第十九話 笑顔のための道化師×縁切りスポットの噂
早朝の【黒葉宮】。
ユルルアちゃんは顔を洗ってからお化粧をする。
シミ一つ無い綺麗な顔に『呪詛』で刻まれた痕を偽装して、醜くするための特殊な化粧だ。
最初は長い時間をかけて念入りに偽装していたが、最近はささっと出来るまで上達した。
「ねえ、テオ様」
オレ達は【帝国第一学院】付属の蔵書庫で借りた本を鞄に詰めていたが、どうしたんだろうと振り返る。
彼女は鏡に向かいながら、
「ヌスコ兄様が、私に課せられた『呪詛』が浄化されているとお知りになったら、どう思われるでしょうか……」
ヌスコとはユルルアちゃんの長兄である。
ロウに匹敵する――重度と言うより重症のシスコンである。
ユルルアちゃんは途轍もなく可愛い上に心の優しい子なので、溺愛する気持ちは分からないでも無いが……。
「僕よりも……遙かに良い男と添い遂げさせようと画策するだろうな」
一気にテオは不機嫌になった。
(ユルルアちゃんの愛情を一人占めしたいんだよなあ、テオは)
(僕に残された最後の『大事な人』だからな)
「……今の内に毒殺しようかしら……」
ユルルアちゃんはまるで『明日の天気が晴れなら良いのに』くらいの調子で、とんでもない事を言った。
テオはますます不機嫌になって、
「僕は幸せで楽しくて笑っている君が何より好きだ。いつだって君を笑わせるために、僕は道化師である事を貫く。だがヌスコを殺した後も、君は同じように笑えるか?」
「……ごめんなさい、テオ様」
ユルルアちゃんは化粧を終えて、ぎゅっと膝の上で手を握りしめて項垂れる。
「良いんだ。君の心の傷は深いし、今でも痛みを感じている。でも腹を抱えて笑っている時はそうではない。だから、僕達は君のために何時までだろうと道化師を演じ続けるとも」
彼女は深呼吸をした。
それから花のつぼみがほころぶように微笑んで、
「はい、テオ様。……そろそろゲイブンが来る頃ですわね。あまり待たせないように参りましょうか」
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特待生を助けた時に覚悟はしていたけれど、大変な事になった。
テオは無気力系皇子を演じていたので、始業ギリギリに登校し、講義中はぼーっとしていて、昼休みは腰が痛いからって保健室の寝台で横になっていたのだけれど。
今や、平民の特待生がテオが登校してくるのを大挙して待っているわ、講義中は周りを囲むように席に座るわ、保健室の前の廊下で勉強したり、食事を取ったりする様になってしまった。
特に、今までアルドリックの被害を直撃レベルで受けていたのであろう女子生徒が周りに寄ってくるのだ。
(こ、これが……レオ・レオニのスイミーの気持ちか……)
(トオル、『スイミー』とは何だ?……トオルの世界の著名な絵本に出てくる黒い魚だと?)
(そう。アルドリックから身を守るために、自ら最も目立つ――やり玉になったオレ達と同じだ……)
(しかし、女子生徒に囲まれるのは……完全に予想外だった)
(嬉しくないのか?)
(余計にユルルアを傷つけないか、嫌な気持ちにさせないか、途轍もなく不安で堪らない)
(テオのそう言う揺るぎない所、マジで凄い。オレだったらちょっとだけ嬉しくなっている)
――そして迎えた昼休み。
カーテンで囲われた寝台の上で、テオはユルルアちゃんの膝枕に甘えながら、何度も訴えている。
「疑うなとは言わない。でも信じて欲しい。僕は、君が――君が何よりも大事で、嫌われたくも呆れられたくも無いのだ」
「えっ?」
予想外と言わんばかりのユルルアちゃんの声に、テオはビクリと震えた。
「知っているだろうけれど、このガルヴァリナ帝国で三人以上娶らねばならないのは皇帝と皇太子だけだ。他は皇族であろうと厳格な一夫一妻制。まして僕は愛人なんて絶対に要らないし、君の事を――!」
「もう!」
むきゅーっと頬をつねられてテオもオレも面食らう。
「幾ら何でも過敏で臆病すぎますわ、テオ様。だってテオ様は慈悲と愛情を決して混同なさったりしないでしょう?」
思わず顔を上げると、顔が真っ赤のユルルアちゃんがいて。
「でも……テオ様から疎まれたくないと怯えながら縋られるなんて……。私、何かに目覚めてしまいそうですわ……」
(爆発しやがれこのクソバカップル!)
(黙れトオル)
「この噂はもう聞いたか?【滅廟】の噂なんだけれど……」
弁当を食べている生徒達が楽しそうに話し合っている。
「【赤斧帝】と【赤斧帝】が従えていた【精霊タイラント】が幽閉されているあの地に、何かあったのかい?」
「実は、かの地に行くと、どんな悪縁でもしっかり切ってくれるって近頃ではもっぱらの噂なんだ」
「ふーん……あまり真に受けるとこっ酷く騙されるぞ?」
「そうは言ってもさ、気休め程度なら行ってみるのも良いかも知れないじゃないか」
「まあ、それもそうだなあ……」
――テオはユルルアちゃんとひっそりとイチャイチャするのに夢中で聞こえていなかったが、その話はどうにもオレの耳に引っかかったのだった。




