第四十〇話 彼の出生の秘密×露呈した心の形
夕暮れの中、ちらほらと店仕舞いしている大市場の一角で、少し古くなってしまった茶葉が安売りされていたのをオユアーヴは買ってから、ロウのいる貧民街を目指した。
貧民街に入ってすぐ。
場違いにも身ぎれいな格好の彼が荷物を抱えて来たので、柄の悪そうな若者達が早速に彼を囲んだ。
「そこを通してくれ。俺はロウの知り合いだ」
落ち着いてオユアーヴがそう告げると、若者達はあっさりと引き下がった。
「何だあ、あんたロウさんの知り合いかよ」
「ちぇっ!」
「酒でも飲んで寝るかあ……」
――次の瞬間。
オユアーヴの背後を、目を見開いて見つめた若者達が、我先に逃げ出した。
「……?」
振り返ろうとした以降の記憶が、オユアーヴには無い。
*******************
次に気が付いた時、オユアーヴは鉄の檻の中に閉じ込められていた。
「……!?」
慣れ親しんだ倉庫の光景。
クォクォ家に所属する職人が作った作品の中でも一級品を、皇族や富裕層に献上・贈呈するまで保管する倉庫なので、泥棒対策と防火には何よりも気を遣って建築されている。
分厚い漆喰と土壁と煉瓦で幾重にも頑丈に塗り固められた壁に、子供でさえ通れないほど小さな天窓にはネズミ返しと鉄格子、おまけに鋼鉄の扉はクォクォ家の当主の鍵でなければ絶対に解錠できないように幾重にも【魔法付与】されている……。
どうしてここに己が連れてこられたのか!?
「オユアーヴ」
痛む頭を押さえつつ、起き上がったオユアーヴは――名を呼ばれてギョッとして振り返った。
「ああ、やっと私を見てくれたか……」
――邪魔な己をずっと嫌っていると思っていたソーレが、狂悦の形相でオユアーヴの真後ろに立っていた。
「オユアーヴ」
檻の周りをぐるぐると忙しなく回りながら、ソーレは興奮した様子で話しかける。
「オユアーヴ、オユアーヴ、オユアーヴ……そうだ、最初からこうすれば良かったのだ!!!」
「そ、ソーレ……」
――どうすれば良い?
恐怖と混乱に襲われつつも、オユアーヴは必死に考えている。
どうすれば『シャドウ』にこの場所を伝える事が出来る?
「オユアーヴ、オユアーヴ、オユアーヴ……ようやく私を見たな!」
凄まじい剣幕で迫られ、思わず悲鳴が出そうになった彼は両手で口を押さえた。
「……アハハハハハッ。その顔。私に怯えているのか?初めて貴様を可愛いと思ったよ!」
ソーレは涙が出るほど笑ってから、真顔でオユアーヴの顔を見据える。
「もっと早くその顔を見たかった」
――きっと俺が邪魔になったか目障りになったかで殺すつもりなのだ。
恐らく養父母のように、隠密に。
今のオユアーヴはそう考える事しか出来なかった。
「ソーレ……どうして……?」
「どうして、か。――そうだろうな、そうだろうともオユアーヴ!」
ソーレは再びけたたましく笑ってから、壁際の棚に寄りかかった。
それから一方的に失恋した相手からの最後の手紙を取り出すような手つきで、懐から『OYUAV』と赤い糸で刺繍がされた魔絹布を取りだした。
「少し長くなるが……どうして私がこんな事をしたのか説明してやろう」
*******************
「だが最初に聞きたい。オユアーヴ、貴様だったらどうする?見た目もさる事ながら、何より内面が醜い男が――世界一美しい己の銅像を作れと強引に命じたら」
「断る。見た目なら幾らでもいじれるが、心が醜いものをどうやって美しく出来る」
「アーハハハハハハハハハ!アハハハハハ!!!そうだ、それこそだよ、オユアーヴ!」
ソーレは体がねじ曲がるくらいに笑って、
「今から三十年近くの昔、ドワーフの族長も正にそう答えたのだよ。かの狂君【乱詛帝】相手に!」
「当然ながら激怒した【乱詛帝】はドワーフの里を滅ぼし、赤ん坊の一人に至るまで虐殺した。そこから生き残ったドワーフはいないとされていた……だがオユアーヴ!貴様だけはそれを生き延びたのだ!」
「何を根拠に……?!」
「コレだ」
ソーレは魔絹布を広げて、『OYUAV』の刺繍を見せた。
「散々に苦労して手に入れたが、これは貴様が救貧院に捨てられた時に包まれていた魔絹布だ」
――オユアーヴも気付いた。
『OYUAV』の刺繍が魔絹布の裏面に施されている事に。
「分かっただろう?この魔絹布に刺繍された本当の名は――」
くるりとソーレは魔絹布を裏返し――いや、表へと返した。
『VAUYO』――いや、『ヴァーヨー』。
オユアーヴは思わず息を呑んだ。
「ダンヨー・クォクォには兄がいた。天才と呼ばれた鍛冶師で、長らくドワーフの里に技術を学びに行っていた。だがドワーフの里が滅ぼされた直後に、遺書も残さずに自殺している……」
「彼の名前は、ヴァーヨー・クォクォ」
「貴様の父親で、私の伯父でもある」
「ダンヨー伯父上達を殺した時、薬酒の瓶の影に隠されていた日記を見つけた。ヴァーヨー伯父上が残したものだ。……ここには貴様の父親がドワーフの族長の娘と恋に落ちた事が記されている。ドワーフの男は貴様のように鍛冶以外に全く興味を持たないが、まだ女は情緒を理解する心があったらしい。
『クォクォの家督はダンヨーに譲り、このドワーフの里でギリテと共に一生を過ごしたい』………………………………ハハハハハハッ!分かる、分かるさ!その気持ちは苦しいほど分かるとも!同じ、ドワーフの生み出す『美』に魂を奪われた者として最大限に共感するとも!」
ソーレは棚から取りだした古びた日記をオユアーヴに投げつけた。
オユアーヴは恐る恐る日記を拾ってページをめくる。
最後のページに、こう書かれていた。
『ダンヨーへ
迷惑をかけて済まない
どうか許してくれ
これ以外の手段が無かったのだ』
ページの余白には小さな文字が付け足されていて、それは見慣れたダンヨーの筆跡だった。
『ヴァーヨー兄上
迫害する者は斃れた
「オユアーヴ」は元気にしている
もう安心して眠ってくれ』
「そうだ、【乱詛帝】は確かにドワーフを虐殺した。だが人間までは殺さなかった。
それでもヴァーヨー伯父上にとっては命がけだっただろう。ドワーフの血を引く赤ん坊を密かに連れ出したなんて【乱詛帝】に知られたら、クォクォ一族も族滅されていたのだから……。
だから貴様を救貧院にあえて棄てた後、ヴァーヨー伯父上は遺書も残さずに自殺したのだよ」




