第三十六話 修理を持ち込んだ×共感型エンヴィー
常人ならば一月は寝たきりの重傷を負い、まだ包帯まみれなのにも関わらず。
特務武官のギルガンドは【御印工房】にやって来て、ソーレに愛刀の修理を命じた。
ソーレは恭しくギルガンドから刀を受け取り、状態を確認する。
「……ッ!」
彼は絶句した。
この刀はソーレが魂を込めて打ったもので、【魔法付与】まで行った最高傑作の一振りであった。
【魔法付与】とは【帝国技術省】で開発された技術の一種で、個人の所有する【固有魔法】を特定の対象物に転写する代物である。
実行するにあたって費用がかかりすぎる事が課題だが、こと武器に関してはソーレの【固有魔法】である【分解】は他の追随を許さぬ圧倒的な存在感を放っていた。
モノを【分解】しながら切る事でのみ実現される、絶対的な切れ味を誇るのである。
勿論、使い手の技量も多少なりと関係はするものの、ギルガンドほどの腕前の持ち主となれば、岩石はおろか鋼鉄を張った盾さえも易々と切り裂いたそうだ。
その――彼にとっては己の職人としての誇りと尊厳の証明と言っても過言では無い一振りの刀が、手ひどく刃毀れし、ここまで傷付けられるとは――。
ソーレは咄嗟に俯いて、貴族然とした澄ました表情をかなぐり捨てて目を見開き、わなわなと震えた。
それでもどうにか表情を取り繕って顔を上げると、
「……これは、酷うございますな。されど私の名に賭けて確実に修復してご覧に入れましょう。しかし、特務武官様に斯様な手傷を負わせた相手は一体何者なのでしょうか?」
きっと巷を騒がせている【虚魂獣】とやらの仕業だろう、とこの時の彼は考えていた。
それも一体や二体の相手ではなく、相当な数の【虚魂獣】と血みどろの死闘を繰り広げた結果、こうなったのだろうと。
ギルガンドは小声で告げる。
「諸事情で相手が何者かは言えぬ。だが一つだけ頭領殿に聞きたい事がある」
「何でございましょうか」
柔らかな口調で言い、ソーレは頷いて見せる。
「魔導銃でこの刀を損傷できるか?」
「……そうですな」ソーレはしばらく考える振りをして、「【魔法付与】された魔導銃ならば理論上は可能でしょうか……」
ギルガンドは難しい顔をした。
【魔法付与】が可能な技術者となると、この帝国でもかなり限られた人数しかいないからだ。
「そうか。分かった。この話は内密に願う」
それだけ言って、ギルガンドは去って行った。
――その後ろ姿が遠くに消えるまで頭を垂れて見送ってから。
ソーレは【御印工房】の頭領の部屋に形相を歪めて駆け込んだ。
扉に厳重に鍵をかけた事を確かめてから、机に両手の拳を思い切り叩きつける。
彼の唇の両端は狂喜に吊り上がっていた。
「ヤツだ!!!間違いない!【合体】だ!どうやった?!どうやったのだ!!?ああオユアーヴ、やっと私を見てくれるのか――!!!」
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――かつて最初にオユアーヴに出会った時の事を、ソーレは今でも鮮明に覚えている。
その時、七歳になったばかりのソーレは鍛冶の職人を志したばかりであった。
彼は幼心に刀剣が好きだった。
こんなにも美しくて素晴らしいものを自らの手で生み出せたらどれ程に素敵だろう、いや、必ず帝国一の鍛冶職人になってやろうと、勉学に勤しみながらも子供らしい夢想に浸っていた。
その彼の夢想を徹底的に粉砕したのが自分よりも幼かったオユアーヴである。
クォクォ家から鍛冶の職人を志す子供は、座学から始まり、年上の職人の雑用を手伝い、ある程度体力が付いてきた所でようやく刀剣を打つ事を許される。
だが、オユアーヴだけは基礎的な座学を終えた初日の時点で、ダンヨーが周囲の反対を押し切って実際に打たせたのだ。
小さな体でオユアーヴが一心不乱に鍛え上げた小刀を見た周りの職人達は、絶句した。
彼らは、生まれながらにしてここまで見事な刀剣を作る事が出来る者の名を知っていた。
鍛冶と工芸の神セイニースの祝福を授かった種族、ドワーフ。
ガルヴァリナ帝国に君臨する【乱詛帝】に愚かにも逆らったために、数年前に根絶やしにされた種族である。
――かつて【乱詛帝】は、ドワーフの里から遙々とドワーフの族長を呼び出して命じた。
「朕と【パペティアー】の美しい銅像を作れ」
ドワーフの族長は即答した。
「それは絶対に無理だ」
「……。何故じゃ?」
「元が汚くて醜いからだ」
最後の里を焼き払われ、赤ん坊の一人に至るまで殺されたはずのドワーフが、まだ生きていたのか。
彼らはオユアーヴの素性を悟ると同時に、青くなった。
【乱詛帝】に逆らったドワーフの血を引くオユアーヴが生きていて、しかもクォクォ家の当主が養子にしているのだ。
この事実が外部に露呈したら、このクォクォ家に所属する職人全員も連座されるだろう。
【乱詛帝】は表だって民衆を処刑したりはしない。
しかし、隠れて民衆を『呪詛』の実験に使っている事は既に誰にも知られていた。
しかし。
それでも。
彼らは己の命惜しさに【乱詛帝】に密告する事が出来なかった。
『美しい』のだ。
一心不乱にオユアーヴが鍛え上げた刀剣の美しさは、彼らが何十年かけても決して届かない境地にあった。
まるで己の魂のもっとも純粋で無垢で極まった世界が、刀剣の形を取って具現したかのような――。
彼らは一体、何度オユアーヴの存在を密告しようと考えただろう。
彼らにだって家族はいるのだ。
保身に走ったところで、誰がそれを責められただろうか。
けれど、誰一人――結局【乱詛帝】が討ち取られるまで、とうとう出来なかった。
密告しようと考えた瞬間、彼らの脳裏をオユアーヴの打った刀剣の『美』が静かに過ぎるのだ。
それは彼らの心から嫉妬と恐怖と不安を根こそぎに奪っていく代わりに、光り輝く『何か』を余韻に残していくのだった。
ソーレも、密告したくても出来なかった者の一人だった。
言おう、明日こそ言おうと思っている内に【乱詛帝】は皇太子ケンドリックに討ち取られてしまった。
即位したばかりの【赤斧帝】ケンドリックは至極まともな為政者であったから、今更『ドワーフが生き残っている』と告げ口したところで『ならば大事に帝国城で保護しよう』とはなっても『思い知らせて絶滅させよう』とはならない事は分かりきっていた。
けれども、ダンヨーとディーナー夫妻は万が一を恐れていたのだろう、中々オユアーヴを【御印工房】に出仕させようはしなかった。
しかし【赤斧帝】自らの要請とあって、泣く泣く帝国城に行かせたのだ。
――それから半年後。
オユアーヴの背中を追いかけるようにソーレも【御印工房】に入った。
彼の脳裏には、今でも鮮明に焼き付いたあの美しい刀剣の面影と、対照的に酷く冴えない小男のオユアーヴの後ろ姿だけがあった。
一度も彼の方を見ようともしない男。
幾ら声をかけても無関心気味で、何をしても何をされても鍛冶以外に興味を持たない男。
されど幾ら無関心で興味を持たれぬ相手だろうと、己は今ここに確実に存在しているのだ。
血が滲むような努力を積み重ね、男を無我夢中で追いかけて今も階段を登っているのだ。
否!
とうの昔にその段階は過ぎ去った。
この己こそが男の生み出す『美』について、誰よりも知識があってその最奥部の真髄の一滴に至るまで理解していると――強く強くソーレは自負している。
私を見ろ!
貴様と貴様の『美』の世界一の理解者である私を、その目で見ろ!
嫌味を言っても駄目なのか?
では貴様の養父母を毒で殺せば見てくれるか?
密かに陰謀を巡らせて家督を奪えば見てくれるか?
そうだ、貴様に恋をした女官を娶れば見てくれるか?
いっそ貴様から『美』を生み出す機会を奪えばどうだ?
オユアーヴ。
何処まで追えば私を見てくれる?
気付けばソーレの男と彼の生み出す『美』への尽きぬ憧憬は、飽くなき欲望と肥大した羨望と美の慟哭や嗜虐性癖、その他諸々と縺れた糸のように入り乱れて、本人にも訳の分からない『心』へと変り果てていた。
ソーレは知っている。
オユアーヴの生み出した『美』と言うものが、供犠の薪をくべる事で燃え上がる火焔と同じである事を。
それに魂から魅せられて、生きたまま心身を焼かれているのがソーレである事を。




