第三十四話 滅びた種族の×宿命の異端児②
「どうしたのだ!?」
ダンヨー・クォクォは驚き、相談もなしに救貧院から突然孤児を引き取ってきた上に、養子にしたいと言い出した妻君と、その傍らで、薄汚い格好で泥と鼻水まみれになって、まだえずき泣いているオユアーヴを交互に見つめた。
「一体何が!何があったのだ、ディーナー!?」
ディーナーは冷静にダンヨーに説明した。
「旦那様、オユアーヴは天邪鬼でございます。反対に見て初めて価値が分かります」
「反対だと……?」
一瞬は考え込んだダンヨーだったが、すぐに顔付きを変えた。
安堵の顔だった。
「……よくぞ……よくぞオユアーヴを引き取ってきてくれた、ディーナー!」
すぐさまダンヨーは召使いに命じて彼を風呂に入れ、食事を食べさせ、暖かい服を用意してくれたのだった。
ガルヴァリナ帝国の平民が貴族となるには幾つかの手段があるが、一番手っ取り早い方法は、大金を払って田舎もしくは貧乏な貴族の養子にして貰う事だろう。
オユアーヴもクォクォ家と縁続きになりたい貧乏貴族の養子となって、そこから更にクォクォ家の養子となったのだった。
富裕な中流貴族クォクォ家のダンヨーとディーナー夫妻の養子となっても、オユアーヴは奇妙な子のままだった。
金属と金属を加工する事が、食事よりも睡眠よりも何よりも大好きなのである。
クォクォ家は代々【御印工房】の頭領を務めているような家だったので、大きな工房を館の中に幾つも抱え、数多の職人を養成していた。
その一つには鍛冶や冶金のような金属加工を主とする工房があって、オユアーヴは簡単な読み書きや計算を教わった後はすぐにその中に放り込まれた。
――まるで砂浜で干からびかけていた魚を、広い海の中に戻してやったようだった。
オユアーヴはめきめきと鍛冶の腕前を上げていき、十年後には若き鬼才と呼ばれる様になっていた。
同じ鋼を使っているはずなのに、全く出来映えが違うのだ。
刀剣を打てば危うい美しさと得も言われぬ気品を持った刃を打つし、婦人用の剃刀を磨けば柔らかで優雅な雰囲気に仕上げる。
品格のある美しい見た目なのに切れ味は恐ろしいほどで、試し切りで死刑囚を切った武官が『全財産を支払うからもう一振り!』と依頼してきた。
斧を使ってもなかなか一撃で切れぬ事が多いのに、剣を振り下ろした先の首がストン――と転がり落ちたのだと言う。
次第に彼に名指しで刀剣を打って欲しいと言う依頼が相次ぎ、もっと名が広まると『オユアーヴを【御印工房】に推挙すべきでは』と言う声が次々と上がった。
最初は『まだ若いから』『人との協調性が皆無だから』『締め切りを守らないから』と反対していたダンヨーとディーナーだったが、噂をとうとう【赤斧帝】が聞きつけて、皇太子ヴァンドリックのために守り刀を打てと命じた事で、泣く泣く認めるしか無かった。
【御印工房】に入った職人の多くは技術の漏洩と逃亡を防ぐために、囲われて暮らす事になる。
外出許可無しには外に出られなくなるし、婚姻も勝手には出来なくなるのだ。
「良いですか、オユアーヴ。幾ら仕事に夢中になっても、不摂生だけは許しませんからね!」
「そうだぞ、何があろうとも一日三食、決まった時間に食べる事。仕事が終わったら風呂に入る事。睡眠時間をきちんと取る事、それから――」
涙ながらに説教するディーナーとダンヨーの声に、神妙な顔をしてオユアーヴは耳を澄ませていた。
――彼は、優しい義理の両親を実の家族のように愛する事はついに出来なかった。
とても丁寧に己の世話を焼いてくれる親切な人、と認識するのが精一杯であった。
けれど同時に、救貧院で幼少を過ごした彼だからこそ、こんなにも親切で心温かい人が己を家族として扱ってくれる事が、どれ程大変で希有な事かも分かっていた。
相変わらず、彼の自己認識としては、彼はこの世界にとってまるっきりの異物である。
ただ、この二人だけは――真っ黒な彼が白い雪に降られて凍えていると、そっと頭上に傘を差しだしてくれるのであった。
ダンヨーは【御印工房】の頭領の仕事の一つとしてオユアーヴの監督もしたが、悩みがあった。
いや。
想定通りに起きた事だ、と言うべきだったろう。
オユアーヴには他の職人との協調性が皆無であり、完璧に仕上げるためには納期や費用を全く考えなかったのである。
とは言え、たった一人でも完璧で美しい芸術作品のような刀剣を生み出すのがオユアーヴであり、遅すぎると文句を言っていた者もその刀剣を一度見れば、金輪際に文句を言わなくなるのだった。
【赤斧帝】がその最たる例であった。
あまりにも遅すぎると不満げであったのだが、運ばれてきた例の守り刀を見た途端に黙ってしまった。
まじまじと守り刀を見つめた後で、「やはり、そうだったか――」とだけ呟き、オユアーヴに適切な褒美を渡すように命じた。
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ダンヨーとディーナー夫妻には実子がいなかった。
頼みのオユアーヴはあの通りなので、次のクォクォ家の当主を務める事は確実に不可能である。
よって、彼らは数年前からダンヨーの妹の子ソーレに目を付けていた。
ソーレ・クォクォ。
鍛冶の腕前も中々のものであり、何より貴族らしい一面を持っている青年である。
オユアーヴのような天才・鬼才では無いが、秀才肌でコツコツと技術を磨き、積み重ねていくのが得意な所も密かに気に入られていた。
彼らは全く予想していなかった。
そろそろ養子に迎えようと思っていた矢先に、そのソーレに毒を盛られて二人同時に殺される事になるとは。




