第四十九話 帰ってきた男と×美しいだけの女①
皇太子に近付く最短経路を運良く見つけてしまった。
――第十二皇子テオドリック。
男なんて猿よりも単純だもの。
この美しい私の涙を見せればすぐに落ちる。
そう考えていたサティジャだが、テオドリックは彼女の方を見ようともしなかった。
側に近寄りたくても車椅子なのに加えて平民の特待生達を大勢引き連れているから、それさえもままならない。
何て事。
サティジャは内心で焦る。
このままでは皇太子に近づけない。
皇太子に近づけなければ、私はこの国で最も偉大な女にはなれない。
いっそ、別の手段を考えるべきかしら?
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【V】がブラデガルディースの館を訪れた夜は、彼女が丁度それで密かに焦っていた時だった。
「あら【V】、丁度良い所に。ソーレおじ様があんな結末になってしまって困っていたのよ」
「キサマガワタシタクセニ……」
サティジャを見据えて、【V】は苛立たしげに言う。
彼女は悲しそうに目元を手で覆って、
「渡したは渡したけれど、『シャドウ』が来る事までは予想できなかったわ。それにしても……『シャドウ』の正体は何者なのかしら?」
【帝国治安省】の動きは予測できる。
ニテロドの縁者が内部にいるからだ。
けれども『シャドウ』については完全に正体不明、予測不能な所為で一切の対応が取れないでいる。
「ソレハオレモサグッテイル。……アーゼルトカラ、イイジョウホウヲキイタ」
「まあ」
途端に彼女は喜色を浮かべる。
「もう邪魔なだけと思っていたけれど、案外アーゼルトおじ様も役に立つじゃない。それで、その情報と言うのは?」
「『シャドウ』ガタマニスガタヲアラワスバショダ。クワシクハ、モウスコシシラベテカラダ」
「ええ、分かったわ。ところで、ニテロドをいつ終わらせるつもりかしら?」
「モウスコシダケ、ツカイミチガアル。ソレガオワッタラ、ウル」
「売る前には教えて頂戴ね。私達まで売らないように後始末が必要だから」
「ワカッタ。オソラクハフヨウダガナ」
小さく頷いて、【V】は去って行った。
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帝都の出入り口である大都門の一つを管理する番兵達は目を見開いた。
帝都近郊の別荘から来たと思しき、壮麗に飾られたニテロドの馬車が五台も夕暮れ間際にやって来たからである。
規則に則って彼らは中を改めようとしたのだが、三台目の馬車を改めようとした時、何とニテロドの当主アーゼルトが最後尾の馬車から出てきて、
「この中におわすのはいと高き所のご婦人方である!下級武官如きが出しゃばるな!そこに控えよ!」
と一喝したのだった。
没落しつつあるとは言え皇太后の実家の名を出されたら、一般の番兵は怯んだかも知れない。
しかし、ここに居合わせた責任者、番兵達の隊長にはれっきとした後ろ盾があった。
彼は【破斧の戦い】で活躍し、娘レーシャナが皇太子妃に迎えられたウツラーフ家の縁者だったのだ。
――正確に言えば、彼は確かに平民の出自ではあるものの、優秀な武官である事を認められてウツラーフ家の遠縁の家の婿養子に入ったのである。
「皇帝陛下の定められた規則ですので」
掴みかかってくるアーゼルトを抑えつつ、彼は部下に命じて強引に中を改めさせた。
「ん?」
その馬車の中は無人だったのだ。
何も無かったし、誰もいなかった。
「……あ」
アーゼルトの様子がおかしい。
責任者である隊長は驚いた。
この傲慢で増長した典型的な大貴族が、顔面蒼白を通り越して、これから処刑されるかのような顔をしている。
「――うわあああああああああああああああああああああああ!!!!!」
彼は絶叫して馬車の軛に繋がれた馬を解き放つなり、鞍も無い裸馬に跨がると走らせて行ってしまった。
「……隊長……一体、何だったんです?」
部下達が驚いて訊ねてきた瞬間、隊長は我に返った。
「――帝国城に緊急伝達!!!」
「えっ?」
「良いから急げ!理由は後で話す!この大都門は通行止めだ!お前はアーゼルト卿を今すぐ追跡しろ!」
部下が帝国城に緊急伝達を送ったほんの数分後、駆けつけたのは何と【閃翔】であった。
場の空気が一瞬で凍てつくような威圧感と存在感を放つ特務武官は、すぐさま隊長に事情を聞いた。
「詳しく話せ」
「ご覧下さい、この轍を。姿の見えない何者かが前から三台目の馬車に乗っていたのです!」
ここで部下達もようやく気付いた。
先日雨が降ったので帝都に出入りする大都門の前後には轍が出来ている。
その轍――三台目の馬車の深い轍が、大都門の直前になった途端に急に浅くなっていた。
しかしその馬車から降りる者は、この場にいる誰も目撃していない。
ただでさえけばけばしく飾り立てられたニテロド一族の馬車である。
大都門の前で乗降する者がいれば、番兵の彼らが目撃しないはずが無いのに!
「アーゼルトは何処に行った」
ギルガンドが問い詰めた時、先ほどアーゼルトを追いかけた番兵がもう戻ってきた。
「!」
ギルガンドの顔が険しくなる。番兵と馬が真っ赤な血にまみれていたからだ。
「大変です!隊長!大変です!」
若い番兵は馬から転がり落ちるようにして降りると、その場にへたり込んだ。
「冷静に報告を!」
隊長が彼を抱き起こすと、震えながら彼は言った。
「追跡中のアーゼルト卿の頭が!俺の!目の前で!胴体から!まるで玩具のように――!」
隊長は蒼白の顔で【閃翔】を見つめた。
彼らの脳裏にはこれを可能とする存在の名が、既に浮かんでいた。
「【精霊タイラント】……」
「否、【赤斧帝】だ」
――帝国史上最悪の暴君と呼ばれた男が、従える【精霊】共々、帝都に戻ってきたのだ。




