第十三話 地獄の底の、どん底へ×君が家族であったなら
フェーアは仕事終わりの気だるい体をブンちゃんにマッサージさせながら、のんびりとくつろいでいた。
他の高級娼婦も食事を取りに行ったり、酒をたしなんだり、化粧を落としながら会話をしたりとめいめいに時間を過ごしている。
「ねえブンちゃん、お話ししてよ。トロレト村だっけ?ブンちゃんの故郷の……」
「へい、フェーアさん!」
頼まれるまま、ニコニコしながらゲイブンは話し出した。
せっせと彼女のふくらはぎをもみほぐしながら、
「……えーと。おいらの暮らしていたトロレト村にはですね、小さな学校があったんですよ」
「学校があったなんて、お金持ちの村だったのねえ」
「領主様がお優しい方でしてね、おいら達もそこで読み書きを教わったんですぜ。んで、学校の始まる前と終わった後はお馬のお世話をして。飼い葉を刈って桶に詰めたり、飲み水を替えたり、体を洗ってやったり、蹄を手入れしたり、馬糞を片づけたり……毎日大変だったんですぜ!」
「へえ……」
「で、毎年決まった時期にお役人様が来るんですよ。税金代わりのお馬を連れに来るんです。お馬と別れるのは悲しかったですぜ、けれど……うんと良いお馬だって褒められると、領主様までうんとご機嫌になって。夜通しの宴会を開いて下さって。この日だけは子供が夜更かししても怒られなくて、とーっても楽しかったんですぜ!」
「ふうーん……」
「逆に悲しかったのはですね、やっぱりお馬が死んじゃった時だったんですぜ。一度『繁殖』に失敗した牡馬が、牝馬に蹴っ飛ばされて死んじゃった時なんて……」
「えっ」
半ば眠ろうとしていたフェーアの意識がパキッと覚めた。
「な、何それ……!下手くそだからって、蹴っ飛ばして殺しちゃったの!?」
「へい、そんな事もあったんですぜ……。牝馬をね、いわゆる『発情』させるのが下手くそだったり、『繁殖』そのものが下手くそな牡馬は嫌われ馬だったんですぜ!逆に、早くて数がこなせて上手い牡馬はモテモテ馬だったんですぜー!」
「ふーん……。ロウさんは良い牡馬になれそうだわ……」
「へー!流石のロウさんですぜ!」
ゲイブンは愛想良く返事したが、一部混ざったロウへの毒舌には全く気付いていない。
フェーアはその無邪気や無知さえ、何だか愛おしくなってしまった。
この少年は、きっと心温かい家族や親戚や村人達に真っ当に愛されて、すくすくと育ってきたのだろう。
己とは全く異なる、汚れや悪意の無いその明るさが酷く眩しかった。
「ブンちゃんの故郷の話って聞いていて飽きないわ。私、帝都から遠く離れた場所に行った事が無くて」
「へい!トロレト村の周りには、広―い野っ原と青―い空が何処までも広がっているんですぜ。馬に乗って駆け巡ると、最高に気持ちいいんですぜ!」
その時だった。
「フェーア、大変よ!」
階下の食堂に行っていた高級娼婦の一人が、青い顔をして飛び込んできた。
「何!?」
「どうしたのよ!?」
くつろいでいた娼婦達が慌てふためくが、彼女はフェーアを見つめて叫んだ。
「アンタの家族が、また!」
――フェーアは顔を険しくして、咄嗟に適当な衣服をまとうなり部屋から飛び出て階段を駆け下りていった。
「フェーアさん!?どうしちゃったんですぜ!?」
ゲイブンが素っ頓狂な声を上げて、その後を追いかけた。
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裏口にいたのは薄汚い格好の若い男二人だった。
「なあフェーア、金あるんだろう?少しで良いから貸してくれよ」
二人は仕事終わりのフェーアをいやらしい視線でなめ回しつつ、金をせびった。
「帰って!さもないと【番人】を呼ぶわよ!」
「そんな事言わずにさあ……俺達の妹だろ?」
「いい加減にしてよ!」
男の一人がフェーアの手首を掴んだ。
「いい加減にするのはテメエだろうが!娼婦のくせにデカい態度しやがって!」
ようやくフェーアに追いついたゲイブンが、ここで登場する。
「や、止めて下さいですぜ!」
ゲイブンは腰が引けながらも、精一杯叫んだ。
「何だテメエは!」
「お、お、お客様じゃないのならお帰り下さいですぜ!」
「俺達はフェーアの家族だよ!」
「家族ってのは助け合うモノだろうが!」
だが。
どう見ても、ゲイブンには彼らがフェーアの『家族』には思えなかった。
「お願いですから!お帰り下さいですぜ!」
覚悟を決めて、ゲイブンは揉み合うフェーアと男達を引き離そうと割って入った――しかし。
「邪魔するんじゃねえ!」
「このクソガキ!」
殴られた上に突き飛ばされて、ぎゃっ!と悲鳴を上げてゲイブンはすっ転ぶ。
転んだ先の木箱に頭をしこたま打ち付けて、そのまま目を回した。
「ブンちゃん!」
フェーアは甲高い悲鳴を上げてゲイブンに駆け寄ろうとした。
「だから、金を貸せって言っているだろうがよ!」
その手首が強引に掴まれた瞬間――ようやくマダム・カルカとロウが姿を見せたのだった。
「おい、ブンの小僧!!!」
マダム・カルカが血を流して倒れているゲイブンの姿に絶句する。
「マダム!ロウさん!――ブンちゃんが!」
フェーアが大声を出した刹那、ロウが動いた。
目が見えないなんて到底信じられない動きで男達に迫りながら杖を繰り出す。
胸部を突かれた男が吹っ飛び、もう一人は側頭部を殴り飛ばされて転がる。
見事な――熟練の杖術であった。
「ぐ、ぐええ……」
「お、覚えていろよ!」
這々の体で逃げていく男達に背を向けたロウは、フェーアとマダム・カルカに抱き起こされているゲイブンに近寄った。
「おい、ゲイブン!」
「うう……うー……」
ゲイブンを手当てしながらマダム・カルカは呟く。
「こりゃ脳震盪だね。気がつくまでウチで寝かせよう……」
「……ブンちゃん」
ロウに担がれて【至福と奈落】の中に入っていくゲイブンの姿を――絶望的な眼差しで見つめながら、フェーアはこっそりと呟いてしまった。
「ブンちゃんまで……私の所為だわ……!」




