第1話 白霧の朝
煌歴3624年 6月14日 6時20分、あの災害から1週間後
「あら、早起きなのね」
リビングで本を読んでいると、キトさんがソファの背もたれ越しから話しかけてきた。振り向くともう制服に着替え終わっていた。いつ起きたのか分からないほど早い。
「おはようございます、キトさん」
「うん、おはよう。もうここでの生活はもう慣れた?いいところでしょ?ここ」
「はい、すごく。来たばかりで、右も左も分からなかった私にも優しくしてくださってて…すぐに慣れることが出来ました。本当にありがとうございます」
そんなことを話すと、キトさんは困ったように眉毛を下げ、目を閉じた。数秒後、再び目を開けて、
「いいのよ、別に貴女が気にすることでは無いわ。先輩の仕事は後輩を1人前に育てること。だから、後輩に優しくすることは当然なのよ」
そう言って、キトさんはにかむように微笑んだ。――今までずっと仏頂面で笑みもなかった彼女からは想像できないくらい、穏やかな笑みだった。
「どうしたの?大丈夫?浜辺に打ち上げられたマグロかマンボウみたいな口の開き方をしているけれど…」
「………はっ。大丈夫です、ご心配なく…」
「そう?ならいいけど…。じゃあ、アタシは歩の手伝いをしてくるから、遊作を、もうすぐご飯ができるから、すぐに起こしに行ってちょうだい。よろしくね」
「わ、わかりました」
「ん、行ってくるわね」
読んでいた本を閉じ、2階まで急いで駆け上がった。キッチンの方から味噌のいい匂いがして、微かにお腹が鳴った。誰もいなくて良かった……。
部屋についてドアをノックする。返事がないので部屋に入る。ベッドで眠っている彼を見つけた。
「起きてください、遊作さん…おーきーてー…くださーい…起きてー」
「……んっ…あとごふん…」
「だ、ダメです…」
もぞもぞと布団から出てきた。まだ眠そうな彼の髪は、寝癖によってぴょこぴょこ跳ねている。
「キトさんが、
『準備が終わり次第、下に来てご飯を食べなさい』
と言っていました」
「ん…わかった。身だしなみ整えてから行くね……」
クローゼットに向かったことを確認し、私はまた2階におりた。中から欠伸混じりに布擦れの音が聞こえてくる。
数分後、朝ごはんができたと同時に遊作さんがリビングに降りてきた。4人全員で食卓を囲み、元気な声で食事が始まった。暖かい団欒だった。
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7時36分
「…ごちそうさまでした」
片付けも無事に終わり、8時前まで、15分ほど自由行動になった。各々身だしなみを整えたり、自分たちのやりたいことをしに行っている。
私は特にしたいことはなかったので、先程の小説の続きを読むことにし、自室に帰った。
─────【自室】───────────────
「ん………」
自室に入るやいなや、眠気が私を襲う。ご飯を食べたからなのか、今までの疲労の蓄積なのかどうかは分からない。でも、凄まじい眠気だった。
(少し…だけ……)
ほんの少しだけ、10分ほどだけ眠ることにした。アラームをセットし、隅のソファに座ってぼんやりと目を閉じた。
ーーー【???】ーーーーーーーーーーーーーーーーー
『起きてください。……んんっ…おーきーてーくださーい。寝坊助さーん』
暗がりの中から声が聞こえた。目を開けて、ここが自室でないことを確認した。――また、あの夢?
身体を起こし、声が聞こえた方向を見る。そこには、黒い人魂のようなものがぼんやりと輝きながら浮いていた。
『あ、ようやく起きました?私、ずっと貴女様のことを呼び掛けていましたたのに…』
人魂はふよふよと、体に巻き付く蛇のようにくるくると私の周りを回っている。
「ここは…?そして貴方は…?」
『私…ですか?私は…古往今来、貴女様だけの導き手でございます』
「貴方は……私のことを知っているのですか?」
『ええ、それは勿論。貴女様の記憶が失われる前から、私は共に旅をしてきました』
彼はすり抜けて私の手を取った。小さく、小動物にも満たない手で。
『ですが、今は語るべきではありません。今語ってしまったら…貴女様の心を壊してしまうかもしれない。それだけは避けたいのです』
『ですので…今は貴女様がこの世界に慣れるように、私が貴女様だけの導き手としてお支えしていきます』
「私のことを……では、お言葉に甘えさせていただきます。それで、貴方のことはなんとお呼びすれば…?」
その言葉を聞いた途端、微かに人魂が揺れたような気がした。焦りなのか、そうじゃないのかは分からない。
『――え。んんっ……とりあえずは、私の事を案内人とお呼びください』
「…?分かりました。これからよろしくお願いします、案内人さん」
『ええ、よろしくお願いいたします。…あ、もうそろそろお時間が来てしまいますね。少し心苦しいですが…暫しの別れです』
その言葉の後、彼は私の身体の中に入った。それと同時に、私の視界も歪み始めた。逆らえずに私の瞼は自然と落ちていった。
『……おやすみなさい、我が主。私は常に見守っておりますから…』
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チュンチュン、チュチュチュのチュンッ〜♩
「ん……あれ、もう10分も経ったの…?」
奇妙なアラームの音で目が覚めた。さっきのことは夢であったはずなのに、現実のように思える。
私は伸びをして、時計を見た。ちょうどいい時間になっている。
(もうそろそろリビングに戻ろうかな…みんな待っているだろうし……)
部屋を出て階段を駆け下り、リビングに着いた。もう既に3人はそこにいた。早い、自分が遅刻したのではないかと思うくらい早い。
「おかえりエルシアさん」
「お、来たなエルシア!もうすぐで開店するぞ!」
「もうすぐ、と言うかもうなんだけど」
和気あいあいとした空気を帯びている。ここではいつもこうなのだろうか。
(ここで…また新しい生活が……)
新しい日常、というものは少し緊張する…足手まといにならないかと少し心配になってい…
『皆様元気ですね』
「ひぁぁっ!?」
3人ともこちらに振り返る。急に素っ頓狂な声を出したから仕方がないことだとはわかってる、でも、少し恥ずかしい……
『そんなに驚くことですか?私少し傷つきました…』
(えっと、ごめんなさい…でもなんで話しかけれて…)
『脳内から語りかけれましたので…ええ、他意はないですよ。案内人としての仕事を全うするだけですから、ご安心ください』
(なら…いいですが……)
そうこうしているうちにもう開店時間となった。キトさんがお店の看板を裏返し、店開きは完了した。
「よし!今日も一日頑張るぞ!!!」
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【視点変更 ???】
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月明かりが格子窓から綺麗に差し込めるくらい、よく晴れた日だった。木の軋む音を聞きながら廊下を歩いて行く。
目的の部屋の前につき、念の為に戸を数回叩いた。相変わらず、返事は来ない。本を読んでいるか、ぼーっとしているかの二択だろう。
音を立てずに戸を開く、いた。光輪と羽が生えた、白髪の長い女が縁側に座って月を眺めていた。今日も寝れることはなかったのだろう、仕方ないことだ、もう慣れた。
「……ただいま、今戻った」
「………また戻ってきたの?」
彼女は俺の顔を捉える。人を離れた化け物の目、赤く、光が灯らない血のような目。目の下にクマもできている。
「その様子だと、寝れなかったのか」
「…アンタには関係ないでしょ?早く目の前から消えて、目障りだから」
そう言い、彼女の視線は月に戻った。これ以上踏み込むこともできず、俺は「おやすみ」とだけ声をかけて部屋を出た。
彼女の体質…いや、病気からして仕方の無いことだった。だが、かかれる医者がいない。当然だ、彼女は世間から見れば犯罪者なのだから。
自室に戻り、同僚から貰ったあるチラシをポケットから取り出す。
「……白霧雑務店」
要は何でも屋だ。ここなら、彼女の最優先に片付けるべき問題も解決できるだろうか。
夜はまだ長い、だが…たった一筋の、縋るしかない光は俺の中に宿った。彼女を守るためなら、俺は――




