第三十五話 でも相手は×興味が無い
その日はオユアーヴが救貧院から引き取られた日で、クォクォ家ではオユアーヴの誕生日だと言う事になっていた。
久方ぶりに外出の許可を取ってクォクォ家に帰ったオユアーヴと久しぶりに会ったディーナーは、少しだけ髪に白いものが混じっていた。
食堂の広い机の一面にこれでもかと料理の皿が並べられ、三人揃っての食事中。
やたらとディーナーから質問が飛んでくるのには、オユアーヴは閉口した。
「ちゃんと食べているのか」
「何か困った事は無いか」
「辛い事は無いか」
そんな事を聞かれても、そもそもの興味が無いので覚えていないのだ。
けれど決して居心地が悪い訳では無かったので、彼は生返事をしながらも旨い料理を頬張っていた。
「――それで、オユアーヴ。実はソーレを養子に迎えて、いずれはあの子にクォクォ家の当主の座を継がせようと思うんだが……構わないか?」
食事の後でダンヨーが顔を改めて話を切り出すと、オユアーヴは即答する。
「俺は鍛冶が出来るのなら構わないです」
「無論だとも。当主の座を継がせる代わりに、お前の面倒をちゃんと見るように頼んでおくから」
「……それより。その、実は。これを」
オユアーヴはディーナーがかつて『【御印工房】に行くのだから』と用意してくれた鞄から、二つの木箱を取り出して、ダンヨーとディーナーに渡す。
恐る恐る、開けてみた二人の目が丸くなった。
中には木彫り細工を得意とするダンヨーのために打たれた小刀一式と、刺繍が趣味のディーナーのために針仕事の道具一式が収められていたのだ。
「いつの間に……」
この子はこんなにも立派になったのだろうか。
思わずダンヨーは目を何度も瞬かせた。
その隣――既にディーナーは目元を手巾で覆って体を震わせている。
「ソーレに言われました。拾って育てて貰った恩を何だと思っているのかと。……恩と言うものは良く分からないけれど、俺のためにわざわざ疲れてくれたんだと考えました。俺のために疲れてくれた人のためには、俺も疲れた方が良いだろうと……」
「ははははは……っ!」
泣き出しながらもダンヨーは笑ってしまった。
この子を育ててきた事に間違いは無かった。
どうやっても人の気持ちを理解しない子だが、決して邪悪でも残酷でも無い。
『美しいもの』に対して一途で、誰よりも純粋なだけなのだ。
「『疲れる』じゃあない、『疲れる』じゃあ無いのだよ、オユアーヴ。『助け合う』なのだ……」
翌朝。
ダンヨーとディーナー夫妻は起きては来なかった。
寝台の中で隣り合ったまま、冷たくなっていた。
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呼ばれた医師は、「突発性の心臓の病気の発作で儚くなられましたのでしょう」と言った。
オユアーヴは呆然としていた。
目の前で何が起きているのかについての理解を、いつも無頓着にしていたはずの『心』が拒絶した。
二人の葬儀が粛々と行われている最中に、あの道具一式をそれぞれの棺に忍ばせるだけで、心がひき裂けそうになった。
『美しいもの』以外で彼の心が動いたのは、これが初めてだった。
――駆けつけたソーレ・クォクォが葬儀を取り仕切った後。
当然のようにそのままソーレがクォクォ家の当主となり、【御印工房】の新たな頭領となった。
オユアーヴは無抵抗だった。
ソーレがクォクォ家の当主となる事は夫妻から聞いていたし、彼はただ鍛冶が出来れば、『美しいもの』を生み出せれば、それで十分だったから。
でも、彼は気付いていた。
冷え性の二人は寒い時期、寝る前に必ず薬酒をほんの一口だけ飲んでいた。
その薬酒の瓶は二人の寝室の棚にいつも置かれていたのに、葬儀の後には忽然と消え失せていたから。
ソーレと言う男は、オユアーヴがとことん嫌いだったらしい。
頭領の地位を利用して、危険な作業をしている最中のオユアーヴに突然話しかけてきたのだ。
同じ鍛冶職人である彼は、その危険な作業こそが刀剣の価値と美しさを決める何よりも大事な瞬間だと誰よりも知っていたのに。
目の前で『美しいもの』を台無しにされたオユアーヴは半狂乱になった。
「何をする!」
咄嗟に大声で叫んで振り回した――その手がソーレの顔に当たった。
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……後はオレ達も知っている。
【御印工房】を罷免され、宦官にされたものの勤務態度は最悪で、彼方此方をたらい回しにされた挙げ句、この【黒葉宮】に左遷された……。
「オユアーヴ、一つ質問しても良いですか」
クノハルが顔を引きつらせて訊ねる。
「何だ?」
「どうして養父母が殺されたのに【帝国治安省】に調査するよう訴えなかったのですか」
オユアーヴは遠い目をした。
「……年老いた職人の一人に言われたんだ。【赤斧帝】が健在の頃だったし、ソーレは【寵臣達】だから絶対に黙っていた方が良い。下手に騒げば処刑されてしまう、とな」
……一番、時期が悪かったんだな。
「それにここで|これ《シルバー&ゴースト》に携われたから、もう良いんだ。鍛冶が出来れば、『美しいもの』を生み出せれば――異物の俺でもこの世界から排斥されないで済む」
そう言って『シルバー&ゴースト』をそっと撫でるオユアーヴの手つきは、まるで神聖なものに対する祈りの仕草のようだった。
「……オユアーヴは真珠になったのだな」
ぽつりとテオが呟くと、オユアーヴは不思議そうな顔をして、
「真珠だと?あの宝石の?」
と繰り返した。
テオは頷く。
「真珠とは真珠の貝の中に入り込んだ異物を、時をかけて貝が出す膜で覆う事で出来上がるそうだ。
オユアーヴと言う男は、確かにこの世界における異端児で異物なのだろう。だが、この世界は同時に鍛冶と言う名の美しい真珠の膜でオユアーヴを包んでいったのだ」
それきり、誰も何も喋らなかった。
オユアーヴは深呼吸をしつつ上を向いていたが――両目を乱暴に拳で拭うと、『シルバー&ゴースト』のメンテナンス作業を再開した。




