第十二話 ブンちゃん×世間知らず
「それでおいら、すっかりメロメロなんですぜ!フェーアさんって本当に優しくって、綺麗な人なんですぜーっ!」
通学途中の牛車にて。
ゲイブンはいつものようにニコニコしながら喋った事に、ユルルアちゃんは頬を淡く染めて、
「まあ!ゲイブンにも恋の季節が訪れたのねえ」
と嬉しそうにした。ゲイブンもゲイブンで頭を掻きながら、
「えへーっ!何だかその日から世界がキラキラして見えるんですぜ!」
「ええ、そうよ。誰かに恋をすれば、世界の見え方だって一変するもの」
――でも、テオは逆に苦い顔をする。
「……。娼婦に恋なんてすべきじゃない、ゲイブン」
ぱちくり……。
ゲイブンは目を見開いてこちらを見たが、とても悲しそうな顔をしていた。
(……悪いのはゲイブンではない)
(ただ、これ以上ゲイブンが傷つく前に、オレ達が言わなきゃいけないな)
「『シャドウの兄貴』……どうしてなんですぜ?だって、おいら、本気で――」
「ゲイブン、冷静に聞いてくれ。彼女達の大半は、家族や一族の作った負債の形として【固有魔法】が発現するや否やで【大遊郭】に売り飛ばされるのだ。無論、一秒でも早く返済を終えて自由になろうと、己の体を酷使する。だから長生きは出来ないし、若くして体を壊して亡くなる場合がほとんどだ。
そんな彼女達に、『好きになった』なんて絶対に言ってはならないのだ。負債を肩代わりする事も、ましてや救う事も出来ないのに、生半可な希望や救いを持たせる事がどれ程残酷か……ゲイブンこそ分かるだろう?」
ぱちくり。
ぱちくり。
ぱちくり……。
ゲイブンは何度か瞬きしたが、ふいとオレ達から目をそらして俯いた。
「……それは、おいらだって分かっているんですぜ。でも、でも……ですぜっ!」
ユルルアちゃんが、地獄のような雰囲気をどうにかしようとオレ達を止めた。
「テオ様、人の心だけは理詰めにしても従えられるものではありませんわ」
(……そうだな、そうだ)
(こればかりは、不可能だよな……)
*******************
何じゃそれは、と思わずアーリヤカは目を見開いた。
「イルン・デウが逮捕されたのみならず、付けていた見張りが、謎の道化師に一蹴されたじゃと……!?【帝国十三神将】や【帝国治安省】が動いたと言う話は一切耳にしておらぬぞえ!」
額の汗を手の甲で拭って、アーゼルトは言う。
「『シャドウ』と言う名で、この帝都に蔓延る邪悪と夜な夜な戦っている――平民共が口にする、この噂以外は全くの正体不明なのですよ、姉上!」
「では直ちに素性を突き止めさせよ!もしもその不埒者が理由で、我らが企てた事と露呈したならば――!」
元々、皇太子とニテロド一族は不仲であったが、今やお互いに虎視眈々と皇太子側もニテロド一族も相手を打倒する機会を窺っているのだ。
キアラカを狙って諸々を企てたと知られれば、皇太子側にニテロドを滅ぼす絶好の口実を与えてしまうだろう。
ただでさえ【赤斧帝】が幽閉されてからは【寵臣達】――その代表であるニテロド一族は次々と要職から追いやられ、斜陽のごとく勢力を削がれているのだ。
しかも空いた要職には、彼らが『卑しい』と侮るが平民出身の優秀な官僚・女官・宦官や、皇太子に味方する貴族達が任命されて。
――アルドリックを皇太子に、皇帝に出来なければ、かつてのような圧倒的な権勢を誇る事は二度と叶わない。
「い、一大事にございまする!」
そこに駆け込んできたのは、ニテロド一族出身の宦官であった。
「何じゃ、無礼者め!卑しい分際で妾達の邪魔をするなど――」
殺せ、と指図しようとしたアーリヤカを、真っ青な顔をしたアーゼルトが止めた。
「まさか、まさか、まさか!!!!今度は何が起きたのだ!?」
はっ、と宦官は体を震わせながら、次のように言った。
「昨日……キアラカ皇太子妃殿下が、女児をお産みになったそうでございまする」
*******************
「ああ、小さい人。君はとても小さくてあらせられるのだね。沢山食べてゆっくりと大きくなりなさい、小さい人……」
産後のキアラカを真心から労ってから。
皇太子ヴァンドリックが生まれたばかりの小さな娘を腕に抱きかかえ、いつもより少し甲高いけれど慈しみに溢れた声で囁いているのを薄目を開けて眺めながら、寝台の中でキアラカは微睡んでいた。
先ほどまでは産みの苦しみの所為か覚醒していたのだが、ようやく落ち着いてきたのだ。
「あぅー、あぶぅー、あー」
その小さな娘には、生まれながら鋭い犬歯が生えている。
「そうか……1年以上孕んでいたからそうだろうと思っていたが、小さい人も【吸血鬼】なのだね。安心なさい。私がね、小さな人に血をすすらせるような惨めな思いは決してさせないから。代わりに数多の草花に囲まれて、日の光の中で微笑んで有りなさい……」
そこで王宮に仕える医者の一人が小声で申し出る。
「皇太子殿下、キアラカ皇太子妃殿下は初産で酷くお疲れでございまする。そろそろ……」
「うむ。キアラカ達をよろしく頼むぞ」
医者達が深く一礼したのを見て、彼は娘を揺りかごの中に細心の注意を払って戻し、優しい指先でその小さな手をつついたのだった。
そのままキアラカ達の暮らす【花競宮】を出ると、ミマナとレーシャナが控えていた。
彼女達は宦官達に出産祝いの品々を先に運ばせながら、小声で囁いた。
「【帝国情報省】から報告が。【虚魂獣】に成り果てた資料保管室の官僚についてですが、裏でニテロド一族の手引きがあったようですわ」
ついさっきまでの慈愛に溢れた父の顔を一変させて、ヴァンドリックはミマナに問うた。
「身重のキアラカを狙ってか?」
「恐らくは。被害に遭った資料保管室の官僚達の手当や補償は私共にお任せ下さい。ただ……問題は、揺るぎない物的証拠が無い事ですわ」
「ならば、あの子が無事に産まれた事をニテロドに漏洩させて構わぬ」
レーシャナが怪訝そうに呟く。
「今のニテロドが……それで動きましょうか?」
「すぐには動かぬであろう。しかし、あの連中が延々と黙っているはずも無い。こちらから仕掛けるなら迅速にすべきだろう」
「はっ。あらかじめ【草】を忍ばせておきまする」




