第四十七話 ロウ達の過去×許しがたい者①
【地獄横町】からの【よろず屋アウルガ】への帰路。
修理された杖を手にロウはさっさと歩いて行くが、ギルガンドは珍しく歩き方が遅かった。
常に武官らしく一定の速度で規則正しく歩く癖に、どうしたのか。
「……」
何をそんなに考え込んでいるんだ?
オレ達が気になって振り返った途端、とうとうギルガンドが立ち止まった。
「――アウルガ・ゼーザは、アニグトラーンにとっても恩人だと聞いている」
「そうか」
ロウは特に興味の無さそうな態度で先に歩いて行く。
「アニグトラーンだけでは無い。かつての皇太子ケンドリックを支持した者全てがアウルガ・ゼーザの自己犠牲で【乱詛帝】の粛正から逃れたのだ」
自己犠牲。
アウルガ・ゼーザは【乱詛帝】により、ただ処刑されて【獄人】にされたんじゃ無さそうだった。
「……」ロウはようやく立ち止まった。「……今更……今更、それが俺に何の関係があるんだ?」
ロウが苛立っている。
杖で何度も地面を突きながら、それでも頑なにギルガンドの方を見ようとはしない。
「私と共に帝国城に来い、ロウ・ゼーザ」
ギルガンドはロウに近付くと、その肩を掴んで無理矢理に振り向かせた。
「【乱詛帝】は既に斃れた。貴様もあるべき場所に帰るべきだ」
どう言う意味だ?
【乱詛帝】に処刑された後、アウルガ・ゼーザは【獄人】に貶められた――それでゼーザ家は没落したはずだ。
さっきの自己犠牲と言う言葉も引っかかる。
ロウ、オレ達に何を隠している?
(――否、隠しているのではない)
(オレ達にも言いたくない過去があるんだろうな……)
ロウは冷笑する。
「俺のあるべき場所は【よろず屋アウルガ】さ。赤の他人にそれを強引に決められる筋合いは無いぞ」
「貴様も貴族に生まれたのだろう」
「俺はもう、貧民街の水の方が合っているんだ」
「言い訳は聞かない。来い!」
強引に連れ去ろうとしたギルガンドだったが、ロウはこう言った。
「『シャドウ』が俺を追いかけてのこのこと帝国城に現れると思うのか?」
『【パーシーバー】、毎度の事ながらロウって本当に悪知恵が働くな……』
『こらーっ!お尻ペンペンするわよーっ!?』
『マジで勘弁してくれ……謝るからさ』
『全くもうっ!「シャドウ」がロウを助けられないのなら、助けるしか無い状況を生み出すだけだわっ!』
『へいへい。「シャドウ」の名前を使うくらいならオレ達だって別に構わないさ』
「――ッ!」
ギルガンドは怒りとも悲哀ともつかない複雑な顔をする。
ロウはゆっくりとギルガンドの手を剥がして、言い含めるように告げた。
「そう言う事だ。……帰るぞ、ゲイブン」
「へ、へいーっ!」
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【帝国第一学院】には主に平民の特待生が暮らしている、付属の寮がある。
彼らの学費は全額免除、寮で暮らす限り生活費は無し、制服や教科書なども貸与されるのだ。
その日の最終講義の後、オレ達が帝国城に帰ろうとしたら講義室の机に教科書が置かれていた。
誰のものだろうと思ってユルルアちゃんが引っ繰り返したら、その寮の印が押されていた。
明日は小試験がある予定だし、慌てていた平民の特待生が置き忘れてしまったに違いない。
「テオ様、届けてやりましょう。そう遠い場所ではありませんし」
「そうだな、早く行ってやろう」
ゲイブンに頼んで付属の寮に寄り道して貰った時、正に寮の玄関口から飛び出てきた生徒がいた。
この前、アルドリックに暴行されていた生徒だった。
「あっ!」彼は慌てていたがオレ達の牛車を見て姿勢を正す。「これは第十二皇子殿下!」
「講義室にこれを置き忘れたのでは無いか?」
彼は一気に顔に喜色を浮かべて教科書を受け取る。
「御有り難うございます!そうなんです、てっきり道に落としてきたかと――!」
「鞄に穴でも空いていたのか」
「い、いえ――」
彼は途端に挙動不審になった。
どうしたんだ?
「その……第十二皇子殿下は、幽霊の存在を信じますか?」
「幽霊だと?どうしてそんな言葉が君の口から出てくるのだ」
こんなにも優秀な青年がオカルトにハマったのか?
テオが問い詰めたら、彼は泣き出しそうな顔をした。
「実は、今、寮で幽霊を見かけると専らの噂でして……僕も信じてはいなかったのですが、一昨日、空き室のはずの隣部屋で……!」
……彼が話してくれた所によると。
最初は、不審者が寮に出入りしているのだと誰もが思ったらしい。
未来ある少年少女が集う場所なので、それを目当てとした変質者に狙われた過去もあったから。
けれど、門番の前で風も無いのに扉が開け閉めされたり、小さな子供のものと思しき足跡があったり――そして一昨晩、とうとう彼の隣部屋で大騒ぎがあったのだと言う。
――ドン!
と言う轟音で彼らは真夜中に飛び起きた。
今、誰もいないはずの隣部屋で何者かが暴れているらしい。
彼らは恐る恐る騒がしい隣部屋の扉を開けた。
――途端に悲鳴を上げて我先に逃げた。
空き部屋には誰もいなかったのだ。
窓も閉まっていた上に、他の出口は彼らの開けた扉しか無いのにも関わらず。
おまけに、はっきりと人の気配がしたのだ――。
「……もうそれからは寝られなくて、怖くて、恐ろしくて。まんじりとも出来ず、今日はとうとう講義も耳に入らなくて……気付いたら大事な教科書を置き忘れてしまっていたのです……」
「無害な幽霊なら幾らでも放置しておくが、一つでも実害が出れば害獣と同じだ。必ず駆除しなければ」
ここでオレ達は自然とロウの顔を思い浮かべている。
下手な幽霊より胡散臭い男だと言ったら、【パーシーバー】が激怒するだろうけれどさ。
ロウと【パーシーバー】ならどんな幽霊(※間違いなく正体は不審者だろうが)が出てきても、その正体を突き止められるだろう。
「そう言えば……このゲイブンの保護者がよろず屋を営んでいたはずだ」
特待生の顔が一気に明るくなる。
「何と!その方は幽霊退治も引き受けてくれるでしょうか?」
「幽霊より人間が恐ろしいと知っている男だと聞いた」
「幾ら支払えば宜しいのでしょうか。皆でどうにか工面いたしますので」
若い苦学生から、あのロウが金を受け取るとは思えない。
適当に理由を付けて報酬の受け取りは断るんだろうなと理解しつつ、幽霊と聞いて完全に震え上がっているゲイブンに、そのままロウに話を通してくれるようにオレ達は頼んでおいたのだった。




