第二十〇話 悪の華が咲く時には×謎の人物【V】登場
間違いなくサティジャ・ブラデガルディースは、【神の血】がどんな代物か、この帝都の中でも指折りに熟知している者の一人である。
釘の形をしているのは、内蔵された『血のような液体』を人間の体内へと深く打ち込むため。
一度打ち込めば『返し』が何本も生えてくるため、摘出したい場合には肉ごとえぐり出すか、打ち込まれたのが手足ならば、最悪で切断する必要が出てくる。
唯一の例外は、人間とは比べものにならない圧倒的な魔力を保有する【精霊】による釘の破壊。とは言え、打ち込んだ先が心臓であれば助ける事は出来ない――。
しかし。
皇族の、それもほんの僅かな者にしか従える事の出来ない【精霊】については、ほぼ心配無用と言って良かった。
――それまでは単なる噂だと思っていた、『シャドウ』の話を聞くまでは。
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「その『シャドウ』なる者に、我らの観察対象は全て撃破された模様なのです」
アーゼルトが額の汗を何度も拭きながら、これまでの報告をする。
学院での憂さ晴らしに、アルドリックが隣の広間で宴会を開いて派手に騒いでいる――その喧噪を隠れ蓑にして、アーリヤカ達は密談している。
思わずアーリヤカは前のめりになるくらい身を乗り出した。
「何奴なのじゃ、その『シャドウ』とは!?」
「それが、全く……。あの盲人で【虚魂獣】を倒すのはまず不可能、となれば……」
「【乱詛帝】が気まぐれに野でばらまいた種の芽吹いた可能性かえ……!」
黙ってアーゼルトは姉に頷いて見せると、それから何気なくサティジャの方を向いた。
「サティジャ嬢、君はどう思うかね?」
「えっと、おじ様……」
言葉に詰まり困った顔を取り繕っているが、内心では彼女は冷酷にこう考えている。
――蛇の道は蛇とも言うそうだし、これは後で【V】に確認した方が早いわ。
ニテロドを切り捨てる最悪の事態も想定しておきましょう。
「その、お許し下さいませ。良い考えが全く浮かびませんわ……」
「所詮はただの小娘じゃな……」
アーリヤカは蔑んだ目で見たが、大人しく萎縮したふりでサティジャは上手く偽った。
「オイ」
気付けば、黒ずくめの長躯の人影が密談している彼らの間近にいた。
許しも無いのに、アーゼルトの隣の椅子に腰掛けてしまう。
「いつの間に!?【V】!」
驚くアーゼルトに、淡々と【V】は告げた。
「ユビヲカエセ」
「あ、ああ……」
アーゼルトは言われるがまま切断された小指を渡し、続いてサティジャも「どうぞ」と布に包んだまま返した。
「それで、【V】……その、」
虚を突かれたアーゼルトは、らしくもなく言葉に困っている。
「ナニヲモタモタシテイルンダ?」
「その、皇太子共が邪魔な行動ばかりをだね……」
彼はキアラカが女児を産んだ事、その見張りを【帝国十三神将】の中でも強者が交代で行っているため、なかなか近づけない事等をくどくどと並べ立てた――のだが。
「ナサケナイナ」
案の定、【V】は一蹴して、ついに机に土足を乗せた。
「このっ、!」
反射的に怒鳴りかけたアーリヤカだったが、
「ソンナニ【帝国十三神将】がコワイナラ、オレガ【帝国十三神将】ヲ『ヤッテ』ヤル」
さっさと【V】は身を翻して席を立つと、ドン!と机を蹴った。
「ハウロットハオレガコロシタ。ナンノヤクニモタタナクナッタカラナ」
――思わず息をのんで見上げたアーリヤカとアーゼルト、口元を覆っているサティジャを見下ろして、【V】は宣告した。
「ツギノハウロットニナリタクハナイダロウ?」
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誰もが寝静まった、宴会後のニテロド一族の館の夜更け。
「――また、アル様なの?」
窓から何者かが忍び込んできた気配がしたので、サティジャはそっと身を起こした。
侵入者が何者かを見て、それまでどこか面倒そうな顔をしていた彼女の顔が、ふわりと明るくなる。
白い月光に照らされて、何もかもが真っ黒の【V】が立っていた。
「ユビヲカエセ」
「ええ、どうぞ」
サティジャは【秘庫】から本物の小指を取り出すと、妖艶に微笑みながら手渡した。
「これで、やっと二人だけで話せるわね、【V】?」
「ナンノヨウダ?」
「もう貴方にも分かったでしょう?ニテロドは間もなく終わりよ。だから――」
サティジャは美しい腕を、深淵へ誘うように差し伸べた。
「私と手を組むのはいかがかしら。あのハウロットくらいは役に立つつもりよ……?」




