第十五話 それでも側にいるよ×家族だと信じていた
昨日は何ともなかったのに、朝になったらゲイブンが頭に包帯を巻いた姿で登場したのでオレ達も仰天した。
「ゲイブン、何があった!」
元気の無いゲイブンはいつものようにオレ達を牛車に乗せながら、
「……おいらは大した事無いんですぜ。かくかくしかじか……ってだけですぜ」
フェーアと言う娼婦に一目惚れしたゲイブンだが、彼女の毒のような家族によってこの怪我を負わされた。
おまけに下働きのゲイブンが娼婦に恋するなんて御法度なので、怪我が治るのを待って辞めさせられるのだそうだ。
(身内が有毒だと、本当に辛いのは分かる……)
(アルドリック共に散々いびられたもんな、テオも……)
牛車が動き出す。
「ゲイブン……」
ユルルアちゃんも今度ばかりはどう慰めたら良いのかも分からないのだろう、ゲイブンの名前を呼んだきり黙ってしまった。
苦しいだけの沈黙を壊すように、ゲイブンは妙に明るい声を出した。
「おいら、明日フェーアさんに謝るつもりなんですぜ!」
「……。どうしてだ、ゲイブン?」
「勝手に好きになって、ごめんなさい!って……。ロウさんにもしこたま叱られたんですぜ。『誰かを好きになるのは仕方ない。だが人に向けた優しさと好意の責任は取れるのか。出来ないのなら迷惑なだけだ』って……」
へへへ、と明るく笑ったゲイブンの後ろ姿が声を上げて泣いていた。
「ゲイブン、大人になると言う事は、己の全てに己で責任を負うと言う事だ。でも僕は……ゲイブンのその優しさと甘さがどうしても嫌いになれない」
ゲイブンは振り返らない。
へへへ、とまだ笑い続けている。
(テオ、オレもだよ)
(きっとロウもフェーアも本音ではそうだろう……)
「ねえゲイブン」
ユルルアちゃんはゲイブンに穏やかな声をかける。
「今は泣き尽くすまで泣いた方が良いわ。自分の心を一番に理解して、一番に大事に出来るのは自分だけだもの。でも、徹底的に泣いた後には笑った方が良いの。……案外、土砂降りの後には虹が出るものだから」
*******************
「短い間だけれどお世話になりましたですぜ!それと……勝手に好きになってごめんなさいですぜ」
ゲイブンが謝りに来た時、フェーアは鏡に向かって口紅を塗っていたが、あえて冷酷に、
「あっそう」
とだけ、振り向きもしないで返した。
もう二度と会う事も無いのに、相手に余計な情けをかけるのは残酷なだけだと分かっていたから。
「じゃあ、さようならですぜ!」
妙に明るい声でゲイブンが別れを告げた時。
【至福と奈落】の表口がいきなり騒がしくなった。
『……を出せ!』
『……出しやがれッ!!!』
「……何?」
「また酔っ払いが暴れているのかしら?」
適当な事を言いながら、空いている娼婦達が窓から下を見下ろすと――騒いでいる老婆と、男達がいた。
フェーアの顔色が青ざめた。
「――母さんと、兄さん達だ」
咄嗟に部屋から飛び出ようとしたフェーアの腕をゲイブンは握りしめた。
「駄目ですぜ!!!!フェーアさん、行っちゃ駄目ですぜ!!!」
「放してよ!あれが私の家族なの!」
「フェーアさんにそんな辛そうな顔をさせる連中なんか、家族じゃないですぜ!」
酒浸りの父親は早くに死んだ。
役立たずと殴ってくる母親は働かない。
その両親そっくりな兄達はためらいなく借金の形にフェーアを売った。
それでも夢を見ていた。
いつか家族として愛されるんじゃないかって。
いつか今までの事を謝ってくれて、家族みんなで仲良く笑い合える日が来るんじゃ無いかって。
だけど。
家族って……何だろう?
私が家族だと信じていたモノは、何だったんだろう?
「ブンちゃん……」
愕然としながらフェーアはゲイブンを見つめた。
間違いなく本心から、フェーアの事を気遣ってくれた赤の他人を。
でも、この少年は違うのだ。
血の一滴も彼女の家族では無いのだ。
――だから、絶対に巻き込めない。
「……ブンちゃんが家族だったら良かったのにね」
そう言うなりフェーアはゲイブンを力任せに突き飛ばし、一気に部屋から出て階段を駆け下りた。




