第二十三話 呪いの傀儡師×揃って珍道中
体や魂が成熟した事で発現する【固有魔法】については、デメリットがある事が分かっている。
魔力を使う事――特に【固有魔法】を使う事で老廃物である【瘴体】が体に蓄積していくのだ。
常識的な範囲の使用なら【瘴体】が体に害をなすより前に、体が保有する魔力の方が枯渇するし、多少は無理に使いすぎても排泄物・分泌物と一緒になって体外に出てくるので気にする必要はほぼ無いとされている。
体には有害な【瘴体】だが、植物にとってはとても良い肥料になるそうで、かつて植物を愛した【吸血鬼】の王国ザルティリャが存在していた頃は、何と交易品の一つとして【瘴体】の混ざった排泄物をも取り扱っていたらしい。
【吸血鬼】達は、穢らわしい【瘴体】からみずみずしい草木が育ち、鮮やかに花を咲かせて実を結ぶのを愛していたそうだ。
彼らは血を吸うのを下品で卑しい行為と最大に蔑み、日の光の下で草花の精気を吸って生きる事を是としていたらしいから。
故に、【吸血鬼】は【陽光の中を歩く者】が正式で公的な種族名であり、【血を啜る者】と呼んでしまうとその場で殺されても仕方ないくらいの蔑称となるらしい。
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今より二十年以上昔に、ザルティリャと【吸血鬼】は、先々代の皇帝【乱詛帝】に滅ぼされてしまった。
テオの祖父でもある【乱詛帝】は【精霊パペティアー】を従えていた。
後世には【呪いの傀儡師】と恐れられた凶悪な存在である。
この【パペティアー】の【スキル:インプリケーション】が、正にその【瘴体】を自由自在に操る力だった。
【精霊】の【スキル】は【固有魔法】を凌駕する絶大な力を持ち、それはこの世界の法則さえも書き換える程だと言うが――【スキル:インプリケーション】は悪い方向にその一切をねじ曲げた。
本来ならば【瘴体】を取り除く浄化の力となるはずだったのに、逆に自由自在に操って人を呪殺する方面に転用してしまったのだ。
挙げ句に、それまで『友好的に』ではなくても『平和的に』共存していたザルティリャまで、【瘴体】を積極的に浄化するのが気に入らないと戦争をふっかけて、焼き払ってしまったのだから。
何処の世界のどの時代のどの場所でも変わらないが、駄目な支配者の周りには悪人が集って、よりろくでもない政治をしようとする。
【乱詛帝】の時もそうだった。
悪女と悪徳宦官、こびへつらう貴族と無能な官僚ばかりを寵愛した。
逆に、まともな貴族や官僚は粛正の対象となり、良くて左遷、悪ければ一族が皆殺しにされた。
唯一、【乱詛帝】は民衆には直接には手を出さなかった。
慈悲の心があったからじゃない。
処刑場に連れ出された者に、根も葉もない噂で扇動された民衆が罵声を浴びせ、石をぶつけるのを見ては大喜びしたんだってさ。
ザルティリャはガルヴァリナ帝国最大の穀倉地帯、ノーフォーレザ河流域の真北に位置していて、ヤハノ草と言う魔力を持つ霊草の広大な大草原を有していた。
ザルティリャ王国の国旗にも描かれているこの草は、群生する事で周辺の環境の温度を一定に保つ、そんな不思議な力があったらしい。
――いきなり攻め込んできた【乱詛帝】によってヤハノ草の大草原も跡形も無く焼き払われた。
その結果、ヤハノ草の大草原と言う壁が長年に渡って抑えていた北方からの寒気が、ノーフォーレザの穀倉地帯に直に雪崩れ込んだのだ。
結果として。
数年にわたる大規模な冷害が発生して食料価格は暴騰し、民衆は酷い目に遭った。
あまりの国難に立ったのは【赤斧帝】――いや、この時は皇太子ケンドリックだった。
心ある者を率いて父である【乱詛帝】と戦い、数年続いた【浄詛の戦い】に勝利を収めて自らが皇帝になった。
……でも。
暴君を倒した者は自らが次の暴君となるのだろうか?
しかも、もっとろくでもない……自分の息子さえも容赦なく処刑してしまうような……。
オレはテオに聞いたが、返事は無かった。
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辻馬車(※タクシーを想像してくれ)を引くのは、馬力はあるけれども足の遅い農耕馬だ。
貴族や皇族だと大枚をはたいて足の速く力の強い軍馬を買うが、流石に庶民には手が出る価格じゃないからな。
それでも、帝都近郊に位置する【滅廟】なら暗くなる前には帰れるだろう。
「……。お客さん達、何処までで?」
御者のおっちゃんが不思議そうな顔でオレ達をジロジロ見ながら、訊ねてきた。
ド庶民の格好をしたロウとオレ達と、偉そうな軍服のギルガンド。
悪さをしたオレ達をしょっ引くところだろうか?と疑われても仕方ない……。
「【滅廟】さ。こちらのお偉いさんとは【大遊郭】で今朝方に顔を合わせたんだがな、実は臓腑に病を患っていて、【滅廟】の話をしたら悪縁を切りたいって話になってな。俺はこの通り、見えない目との悪縁をどうにかしたかった所だったから……」
【大遊郭】で出会った+病気持ちだと言われたギルガンドが物凄い顔をするが、幸い御者からは見えない位置にいた。
「ああ、仲間から聞いた事がある。最近、あそこに詣でる客が増えているんだってな!」
ひとまずオレ達への警戒は解けたようで、明るい顔をして御者は手を打ったのだった。
馬の蹄の音と馬車の車輪の音、御者の音痴な鼻歌が楽しそうに鳴っている中で、ロウは話を切り出す。
「なあ、アンタは強いんだろう?【虚魂獣】が相手でも平気か?」
「……何を……?」
胡乱な顔をしつつも刀に手をやりかけたギルガンドに構わず、ロウは続ける。
「俺の予想じゃ、【滅廟】の縁切りの噂には【虚魂獣】が関わっている」
ギッ!とギルガンドは眼光を鋭くした。
「ひいえっ!」――情けない悲鳴と一緒に、オレ達は怯えたふりをしてロウにしがみつく。
「それはどう言う意味だ?」
ロウは杖頭に両手を重ねて置いて、そこに顎を乗せて呟いた。
「【滅廟】に詣でた人間が全員、人が変わったようになっているらしいんだよ。俺の馴染みの娼婦も別人みたいになっちまった。そりゃあ良縁も悪縁も勝手に切れていく訳だ……」
「っ!」
ギルガンドは一気に険しい顔をする。
「アンタだって良く知ってんだろう?……【虚魂獣】ってのは人の魂を喰らう。魂を喰われた人間は段々人が変わったようになって……全部魂を喰われると……」
生きたまま【獄人】となるのだ。
ギルガンドはしばらく、腕組みをしたまま黙っていたが――、
「……貴様に一つ聞きたい事がある」
「何だ?俺が答えられる事か?」
「『シャドウ』からはどのような印象を受けた?」
「そうだな……」
ロウも少しの間じっと考えこんだが――口を開いた。
「強い意志……と言うのか?不屈の精神を感じたよ。それこそ一度殺したくらいでは死ななさそうな――」




