーニアは最後の言葉を贈った。
「お慕いしております、今でも」
「……。さようなら、メル」
これから彼は大衆の前に連れ出されるのだ。
数多の悪意と憎悪と熱狂の中で罵声と石礫を浴びながら首を落とされる。
彼は暴君のまま死なねばならない。
それが私の宿命なのだ。
目を閉ざさずに受け入れよう。
――やがて一瞬の静寂が終わり、地響きかと思うようなどよめきに続いて、民衆達の雄叫びのような大歓声が牢獄の外からメルディーニアの耳にも聞こえてきたのだった。




