第四十六話 地獄の盟主×危険な賭け③
「……【V】と言うらしいんです」
キアラードは紅茶を淹れ直して話し始める。
「ハウロットの裏にいた、黒幕の名前。正体は一切不明ですが、あのハウロットもコイツだけには絶対的な忠誠を誓っていたらしい……」
暴れそうだったギルガンドも、腕組みして黙って聞いている。
「でね、【寵臣達】の――特にニテロドとブラデガルディースの館にハウロットは頻繁に商人の姿で出入りしていたんですよ。ニテロドの方は、明らかにハウロットから【神の血】を買っていましたね。ブラデガルディースの方はどうだったか判明していませんが……」
なるほどな、とロウは頷いて、
「ニテロドは、キアラカちゃん達に何度も毒を盛って執拗に流産させようとした連中でもある」
「……。自分の子が殺されようとしている間、皇太子共は何をやっていたんです……?」
苛立った様子でキアラードは呟いた。
ロウは「気持ちは分かる」と賛同してから、
「一応は未然に防いでいるさ。だが証人が全員、毒殺されちまったらしくてな。族滅までは出来なかったらしい」
「結局は無能じゃないですか。英傑だの何だの言われていても所詮は若造と言う事でしょうかね。いっそ私達が代行して差し上げても良いんですよ?肥料は幾らあっても良いのですからね」
(やっぱり死体を埋めていやがったのか……!)
(この薔薇も……死体の【瘴体】を肥やしに……)
「……!」
ギルガンドの顔が険しい。
カウントダウン開始……って顔をしている。
しかしロウは紅茶のお代わりまで要求して、
「案外、皇太子連中はそれが望みなのかもな。自分達が手を汚す前にアンタが代わりにやってくれるのなら――それに越した事は無いだろう?」
――チッとキアラードは舌打ちした。
「……ロウさん、貴方の貴族的な考え方には盛大に拍手を時々送りたくなりますよ。流石は【乱詛帝】に殺されたとは言え、第一等武官アウルガ・ゼーザの息子です」
「!」
ギルガンドの目が大きく見開かれたが、何も言わなかった。
ロウは若干嬉しそうに口元を緩めたものの、
「ああ、親父は俺に何も彼も与えてくれたから。しかしだ、ニテロドが怪しいのは知っていたが……ブラデガルディースが絡んでいたなんて俺も初耳だぞ?」
――この名前を出した途端、露骨に嫌がっている顔をした。
ブラデガルディース家は、ロウとクノハルを棄てた女が、当主の愛人をやっている所だ。
……【帝国第一学院】に通っているサティジャ・ブラデガルディース。
彼女はロウの異父妹、クノハルの同父同母の妹でもある。
キアラードは辟易した態度で、
「ニテロドは相当に追い詰められているらしくて、実に杜撰な行動ばかりしていたんですが、ブラデガルディースの立ち回りは実に巧妙なものでしたからね。私達でさえ――ハウロット一味と戦争になって、ようやくブラデガルディースの存在が分かったくらいでした」
「最悪、ニテロドが皇太子達に族滅にされても、ブラデガルディースはニテロドを切り離して生きられるよう巧い事やっていたんだろうな。
もっとも、ニテロドに『あの』ブラデガルディースが危険を冒してまで肩入れする理由はちっとも分からんが……」
……嫌悪と憎悪だった。
いつものらりくらりとしているロウが、声に嫌悪と憎悪をありありと滲ませていた。
「――ところで。ロウさん、どうして私達がブラデガルディースの動向についてここまで分からなかったと思います?」
「何かあったんだな?」
キアラードは「ええ」と目を細めたものの――眼光の鋭さはそのままだった。
「愛人の娘の方が『御大将』だったなんて、流石に予想できなかったんですよ」
「「!?」」
*******************
サティジャが帰宅すると、実の母親のヌルベカが出迎えた。
「お帰りなさい、可愛いサティジャ」
「ただいま帰りましたわ、美しいお母様」
二人はまるで姉妹のようによく似ている、若々しく美しい母娘であった。
楽しそうに戯言を言い合いながら、二人は優雅な庭園の四阿に出て、お茶会を始めた。
そこには彼女達が飼っている『犬』が四匹いて、恭しく二人に給仕する。
「お母様、ニテロドが不要になりました」
サティジャは甘いお菓子をつまみながら、甘えるように母親に言った。
面倒そうにヌルベカは訊ねる。
「あらあら……どうして?」
「信じられないくらいのお馬鹿さんですの。本当、ニテロドの先代の御館様の子孫達だとは思えないくらいに」
「それじゃ仕方ないわね。全部貴女の良いようにしなさいな。でも、貴女は誰よりも美しいのだから、世界で一番偉い女になるべきと言う事だけは忘れないでね?」
ミマナよりもレーシャナよりもキアラカよりも、誰よりも貴女は美しいの。
だからその貴女の好きなようにして良いのだし、そのために何がどうなっても良いのよ。
サティジャは母親がこれ以上無く愛しくなってしまって抱きついた。
こんなにも己について理解があって、なおかつ己を愛おしんでくれる最愛の母親。
甘えるととても温かくて柔らかくて彼女の何も彼もを受け止めてくれる、世界一心地よい居場所。
お猿さんみたいなアルドリックなんて大嫌い。
下らない欲望をむき出しに見てくる男なんて大嫌い。
若くて美しい己に対抗意識を燃やしてくる醜い女も大嫌い。
いつまでも母親だけが若く美しくあってくれれば、それで十分。
「分かっていますわ、お母様。――それで、『美容薬』の作り方についてなのですけれども」
まあ!とヌルベカは目を輝かせる。
「ついに分かったの?ハウロットから渡された残りももう少なくなってしまって、本当に困っていたのよ」
「ええ、ソーレおじ様が【神の血】を改良のために調べた時、一緒に突き止めて下さったのです」
サティジャは美しい唇から告げた。
「【固有魔法】を持たない子供の脳髄と言う原材料さえあれば、私達でも簡単に作れるそうですわ」




