第十七話 残酷な失恋×さようなら
オレ達が【よろず屋アウルガ】に入ると、確かにそこには【虚魂獣】がいた。
「もうやだ……食べたくないのにひもじいのが止まらないの……私……これ以上、バケモノになりたくない……」
うずくまってゲイブンの手を握りしめて、彼女は人のままの目をして震えていた。
『……三本も【神の血】を打ち込むなんて……何て、何て酷い事を……っ』
【パーシーバー】が極限までその空腹の感覚を下げているから、辛うじて彼女はロウやゲイブンを襲わないでいられるらしい。
――その応急処置も、もはや時間の問題だった。
「フェーアさん、フェーアさん……」
フェーアの手をおでこに付けて、ボロボロと泣きじゃくるゲイブンが、オレ達の姿を視界に入れた。
中身のない卵が割られたかのように虚無的に笑って、ゲイブンは言った。
「あはは……もう、もう来ちゃったんですぜ……?」
「ああ」
オレ達は『シルバー&ゴースト』を構えた。
「嫌ですぜ!止めて――」
咄嗟に俺達の前に立ちはだかろうとするゲイブンを、歯を食いしばってロウが組み伏せる。
「ゲイブン、もう……フェーアは人間じゃないんだ!」
「でも、ロウさん!でも!でもですぜ!」
「三本も【神の血】を打ち込まれたんだ。これ以上苦しめるな!」
「……ああっ!うわああっ……!」
ボロボロと嗚咽と涙をこぼすゲイブンに優しい視線を送ってから、フェーアはオレ達を見据える。
「ああ、噂は本当だったんだわ。黒装束に不思議な武器を両手に持って……貴方が『シャドウ』なのね」
「言い残す事はあるか」
フェーアは目を閉じて微笑んだ。
「――ブンちゃん、ロウさん。私の事は忘れて。さようなら」
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翌日、ゲイブンはテオの送迎の仕事を休んだ。
その次の日に戻ってきた時は、ゲイブンはいつも通りだった。
「ロウさんと一緒にフェーアさんのお墓を作ってきたんですぜ!それと危ないから、しばらく【大遊郭】の【至福と奈落】で住み込みで働けって……」
そう言ってゲイブンは、少し不安そうに【よろず屋アウルガ】のある方角を見つめる。
「ロウなら心配要らない。むしろロウにとっては、ゲイブンが人質にされる方が怖いのだろうよ」
――フェーアの家族は借金まみれだったと言う。
そんな人間が、どうやって【神の血】を手に入れたのか。
仮にニテロド一族の陰謀だとしたら、【大遊郭】での騒ぎはヤツらに監視されていた可能性がある。
オレ達が【よろず屋アウルガ】に到着した時は周囲に怪しい気配は無かったが……場所を知られた後だったかも知れない。
「……分かったんですぜ。ロウさんまで亡くすのは嫌だから、おいら、大人しくそうしますぜ」
「ねえ、ゲイブン……」
ユルルアちゃんが心配そうに声をかけると、ゲイブンは牛車を動かしながら言った。
「おいら、何にも知らなかったんですぜ。誰かに優しくする責任も、好きになる責任も。でも……その責任を背負う覚悟って言うんですかね、それが出来た気がするんですぜ!」
(大人になったな、ゲイブン)
(ゲイブンの優しさは強さで、甘さは慈しみだ。幾ら『忘れて』と言われた所で、絶対に忘れる事なんて出来はしない……)
「それで良いんだ、ゲイブン。焦って大人になる必要は無い。それに、人は背負うと強くなれる事もある」
テオがいつになく温かい声で話しかけると、
「えーっ!?」
ゲイブンは振り返って笑った。
いつものように無邪気に、純粋に。
「じゃあ、おいらももうすぐ『ガン=カタ』ってので『シャドウの兄貴』みたいに格好良く戦えますかね?」
「特訓が必要だが、不可能ではない。そうだな、まずは基礎体力向上のために半年ほどみっちりと――」
「ひぃえーっ!」
ゲイブンは慌てた様子で前を向いた。
「ま、また今度にしておきますぜ!」




