第五十三話 危険因子の覚醒×因果応報タイム③
「ロウさーん、ベリサちゃーん……あれ?」
ゲイブンに成りすまして【よろず屋アウルガ】を訪れたオレ達だったが、二人とも不在にしていたので首をかしげる。
「折角お菓子を買ってきたのに……」
躾がなっていない野獣同然で、我が儘でどうしようもなくても子供だから、喜ぶと思ったんだけれどな。
今夜にはオレ達も訳あって帝都から離れなきゃいけなくなるので、その前に一度会っておこうと思っていたのに……残念だな。
「……うん?」
――【よろず屋アウルガ】の一室を占拠しているガラクタの中から物音がした。
「鼠……?」
追いかけ回すのも面倒なんだけど、とか思いつつ、何気なくそちらを見たオレ達は驚愕する。
「――【パーシーバー】なのか!!!?」
原形を留めぬほどに全身を『呪詛』に食い荒らされた【精霊】がいた。
だが、彼女はまだ存在している。
意識を失っても、そう簡単には死なないのが【精霊】だ。
オレ達はガラクタをかき分けて【パーシーバー】に近づくと、死体を食ったウジ虫のように丸々と肥え太った『呪詛』を手当たり次第に踏み潰した。
『キイイイィ……』
気味の悪い断末魔をあげて消失していく『呪詛』に、トドメとして【スキル:ジョーカー】を使うと、やっと全滅させる事が出来た。
「おい!」
【精霊クラウン】の魔力を注いで、ようやく【パーシーバー】は意識を取り戻した。
でも、本当に酷い有様だった。
彼女が人間だったら尊厳のために安楽死を勧めるくらいの段階――。
『……が、ひゅ……』
『喋るな!』
けれどパーシーバーは動いて、辛うじて復元した指先で、ガリガリと魔力で文字を書いた。
ベリサが【V】
【精霊スレイブ】を従えている
ロウが連れて行かれた
「……分かった。必ずロウは連れ戻す。それまで休んでいろ」
オレ達は【パーシーバー】をロウの匂いの残っている寝床に寝かせると、【よろず屋アウルガ】に『休み』の看板を下げて出て行った。
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アーリヤカ皇太后がアルドリックだけを連れて、一族郎党をも見捨てて帝国城にやって来たのは真夜中だった。
彼女達が幾ら騒いでも、帝国城の門が定刻を迎えるまで開かれる事は無かった。
夜が明けてどうにか城の中に入った時、彼女達は絶句する。
皇太后である彼女が戻ったのに、官僚や女官、宦官の一人に至るまで、誰一人出迎えが無かったのだ。
それが意味する所を彼女は誰よりも良く知っていた。
今まで、何度もこうやって追い詰めてきたから、知っていたのだ。
直後、彼女達は近衛兵に囲まれた。
「何処に!何処に連れて行くのじゃ!?」
アーリヤカはアルドリックを抱きしめて叫ぶが、護送用の馬車の窓が開かれる事は無かった。
この時、彼女は人生最大の失態を犯している。
毒ならいつも携帯していたのだから、アルドリック共々、今の内に飲み下すべきだったのだ。
彼女達が運ばれたのは、既にニテロドの一族郎党が並べられている処刑場であった。
立ちこめる死臭にアルドリックがひとたまりもなく嘔吐した、その吐瀉物にまみれながらアーリヤカはその場にへたり込む事さえ出来なかった。
抵抗むなしくアルドリックと引き離され、処刑人達に鎖で繋がれた手足を引きずられる。
行き先にあるのは磔刑のための――。
アーリヤカは絶叫した。
「わ、妾は!皇太后じゃぞ!?無礼者!控えよ!控えよ!」
処刑人が彼女に告げる。
「……【善良帝】と皇太子殿下は不要な殺戮を好まれない御方だ。どのような犯罪者にも裁判を受けさせる。ましてや冤罪で人を殺す、楽しんで人を殺す事など決してあってはならぬ事だと仰って、我ら処刑人にも仕事前に『遊ぶ』事を固く禁じられたのに……貴様は、その慈悲の指からも拒まれたのだ」
四人がかりで暴れるアーリヤカを拘束してから、その処刑人は被り物を取った。
あどけなささえ残る、若い青年であった。
「僕の顔に見覚えは無いか、アーリヤカ」
「知らぬ!下賤の者の顔なぞ――!」
そうか、と頷いてその青年は再び被り物で顔を隠した。
「僕の顔は、叔母上や第十二皇子殿下とよく似ていると言われていたのだがな」
「……!!!」アーリヤカはここでようやく気付いた。「まさか、貴様は――!」
「十年前。【赤斧帝】の愚かな戦争を止めようとして正にこの場で族滅されたネロキーア公家が一子カイセール・グヴィケルス・ネロキーア。貴様が散々に虐待した挙げ句に世俗と縁を切らせたメルディーニア様の甥に当たる」
そう言いながら処刑人は立て札にアーリヤカの罪状を書き連ねていく。
「――キアラカ皇太子妃様へ執拗に毒を盛ろうとした。【神の血】事件に関与した。この二つは大々的に書くとして――」
「ま、待て!幾らじゃ、幾ら欲しいのじゃ!金なら幾らでも!」
「何も要らない。もう僕の家族も一族も帰っては来ないから。――いや、一つだけ欲しいものがある」
アーリヤカは蜘蛛の糸に縋り付いた。
「何じゃ!?」
縋り付いたのは毒蜘蛛の糸であった。
「貴様の断末魔だ」
喚くアーリヤカに猿ぐつわを噛ませた上で、つらつらと立て札に罪状を書いていたカイセールだったが、舌打ちした。
「……普通は立て札一つに罪状が収まるのに。とても、今ある分の立て札では足りないぞ……」
そうこうしている間に民衆が集まってきた。
「――本当だ!本当に【緑毒の悪女】がいるぞ!」
「かつてネロキーア公家がこの刑に処された時、石を投げる民衆は一人もいなかった。貴族の処刑なんて民衆にとっては最高の娯楽なのだから、普通は罵声と石礫がたえず飛ぶものなのだがな。しかしあの時、民衆は誰も彼もがすすり泣いていた。何とお労しい事だと泣いていた。結局、誰も石を投げないものだから、仕方なく父から処刑人によって首を落とされたのだ……」
うー、うーと呻くしか出来ないアーリヤカの側でカイセールはそう呟くと、右手を挙げた。
部下の処刑人が大声で罪状を読み上げる。
「この女アーリヤカは!貴族ニテロドの家に生まれ!皇太后の地位にありながら!キアラカ皇太子妃殿下に毒を盛る計画を企てるのみならず!この立て札に書かれた!全ての罪を犯したのである!」
そこで待ちきれなくなった民衆の中から大きな石が飛んだ。
「早く殺しちまえ!」
「そうだ!殺せ!」
「ニテロドの男にうちの娘は殺されたんだ!」
「俺のたった一人の妹は女官になれたのに!毒を盛られた!」
「私の母はニテロドの馬車にひき殺された!」
「うちの商品を強盗したのに何の処罰も無かった!」
「私達が家族を失って泣いていた時!」
「ニテロドは嗤っていた!」
「やっと処刑されるのか!」
「ざまあみろだ!」
「ニテロドの罪?」
「存在そのものが罪だ!」
「生きている事が許せない!」
「お前だけは!お前達だけは!」
いつしか側にカイセールの姿も無く、たった一人、石の雨にアーリヤカは打たれていたのだった。




