第四十二話 そんな陶酔は×二度と御免だ
その指先が魔弾によって吹き飛ばされ、宙を舞って床に落ちる。ややあってその床から焦げ臭い悪臭が辺り一面に充満した。
「――っ!?」
二人が驚愕するとほぼ同時に、天窓の分厚いガラスが粉々に砕けた破片が――倉庫内に雪か羽根のように降り注いだのだった。
咄嗟に顔を庇いつつ見上げた二人の目に映ったものは――。
道化師の仮面を付けた何者かが、夜の天窓から覗き込んでいる姿だった。
「まさか……」
――【V】が言っていた。
正体不明の道化師の仮面を付けた黒装束の男『シャドウ』が、ハウロットや己を追い詰めていたと――。
違う!
そんなはずは無い!
こんなに都合良く現れるはずが無い!
咄嗟にソーレは叫んでいた。
「誰だ!」
「誰と聞かれたら応えてやろう」
「ガン=カタを愛する者として!」
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魔弾が天窓の周囲をくり貫くように放たれて分厚い屋根を貫通する。
そして、トドメの一撃が放たれて天窓一体が丸ごと降ってきた。
人一人が易々と通れるようになったその穴から、『シャドウ』は飛び降りてきた。
丈を詰めた魔導銃と思しき、銀色と黒色の飛び道具を両手に握りしめて。
「動くな!」
咄嗟にソーレはオユアーヴを人質に取って、顔に灼熱の手を近づけた。
「この男が!どうなっても良いのか!?いつでも焼き殺せるのだぞ!」
『シャドウ』は黙って銃口を天井に向けた。
「――ガン=カタForm.15『デビル』」
そう。
確かに魔導銃の銃口は天井を向いていた。
しかし、銃声と同時にソーレの胸には風穴が空いていた。
確かに打ち込んだはずの【神の血】が心臓ごと撃ち抜かれていたのだった。
ああ。
檻から転げ出るように弾き飛ばされながら、ソーレは悟る。
この魔導銃はオユアーヴが作って、【合体】を【魔法付与】したのだな。
だからこんなにも美しくて、当然のように私の最高傑作を破ったのだ――。
「オユアーヴ……」
彼は壁にぶつかって倒れ、オユアーヴの方に手を伸ばした。
「『美』を……貴様だけが生み出せる……その『美』を……私は……愛して……誰よりも理解していたんだぞ!!!」
改良した反動で――【神の血】を排除された後の彼の身体で、追加された【固有魔法】の【犠焼】が暴走を始めた。
足下から生きたまま炎に包まれるソーレは大量の血を吐いたが、床に広がったその血も燃料のごとく燃えていく――。
「愛だと?理解だと?」
『シャドウ』はオユアーヴを檻から助け出しながら、呆れたような酷く冷たい声で言った。
「お前は陶酔しているだけで、欠片も『美』を愛しても理解してもいない」
「!!!!」
ソーレの目が限界まで見開かれ、溶けたガラスのような涙がボタボタとこぼれた。
何かを言おうとした。
オユアーヴに爪痕を遺そうとして最後の力で藻掻いた。
しかし、何も出来ないままソーレの全身は業火に包まれたのだった。
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オユアーヴの身柄は駆けつけた【帝国治安省】に保護され、事情聴取を受けてから【黒葉宮】に帰ってきた。
その証言に加えて、壊された【神の血】の破片、その倉庫の地下から【神の血】の実験に使ったと思われる人体の残骸等々が見つかった事で、ソーレは【神の血】事件に積極的に関与していたと断定されたのだった――。
この散々なだけの事件に巻き込まれたオユアーヴだったが、唯一良かった事がある。
帝国の上層部が再びオユアーヴの鍛冶の腕前に着目したのだ。
確かにオユアーヴほどの鍛冶職人なら、宦官にしておくにはあまりにも惜しい。
それどころか【善良帝】に至っては、
「このまま彼を宦官にしたままにして、ドワーフの血を絶やすのは勿体ないんじゃないか?」
と言う事で、オユアーヴは宦官を辞めて、【御印工房】の顧問として返り咲く事になった。
……ここまではオレ達も大喜びできる、実にめでたい事なのだが――。
(分かってねえ、全然アレは分かってねえよ!【善良帝】はオユアーヴの性格を何一つ分かってねえ!!!)
(完全に、生贄ではないか…………)
オユアーヴの妻帯が決まったのだ。
それも特例の中の特例として、三人まで許可するらしい。
「女性には申し訳無いけれども……ヴァンの守り刀のような素晴らしい刀剣を生み出せる者を増やして欲しいのだよ!」
(なあ、テオ。【善良帝】のおっさんって……頭の中が風船で、ふわふわの雲の上にあるんじゃねえの?)
(言うな、トオル。頼むから言うな……!)
(皇太子も止めろよ!止めるだろうが普通は!)
(兄上は、叔父上が政治的暴走をしない限りは止めないだろうな……)
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「クノハル、妻帯とは何だ?何をすれば良いんだ?」
やはり。
引っ越しのための荷物整理をしながらオユアーヴはクノハルに聞いてきた。
クノハルもこれがセクハラ目的ではなく、小さな子供が『赤ちゃんって何処から来るの?』と聞いて来るのと同義の質問だと良く分かっているので、
「オユアーヴの養父母のように――夫婦に、家族になると言う事です」
「一緒に寝食を共にするのか?それなら俺にも出来そうだ」
……。
そうだよな。
これで悟る・理解する様ならオユアーヴはオユアーヴじゃない。
「……殿下、その……これは、その……」
クノハルはとても気まずそうな顔をしてオレ達を見た。
ああ、分かっている。
オレ達はこの部屋にいない方が良さそうだ。
「ユルルア、あちらの部屋に行こう」
ユルルアちゃんも何とも言えない顔をして頷いて、
「はい、テオ様。……クノハル、頼むわね」
頭の良いクノハルだって予測できなかっただろう。
仮にも年上の男に、性教育やら家族についてやらを丁寧に教えなきゃいけなくなる日が来るなんて。
「力の限り善処しますが。最悪、兄さんに頼みます……」
……幸か不幸か。
ロウの出番は無くて済んだそうだ。
あれ?
昨日、オユアーヴは官舎街の中の【御印工房】の職人達の居住地区に引っ越したんじゃ無かったのか?
どうして今日になって、【黒葉宮】に来て洗濯と食事作りをしているんだ?
「忘れ物でもしたの、オユアーヴ?」
ユルルアちゃんがそっと訊ねると、
「いや、マニィと話し合って週に三日はこちらに来る事になった」
……マニィ?
何処かで聞いた事があるような名前だな?
顔色の悪いクノハルが呟く。
「――ソーレに離縁された妻君の名前です」
何だと――!?
「オユアーヴ!直ちにそこの椅子に座って!詳細に!事情を説明しろ!」
……マニィさんは一子レコトごとソーレに離縁された。
しっかりと財産や養育費は支払われていたものの、元夫があんな犯罪をしでかした+【帝国治安省】が彼女の所にも事情聴取に来た所為もあって、一族から子連れで追い出されてしまったらしい。
財産は一族に没収されてしまったので母子ともに行き場が無くて困っていた所に、【善良帝】がオユアーヴの妻を三人募集していると言う話を聞いて、自ら応募したのだそうだ。
(ガンガンに覚悟が決まっているな……)
(でなければオユアーヴの見た目だけで耐え切れないだろう)
「ソーレの事で何度も謝られたが、何もマニィは悪くない。だが謝るばかりだったから、許す代わりにこっちに来る事を認めて貰った」
やべえ。
オユアーヴがUHLR級の大当たりを引いた!
「オユアーヴ、良いか。今から僕達が言う事を死守しろ」
死守?何だ?と胡乱げな顔でこちらを見詰めるオユアーヴに、テオとユルルアちゃんとクノハルは雁首を揃えて懇々と説教した。
「絶対にマニィ夫人の言う事を聞き逃すな。ましてや夫人の言った事を一度たりとて軽視するな。万事、夫人の言葉に全面的に従え!」
「オユアーヴの金銭感覚は死滅しているから、夫人に家計の全てを委ねて必要なものがあった時だけお小遣いを貰うのよ!」
「マニィ夫人や連れ子に、家族になる事と家族である事をオユアーヴが強要しては駄目ですよ!」
うん、うん、と首を縦に振りながら神妙な顔をして傾聴していたオユアーヴだったが、
「良く分からんが、必ずそうする」
良し、とオレ達が一安心した瞬間。
オユアーヴは平然と爆弾発言をした。
「そうだ。……昨日、熱した鋼より熱いものがあると初めて知った。雪のように白くて、何処までも柔らかいのに、火傷しそうに熱い――」
「うわあー!」
テオが咄嗟にユルルアちゃんの耳を塞ごうとして車椅子ごと転倒した。
顔を真っ赤にしたクノハルが濡れた布巾でバシバシバシバシとオユアーヴを連続で叩いていたが、オユアーヴはちんぷんかんぷんだと言う顔をしていた。




