第三十一話 忖度しない女×対抗策を練る
クノハルは忖度をしないが、忖度が出来ない訳ではない。
忖度したくない相手に容赦が無いだけなのである。
特に大貴族出身で、親や親族の七光りだけで出世したような『お偉方』には積極的に嫌われた方がマシだとさえ思っている節がある。
厳格な官僚試験を己の実力で突破した、平民や貧乏貴族出身の官僚達とはそれなりに親しくしていて――彼らに対して『忖度』はしないものの、適切に『配慮』出来る事がそれを裏付けていた。
資料保管室の官僚達が【虚魂獣】によって壊滅し、しばらく治療のため休まねばならなくなった後、当然ながら後任の官僚達は大混乱に陥った。
何処の棚にどの書類が保管されているのか、そもそも今後どうすれば良いのか、引き継ぎも無しに分かる者が誰もいなくなってしまったのである。
責任者も青ざめた顔をしていた。
そこにひょっこりとクノハルが顔を出して、『暇でしたので』と言いながらも持ち前の【記憶】で見事に助けてくれた時の事を、彼らは一生忘れないだろう。
「勿体ない、あまりに勿体ないのですよ」
【帝国十三神将】の一人【賢梟】は、ギルガンド相手に愚痴をこぼした事がある。
【賢梟】――フォートン・イェロフもまた平民出身の上級官僚の一人であった。
ギルガンドはこの男が【逆雷】に次いで苦手だった。
舌鋒の鋭さにおいて、全く勝てなかったからである。
彼だけでなく、一度舌戦が始まると勝てる者は帝国城に一人もいないとまで言われていた。
なのに、どうしてかフォートンからギルガンドは好かれているらしくて、よくこうやって仕事の愚痴を聞かされたりするのだった。
「そんなに優秀なのか?」
「一万人受けて合格者が数名いれば上々の最上級官僚試験を全問正答、小論文は私も読んだのですが、思わず唸った記述がありましたよ。ああ、どうにかして私達の部下に欲しいのですが……」
あの性格が問題でして、とフォートンは頭を抱えている。
「貴殿に言うのもおかしいのですが、私達、官僚は門閥貴族といかに上手く折り合いを付けられるかが仕事の半分以上を占めているのです」
「構わない。実際、私も無能な連中には迷惑している」
貴殿は確かに大貴族の生まれですが正真正銘の特務武官ですからね、とフォートンは内心で呟いて。
「何を以て無能と称するかが論点になりそうですが……その論争は今は置いておきましょう。彼女の優秀さは、明らかに【黒葉宮】で終わらせてしまうには――」
【よろず屋アウルガ】のロウと言う男について調べた時、当然、クノハルについても彼は調べた。
ロウとは異父兄妹の関係である。
幼い頃に母親に捨てられ、ロウに引き取られて育った。
彼女を捨てた母親は、今はどこぞの大貴族の妾をしているらしく、母親の話をするだけで嫌がる。
化粧もせずに男装し、貴族相手には態度が悪いが、官僚相手には適切な対応を取る。
【固有魔法】は【記憶】。
目上の者に一切の忖度をしない所為で貴族から疎まれて、上級官僚になって早々に【黒葉宮】に飛ばされた。
帝国城で幾度かすれ違った事があるが、生意気そうな女だな、と言う印象しか彼は持っていない。
間もなく死ぬ己の遺産目当てですり寄ってくる女よりはマシだ、くらいには思っていたが。
それだけだった。
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――覚醒した。
清潔感溢れる、帝国城の医務室の中にいた。
飛び起きようとしたら激痛が全身に走って、ギルガンドは小さく呻いた。
無理を押して起き上がったが、
「止めろ止めろ!動くな!喋るな!今度こそ死ぬぞ!」
棒付きの飴玉を加えた女医者がすっ飛んできてギルガンドを寝台に押し戻す。
「だが!」
彼には残り時間が無いし、何より【赤斧帝】が脱獄した上にその関係者を取り逃がしてしまったのだ!
「【睡虎】が後を引き継いだ。今はあいつに任せて養生しろ。それと――昨日がおまえの母親の命日だったんだぞ?」
アザにまみれて死ぬはずだった日から、既に一日、彼は生きている。
――ああ、とギルガンドは目を閉じた。
「私は、命を救われたのか」
「……誰にだ?」
「『シャドウ』だ」
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「兄上が脱獄していただって!?――こ、殺されるッ!」
事態を知った【善良帝】は青くなって震え出す。
「こんな事になるのなら、幾ら脅されたって中継ぎの皇帝に即位するんじゃ無かった……!」
そう言って頭を抱える。
【赤斧帝】が復位するにあたって、最優先で排除されるだろう己の定めを悟ったのだ。
「陛下。どの道、トラセルチアからの人質だったママエナ様と『既成事実』を作成なさった時点で……全ては手遅れだったのでございますよ」
【賢梟】にチクリと尻を刺されたところで、今更どうしようも無い。
トラセルチアからの大事な人質であったママエナ相手に、退路も進路もない恋をして、運良くその思いが通じ合って、密かに子まで成した事実は。
もっともその事実を逆手に取られて脅され、【善良帝】リュードリックは皇太子にとって都合の良い傀儡となるしか無かったのだが……。
「されど……いささか奇妙でございます」
【賢梟】は怪訝そうに首をかしげた。
「何がだ?何が奇妙なんだ?」
リュードリックは救いを求めるように訊ねた。
「脱獄したであろう時期を逆算すれば、そろそろ【赤斧帝】自ら【寵臣達】を率いて陛下の御首を奪っていてもおかしくは無いはずなのです」
「!!!」
己の首を刎ねられる光景を思い浮かべたのか――完全に悲壮な顔になってリュードリックは【賢梟】の話を聞く。
【善良帝】はとことん無能な人間である。
しかし生まれついての血筋が良くて、かつ有能な人間の言った事に一切文句を言わず逆らわず、言われた事をその通りに行う――有能な人間からは非常に重宝される方の無能であった。
「しかし、今まで目立った動きが何も無いのです。特にあのニテロドが【赤斧帝】の脱獄を知ったならば、必ず動きまするのに……」
ここで皇太子ヴァンドリックが口にする。
「幽閉されていた所為で衰弱し、やむなく何処かに身を潜めている可能性が最も高いだろう。暴政と虐殺に、あれ程虐げられた民衆が今更【赤斧帝】を匿うとも思えないから、【神の血】に関与する逆賊の庇護の元で虎視眈々と再起の時を図っている。それを【寵臣達】も理解して、今はあえて沈黙している可能性が最も高いと推測すべきだ。
――ならば、この隙に我らにも打つ手立てが幾つかございます、陛下」
「それは何だい、ヴァン?」
ほとんど哀願するように【善良帝】が皇太子ヴァンドリックに訊ねると、彼は決然とした顔で言った。
「どうか【奈落蝗王】の起動の御許可を」
「えっ!!!?」




