第二十八話 呪われた×君の過去
由緒正しい大貴族カドフォ公家に生まれた姫君であるユルルア・ラサ・カドフォは、当初はテオの兄である皇太子ヴァンドリックの婚約者になるはずだった。
でも、あまりにも優しすぎる子だからと、ヴァンドリックが断ったのだ。
「帝国城の後宮に君臨するには、彼女は柔和な女性すぎる……」
代わりに皇太子ヴァンドリックは、彼女を同母弟であるテオの婚約者に勧めた。
後ろ盾が無い弟を気遣ったのもあるだろうが、恐らく二人の相性が悪くない事も見抜いていたのだろう。
案の定。
お見合いをしたテオとユルルアちゃんはお互いに一目で恋に落ちた。
それからユルルアちゃんは帝国城の後宮に入って、未来のテオの妃として相応しい教育を受ける事となった――所までは順調だった。
最悪な事に、人の物を奪うのが大好きなアルドリックに目を付けられたのだ。
ユルルアちゃんが贔屓目を抜きにしてもとても可愛らしい女の子だった事。
テオに既に後ろ盾が無かった事。
この二つが相乗効果で災いした。
アルドリックにユルルアちゃんを略奪されたのに、何も出来なかったのだから。
……。
ヤツはただ略奪しただけじゃない。
この時にユルルアちゃんの、年の離れた姉も同然だった存在の召使いのハビを――、
「姫様に何をなさるおつもりですか!」
そうやってユルルアちゃんを咄嗟に庇った彼女を、手下に斬り殺させたのだから。
テオとユルルアちゃんの婚約話は跡形も無く破壊され、そのままユルルアちゃんはアルドリックの婚約者にされた。
カドフォ一族――特にユルルアちゃんの長兄のヌスコは散々に抵抗したが、この時のニテロド一族は絶頂期で、横暴に圧倒的な権力を振りかざしていた。
――直後。
第十二皇子テオドリックは兄ヴァンドリックを庇って処刑され、一度は死ぬ。
オレこと【精霊クラウン】を従えた事で蘇生するが、しばらくは動けない重傷だった。
寝込んでいるオレ達は噂を聞いてしまう。
ユルルアちゃんとアルドリックとの婚約が破談になった、と。
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単なる悪政だけじゃない。
【乱詛帝】は後世に不発弾じみたろくでもないモノばかり残した。
『呪爆物』がその代表例である。
『呪爆物』とは【乱詛帝】と【精霊パペティアー】が協力して生み出したモノで、その名の通りに特定の相手の近くで呪いをまき散らして汚染、場合によっては呪殺すると言う、タチの悪い時限爆弾みたいな代物なのだ。
勿論、【帝国浄化省】が積極的に発見・回収しては封印したり破棄したりしていたのだが、逆に高値で希少価値を持ち、闇の市場で取引されていたのだ。
――先祖代々の家も土地も何もかも売り払って、ハビの両親がそれを手に入れた。
ヴァンドリックが皇太子であれば、まだ話は違ったかも知れない。
人を殺めたアルドリックに適切な処分を下すよう、影ながら動いていただろう。
だが、正にこの時はヴァンドリックは皇太子の地位を剥奪された上に幽閉されていたし、【赤斧帝】は強い者に媚を売る事だけは上手なアルドリック、ひいてはその母親のアーリヤカ皇后がお気に入りだった。
ハビの両親はアルドリックがいる時にニテロド一族の館を訪れ、死んだ娘の非礼を詫びたいと申し出た。
下級貴族だった彼らには、他に手段が無かったのだ。
たった一人の家族を奪われたのに。
他には、一つも。
ふんぞり返っているアーリヤカの弟アーゼルトの前で何度も土下座して金品を差し出すと、アーゼルトも油断して、アルドリックを呼んだ。
アルドリック殿下にせめてものお詫びの品を献上いたしまする、とハビの両親は言って、興味本位でやって来たアルドリックに『呪爆物』を投げつけたそうだ。
ハビの両親は見せしめとして【獄人】にされた。
だが、アルドリックはまともに『呪詛』をくらって倒れた。
体内の【瘴体】が暴走して見る間に衰弱していく。
溺愛する馬鹿息子が死にかけたので、アーリヤカ皇后は半狂乱になった。
「妾の可愛いアルドリックを救う方法を知っている者はおらぬのか!褒美は望みのままに遣わすぞえ!」
この噂はたちまち帝都全域に広まった。
すると、かつて【乱詛帝】に仕えたと言う元宦官の老人がやって来た。
「私はかつて【乱詛帝】にお仕えしておりました。その時に耳に挟んだ事がございます。『呪詛』は『形代』に移す事も出来る……と。その儀式には若い乙女の命が数多く必要だそうです」
若い乙女を『呪詛』の生贄にありったけ捧げればアルドリックは助かるらしいと聞いて、アーリヤカは躊躇せず、その時にニテロド一族の館にいた下働きの若い女を全て集めた。
その中にはユルルアちゃんもいた。
相思相愛だったテオと引き裂いてまで略奪した癖に、アルドリックが飽きてきているからと言う理由でアーリヤカから一方的に切り捨てられたのだ。
元宦官の老人が『呪詛』を移す儀式を行うと、彼女達は次々とその場で絶命していった。
ユルルアちゃんが生き残れたのは、たまたま彼女が最後尾にいたからに過ぎない。
それでも顔に『呪詛』によるアザのような痕が残って、倒れた。
「儀式は無事に成功いたしましたぞ!これにて殿下のお命も助かりました。ですので――」
早速、老人が謝礼を要求した。
アーリヤカ皇后は微笑んで頷き、その場で老人を殺させた。
「されど、この館の下女共を殺した罪は、殺した者に償わせねば……そうじゃろう?」
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婚約も破談にされたユルルアちゃんは実家に戻ったけれど、もう身も心もズタボロだった。
そこにとどめを刺したのが、アルドリックを呪ったのがあのハビの両親だったと言う――最悪の事実だった。
彼女は壊れた。
それまでは優しすぎるくらいに優しい子だったのに、意味も無く暴れたり、第二の母のように慕っていた乳母に手を上げたり、小さな動物を虐げるように変わってしまったのだった。
ヌスコは妹に心底から同情して、小さな別荘で静かに生きていけるように手配した。
この有様ではもはや嫁ぐ事はおろか、大貴族の令嬢として生きていく事さえ出来ない。
幸いカドフォの家は富裕であるから、彼女一人を生涯養っても何の差し支えもない。
ただでさえ『呪詛』を受けた身だ、長生きも出来ないだろう――と。
そこにオレ達が割り込んだ。
「どうかユルルア姫をもう一度、もう一度僕の婚約者にしたい」
ヌスコは嫌がった。
これ以上妹を傷つけさせてたまるかと思ったのだろう。
散々に渋り、抵抗し、言い訳を並べた。
「しかし第十二皇子殿下、もはや私の妹は――」
「全て知っている。それでもどうか頼む」
まだ寝台から起き上がれないテオがごり押しすると、ヌスコは露骨に嫌そうな顔をして言った。
「では殿下、一筆お書き下さい。よしんば我が妹に害されようと決して誰も咎めぬと」
お安いご用だった。
「分かった。彼女を裏切る事があればもう一度罰を受けるとも書いておこう」




