表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

文具店の万引き

 僕は、その日、街へ買い物に出た。駅近くのスーパーで、夕食の食材を買い込み、電気店で、携帯ラジオ用に足りなくなった乾電池をいくつか、購入し、そして、百円均一の店を物色して、便利そうな小物も幾つか、買っておいた。

 そして、帰路についた。

 やがて、そばに、一軒の大型の文具店を見かけると、とたんに、僕は、趣味のデッサン用の擦筆を買い忘れていることを思い出した。それで、慌てて、その文具店に入った。店内は、思っていた以上に広かった。店のあちこちが、広い通路を挟んで、それぞれのコーナーに分かれている。僕は、頭上の吊り札を順に眼で追いながら、何とか、絵筆の置いたコーナーを探し当てた。そして、目当てのタイプの擦筆も、すぐに見つかった。僕は、それを持って、レジへと向かった。

 その途中であった。僕の頭に、何かしらの予感のようなものを感じて、立ち止まった。それは、ひとりの、セーラー服を着た女子高生であった。小柄で、髪を茶髪に染めて、面長の顔立ちに、薄く口紅まで塗っている。派手な娘だなと思って、じっと見ていた。というのも、その娘の様子が、どことなく不自然で、ぎこちないのだ。それで、気になった僕が、こっそりと眺めていると、その女子高生は、手に消しゴムや鉛筆削りを取って、何気に見ている。そして、それからが問題であった。彼女は、手に取った品物を、次々と順に腕にかけた学生鞄のポケットの中へそのまま入れていくではないか?僕は驚いた。万引き行為である。僕は声を上げそうになるのを、ぐっと堪えていた。彼女はあらかたの商品を万引きしてしまうと、くるっと体の向きを変えて、そのまま、店の出口に向かって、スタスタと歩いていく。僕は、これをどうしたものかと迷っていた。しかし、その間にも、彼女はどんどん出ていこうとしている。それで、仕方なく、僕は、ひとまず、彼女の後を追った。

 彼女は、取り澄ました様子で、店を出た。店の外は、頭の上を高速道路が走り、下は、暗いガード下になっている。その広い道を、住宅街の広がる方へ向かっていく。僕は、彼女を見失わないように、必死であった。やがて、住宅街へ差し掛かり、突然に、彼女は、そばにあった細い路地裏の道に入り込んだ。そこで、こっそりと、ポケットに入れた万引きの品を鞄の中にでも入れ直すつもりなのだろう。それで、僕は、同じように彼女のあとから、路地裏に入って、娘の背中に声をかけた。

「おい、君、ちょっと待ちなさい」

 すると、彼女は、こちらを振り向いてみせた。ちょっと、罰の悪そうな顔つきをしていた。

「君、ついさっき、文具店で、万引きしただろう?」

 すると、彼女は開き直ったような様子で、

「いったい、何のことよ?あたし、分かんない?」

「僕は見てたんだよ。消しゴムと鉛筆削りと定規セット。その鞄に入っているだろう?」

 いうが早いか、僕は、あっという間に、彼女の鞄を引ったくると、そのポケットから、それらの品物を取り出して、彼女に見せた。とたんに、彼女の態度が変わった。娘は、色っぽく、品をつくって、僕に寄り添ってくると、

「ねえ、お兄さん、あたしと、一発、やんない?ただでさせて上げるわよ?あたしの身体、抱きごこち、とっても良いのよ。ねえってば?」

 そう言って、チラリと、制服のスカートを上へ上げて、ムチムチの白い太ももを僕に見せつけてきた。色仕掛けで何とかしようというのか?

「だからさ、今回は、見逃してくんない?お願い?」

 僕は、両腕を組んだまま、黙って、長い間、彼女の顔を見つめていた。彼女は、しばらく、僕の様子を見ていたが、やがて、諦めたように、ため息をつくと、しばらくの沈黙のあとで、まるで、告白するかのように、

「あたし、病気なんだ」

と、小声で言った。

「病気?」

と、僕が思わずに聞き返した。すると、彼女は、下を向いたまま、

「自分でも、よく分かんない。あたし、もうすぐ生理、始まるの。そういう時は、いつでも、こんなこと、しちゃうの。きっと、身体の関係なのよね?と、思う」

 僕は、言うべき言葉を失った。どう言えば良いのか、自分でも分からなかったのだ。すると、彼女は、真面目な顔をして、僕を見つめると、言った。

「あたし、正直に、盗んだもの、店に返してくる。それで良い?」

「ああ、それが良いよ。そうだ、僕も、うっかり、この筆、買うつもりで、持ってきてしまったよ。一緒に、あの店へ戻ろうか?」

「うん」

 僕たちは、一緒に並んで歩きだした。僕は、何だか、爽やかな気分になってきた。そばに、飲み物の自販機があった。それで、僕は、

「何か飲まない?僕が出すよ」

「へへっ、ありがと」

 ふたりで、コーラを飲んだ。

 そろそろ、夕暮れだった。紅い陽が、地平線に沈みかけている。僕も、急いで、帰んなきゃ。明日は仕事だ。そして、また、ふたりで歩き始めるのだった...........。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ