第三十三話 滅びた種族の×宿命の異端児①
その日のオユアーヴは何か様子がおかしかった。
いつものように【黒葉宮】で2丁拳銃『シルバー&ゴースト』のメンテナンス作業を行っていたのだが、
「集中力が続かない」
と気まずそうな顔をして、手を途中で止めたのだった。
「珍しいな。体調でも悪いのか?」
テオが驚きつつも訊ねたら、とんでもない返答が来たのだった。
「いや、そうじゃない。今日が毒殺された親の命日だと思い出してしまった」
ユルルアちゃんとクノハルの手から、ほぼ同時に湯呑みが離れて机の上を転がった。
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帝国城の宦官はほぼ全員が【従属の首輪】を賜って、一時的に生殖機能を奪われている状態だ。
大まかに分けて、自主的に宦官になった者と、懲罰的に宦官にされた者がいるのだが、オユアーヴは後者である。
オユアーヴ・クォクォ。
元々は【帝国技術省直属の【御印工房】に所属していた天才的な鍛冶職人だったのだが、上司をいきなり殴って更迭されたらしい。
オレ達よりも遙か昔に【黒葉宮】に住んでいた皇族がドワーフの血を引いていたらしく、【黒葉宮】には小さいものの見事な鍛冶場がある。
オユアーヴに命じて、オレ達はそこで試行錯誤の果てに『シルバー&ゴースト』を作らせた。
『シルバー&ゴースト』については己の傑作の一つだと言う自負があるらしくて、オレ達が乱暴な使い方をするとブツブツと文句を言うものの――出世欲や性欲のような利己的な感情は極端に希薄で、怒られても罵られても蔑まれても嫌な顔をしないどころか、そもそも人の心に対して欠片も興味が無いらしい――それがオユアーヴと言う男である。
しかし、『美しい芸術作品に携わる事』については何を犠牲にしてでも実行する、いやに極端な一面があり、手先がとても器用だからか掃除も料理も見事にこなす。
独身で家族も友達もいないと聞いていたのだが――。
「ああっ!?大変、こぼしてしまいましたわ!」
「火傷はしていないか、ユルルア!?クノハルも無事か!」
「もう冷めていましたから、ご心配要りませんわ!それより布巾、布巾は何処かしら?!」
「私も問題ありません!あっ、ここに(布巾が)あります!」
ユルルアちゃんが慌ててクノハルと手分けして机を拭き、ようやく落ち着いた所で。
「オユアーヴ!親が毒殺されたとはどう言う事だ!?」
当然ながらテオは血相を変えて問い詰めた。
「ソーレ・クォクォは……知っているか?」
居たたまれないような顔をして、オユアーヴは途切れ途切れに話し出した。
「知っているも何も、【御印工房】の頭領じゃないか」
【寵臣達】の一人だが、優秀な職人で頭領なので、例外的に罷免されずに以前のままの地位にいるのだ。
「あの男は、俺の……従兄だ」
「えっ!?」
ユルルアちゃんが驚く。
ソーレ・クォクォはオユアーヴとは真逆の男だ。
やせ型の長身で、物腰柔らか。
いつも笑顔を絶やさず、愛する妻子もいて他の女には目もくれない。
配下の職人達からもそれなりに慕われている――。
ずんぐりむっくりの体型、他人に無関心で常に無愛想、独身で友達もいないオユアーヴとは――何一つも類似点が無いので、姓がたまたま同じだけだと思っていた。
「義理の従兄だ。俺が……養子だから」
それなら何一つ似ていないのも納得である。
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生まれながらに己が異端児であり、此の世においては完全に異質である事をオユアーヴは常に自覚していた。
今より三十年近く前。
雪の日に救貧院の前に魔絹布に包まれて、生まれたばかりの彼は捨てられていた。
軒下で泣いていた彼を見つけた救貧院の職員は、その魔絹布に『OYUAV』と赤い糸で刺繍があった事から、彼をオユアーヴと名付けた。
魔絹布とは、光蚕と言う霊虫が吐き出す糸を繰って織った最高級の絹布である。
絹布の上位互換と言いうる美しさや光沢に加えて、炎熱や寒冷を防ぐ不思議な力があるのだ。
こんな高級品で包まれていたのだ、きっとこの子はお貴族様の火遊びで生まれてしまったのだろう。
救貧院の職員達がそう噂していたのをオユアーヴも何度か聞いたが、「そうなのか」と思っただけだった。
己が貴種の生まれである事に縋ったり、期待したり、夢見たり等はしなかった。
全くの無関心だったのだ。
その魔絹布はすぐさま高値で売り飛ばされて、涙で赤貧を洗っていた救貧院をいっとき救い、オユアーヴも冬を越して生きる事が出来た。
三つになったかならないかの頃から、オユアーヴは気味の悪い子供だと救貧院で虐められていた。
他の子に食事を奪われ、喧嘩で叩かれ、どれ程殴られても、無関心。
いつも虚ろな顔をして一人で庭の隅っこで木の枝を使って、地面に絵を描いている。
全体的に反応が鈍くて、虚無的なのである。
「こんな愚図でのろまじゃあ……」
「道理で捨てられた訳だ」
と大人達も悪し様に言ったが、恐らくオユアーヴ本人が、他の子のように『必死に生きる事』が分からなかったし、『必死に生きようとする事』もどうやっても出来ない己を諦めていた。
人と違うと親から捨てられるのだ、と彼は理解したけれど、その理解には一切の感情が入っていなかった。
親に捨てられた絶望も、最初の自己肯定の欠落も、寄る辺ない身の不安も悲壮感も、彼の中には全く無かったのだ。
唯一彼が痛感したのは、己がどうやら――雪が降って純白となった世界に無遠慮に投げ出された黒い泥濘同然の存在だと言う事だけ。
彼は世界にとっての異物で異質で、この世界では永遠に孤独なのだ。
そのオユアーヴが暴れ、声の限りに泣き叫んだ事がある。
五歳になったばかりの日の事だった。
彼の暮らす救貧院に、やんごとなき貴婦人が寄付のために訪れて下さった。
彼女は屈強な護衛と召使いを数人連れていて、その護衛達は美しい装飾が施された剣を履き、派手な柄の槍を手にしていた。
その鋼が、日の光を受けてキラリと光った。
オユアーヴの全身に鳥肌が立った。
今まで眠っていた獣が覚醒する様だった。
真っ暗だった彼の世界に突然の曙光が差し染めたような、圧倒的な明るさと心躍る目映さ。
『美しい』!
それはオユアーヴの魂に、生まれる前から深く刻み込まれていた概念であった。
フラフラと本能的に護衛達にオユアーヴは近付いたところで、寄付された物品を運んでいた職員の一人が気が付いた。
「何をするんだ、オユアーヴ!」
背後から突き飛ばして彼の小さな体を地べたに転がし、大人の体重で押し潰すようにして動きを止める。
だがオユアーヴは凄まじい抵抗を見せた。
喉が引き裂けんばかりの金切り声で泣き叫んで暴れ、自傷行為のように頭を何度も地面に打ち付けた。
「……」
当然ながらこれを目撃した貴婦人は蛾眉をひそめ、召使いに何事か耳打ちした。
召使いは職員とオユアーヴの元にやって来て居丈高に訊ねる。
「何の騒ぎであるか奥方様がお訊ねである!答えよ!」
「こ、この子が突然暴れまして……!いえ、その!普段は大変なのろまなのですが……!」
貴婦人はまた召使いを呼びつけて、何事か言っている。
召使いはふんぞり返りながらやって来て、また質問した。
「その子供の名前を奥方様がお訊ねである!答えよ!」
もはや職員は半泣きだった。
騒ぎに駆けつけた他の職員や、年かさの子供達も青くなっていた。
ここまで貴婦人のご機嫌を損ねたら、折角の寄付が撤回されるかもしれないと思ったのだ。
「オユアーヴでございます!オユアーヴ……!」
「……オユアーヴ?」
貴婦人はしばし考え込んだが、突然ギョッとした顔をする。
「オユアーヴ――!」
職員達は「もうお終いだ」「やっていけなくなった」「この冬を越せるかどうか」と項垂れ、子供達もその剣呑な雰囲気を悟って泣き出しそうな顔をする。
貴婦人はまた召使いを呼びつけて、何かを囁いた。
召使いの目が驚きに見開かれ、小声で何かを反論したようだが、貴婦人は下がらなかった。
仕方なさそうに召使いはオユアーヴを押さえつけている職員の元にやって来て、こう告げた。
「奥方様はオユアーヴをお引き取りになると仰せである!」




