第二十一話 傲慢で鮮烈な特務武官×マイペースなよろず屋
運が良かったのか悪かったのかは分からないが――その男が【よろず屋アウルガ】に明朝に押しかけてきた時――ちょっとした訳があって、ゲイブンではなくオレ達の方が【よろず屋アウルガ】に滞在していたのだった。
「なあロウさん、今日と言う今日こそ払ってくれよ!」
朝っぱらからロウ目当ての借金取りがやって来たが、
「す、すいませんですぜ……!どうかお引き取りを願うんですぜ!」
どうしてかテオ(※見た目はゲイブン)が対応させられているのだ……。
「ガキに用はねえよ!ロウさんを出してくれよ!どうせ中で寝ているんだろうが!」
そう言って押し入ろうとする借金取りと玄関前でオレ達は揉めている。
朝の早い貧民街の連中が何人も通り過ぎていくが、一瞥するだけで誰も助けてはくれない。
ロウの所に借金取りがやって来るのは、【よろず屋アウルガ】の日常茶飯事だからである。
(……なあ、テオ。ゲイブンって本当に苦労しているって思わないか?)
(同感だトオル。暢気なのは見た目だけだ。内心ではどれ程の苦悩を抱えているか……!)
「そ、それが……とにかく今日も駄目なんですぜ!勘弁して下さいですぜ!」
何で駄目かと言うと、今のロウは滅茶苦茶に機嫌が悪いからだ。
ロウの妹であるクノハルが今日【よろず屋アウルガ】に来るはずだった予定が、ちょっとした訳の所為でおシャカになったからである。
『ごめんね、「シャドウ」……ロウってばクノハルが大好きなの……。クノハルが3つになる前から一緒だったから、誰よりも可愛くてたまらないのよ……』
ふて寝を決め込んでいるロウに代わって、【パーシーバー】が謝ったけどさ。
けど。
けどな?
謝って金が出てくるのならこの世の誰も苦労しないんだよ!
「ええい!邪魔だ!退けよガキ!」
しかし、痺れを切らした借金取りがオレ達を押しのけようとした。
「ひゃあああっ!?」
どうしようもなくて揉み合いになったオレ達と借金取りは、まるで変な社交ダンスを踊るかのように【よろず屋アウルガ】の前の道を行ったり来たりした――のだが、突然オレ達の背後を見た借金取りが、
「うわっ!?こりゃマズい!」
と血相を変えて叫ぶなり逃げ出したのだった。
「……へ?」
オレ達が振り返ると、貧民街にいてはならない存在が仁王立ちしていたのだった。
長身で筋肉質だが一切の無駄の無い完璧な体躯。
纏う鋭い気配も相まって、戦のために打たれた切れ味鋭い日本刀がそこにあるかのような圧倒的な存在感を放っている。
背筋も凍るほど美しいと間違いなく言いうるのに、それ以上に厳格さと驕慢さが覗く顔つき。
まるで猛禽類のように鋭い眼光に睨まれて、震えの来ない人間はいないだろう。
だが、最も問題なのはこの美丈夫の格好だった。
コイツ、よりにもよって貧民街に上級武官の格好でやって来たのだ!
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このガルヴァリナ帝国の正規の軍人を意味する武官には幾つかの等級がある。
下級の第十二等級武官から始まって、近衛兵になれるのは早くても第五等武官以上の中級、平時の将官になれるのは第三等武官以上の上級のみである。
この上級武官の中でも、第一等武官は別格とされている。
火急の用件があればの話だが――皇族だろうと、格上相手だろうと、いちいち立ち止まって敬礼しなくても許される事になっているくらいだ。
大貴族の御曹司出身だと第六等武官までくらいなら(コネと七光りで)すぐになれるものの、第一等武官だけは相応の実力や軍務の経歴も無ければ認められないのだ。
――しかし、何でも物事には例外がある。
間違いなく第一等武官に相応しい実力と功績を持っているけれど、如何せん年が若すぎると言う場合。
この場合のみ、特務武官と言う階級が皇帝から直々に授与される事がある。
オレ達の目の前にいる男は、その特務武官の階級章を胸に掲げていた。
射貫かんばかりの眼光が、オレ達を捉える。
「うあひゃー!」
オレ達は素っ頓狂な悲鳴を上げて一目散に【よろず屋アウルガ】に駆け込むとロウを揺さぶった。
「ろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろ……!」
ロウ、お前何をしたんだ。
賭博に女遊びに借金だけ(※この時点で十分に『最低』である!)じゃなくて、まさか特務武官に睨まれるような事までしやがったのか。
あの気の強くて生意気なクノハルが泣くぞ、この野郎!
「『ろ』が多い、どうした。何が来た――?」
鬱陶しそうにロウは起き上がって、いつものように杖を手にする。
「ろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろ……!じゃなくて!ロウさーんっ!大変ですぜ!外に目つきのえらーくおっかない人が――」
念のために言うが、オレ達は冷静である。
ゲイブンの真似をしているので、『ろ』を連発しなきゃいけないだけだ。
『ちょっとは落ち着きなさいよ、「シャドウ」ったら!もしも悪いヤツが来ても、このパーシーバーちゃんが追い払ってやるんだからっ!だから冷静に、ねっ?』
――そう言った【パーシーバー】の目が丸くなる。
「【よろず屋アウルガ】のロウと言う男は誰だ」
まさかロウが目当てだったのか!?
オレ達は咄嗟に穴だらけのよろず屋の壁にへばりついて首を左右に振りたくる、その目の前を規則正しい歩調で歩いて特務武官はロウの元に近寄ると、抜刀して眼前に刃を突きつけた。
何だ何だと興味本位で覗きに来ていた近所の貧民街の連中が、その瞬間に「うわー!」とか「きゃー!」とか悲鳴を上げて我先に逃げだし、おんぼろの家屋に駆け込んで戸を閉めた。
【パーシーバー】がロウの首にしがみついて激怒する。
『んまーっ!このパーシーバーちゃんの大事なロウに刃を向けるなんてっ!こうなったら阿鼻叫喚の地獄を見せてやるわ……っ!まずはお尻を棒でペンペンしてそこにお塩をすり込んで……っ!』
ロウはいつもの調子で、
「……ロウは俺だ。しかし、お貴族出身の偉い武官様がどうしたんだ?」
問答無用。
今朝剃らなかった分の、ロウの無精髭が削ぎ落とされた。
「貴様は目が見えるのか?見えないのか?」
次はロウの鼻か?
それとも耳か?
オレ達がこっそりと『シルバー&ゴースト』に手を伸ばした時。
「全く見えないさ。だから分かることで判断した。若い声だ。喋りに平民の、特に貧民街の訛りが無い。発声訓練を受けている。歩き方は一定の歩幅を保っている。歩幅と足音から大体の身長は想像できるし、体臭もしない。貧民街の連中は風呂になんて毎日入れないからな。朝飯に食ったのは――高い香辛料と調味料がたっぷりの焼肉。平民が朝飯に食える訳が無い代物だ。そんな偉いお貴族が下級武官ってのもおかしいだろう?
とすると、アンタはお貴族様出身の偉―い武官様だ。当たっているか?」
ロウはそう言って、杖でトンと特務武官を軽く突いたのだった。
「……フン」
驕慢に鼻を鳴らして刃だけはロウから離したものの、いつでもたたき切れる危険な状態で――特務武官は名乗った。
「私こそが特務武官、ギルガンド・アニグトラーンだ」
帝国全土に名を馳せる【帝国十三神将】が一人にして、帝国最強の双璧の一角。
それこそ相手が【虚魂獣】だろうと一切引けを取らない最強の男。
【閃翔】。
【閃翔のギルガンド】が【よろず屋アウルガ】に来たのだ!
へえ、とロウは呟いて、首をかしげた。
「そんな大物が、どうしてこんな貧乏よろず屋にお越し下さったんだ?」
(とても嫌な予感しかしないんだが……)
(いや、恐らくこの者がここに来た理由は……)
「フェーアとか言う娼婦を匿っているだろう。【虚魂獣】に成り果てたと通報があった。隠し立てするならば、斬る!」
【パーシーバー】が息をのむ。
『フェーアは……もう……!』
ああ、とロウは頷いて、ゆっくりと立ち上がった。
「出かけるぞ、ゲイブン」
とオレ達を呼ぶ。
「何処に行くつもりだ!?」
軽く顔を洗って髭を剃るロウを、ギルガンドは不信感たっぷりに睨み付けるが。
「フェーアのいる場所に案内するさ」
いつもののらりくらりとした調子で、ロウは答えた。
「……へい、ロウさん」
オレ達は返事をして、【よろず屋アウルガ】に『休み』の看板を下げた。




