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9.

思えばカレン様は最初から「ローハルトはハヅキを正妃に据えたいらしい」と言っており「二人は想い合っている」とは一言も口にしていない。恐るべきことに、殿下は自身の恋慕の情が一方的なものだと気付いておらず、ハヅキ様と恋仲だと思い込み周囲の人間にもそうだと吹聴した結果、私との婚約破棄に至ったようだ。


「念のため確認させていただきますが、ハヅキ様はローハルト殿下に好きだと告げたわけではないのですよね?」

「好きじゃないのに好きって言ったりなんかしませんよ!あ、いえ、こうやって離宮に住まわせてくれたりご自分の部下の人たちを貸してくれていることは感謝していますけど…」


ハヅキ様は誤解を解こうと何度も「恋仲ではありません」「正妃になんてなりません」と伝えたにも関わらず、その度に殿下は「恥ずかしがることはない」「奥ゆかしいところも魅力的だ」と自分に都合のいいように解釈し、まともに取り合ってもらえなかったという。


「それは…さぞお辛かったことでしょう…」


異なる世界に突如飛ばされ不安でいっぱいな上に、そこでの庇護者である王族に自分の言葉が届かないもどかしさや恐怖心もおありだろう。元の世界の恋い慕う人への想いや家族と会いたい心細さ、他にも様々な気持ちを抱いてここにいるのだと思う。ハヅキ様を追いつめている殿下の愚行に怒りがこみ上げると同時に、何も気付かず殿下を野放しにしていた己を恥じる。


「殿下の周囲の人間は何をしているのでしょう。誰一人として殿下を止めなかったのですか?」

「テオくんは婚約破棄をやめさせようとして、アルノルトさんに遠ざけられてしまったんです」


我が弟は「姉上がハヅキ様を虐げるなんてありえない。婚約破棄より前に、まずは当人も交えて我が公爵家との話し合いの場を設けましょう」と進言したが、身内だからという理由で罪人を庇うような人間は殿下の側には置いておけない、とアルノルトによって殿下の周囲から排除され、現在も監視対象のため私に連絡することもままならない状況らしい。


「他の人はみんな、ローハルト殿下はベスター公爵令嬢との婚約を破棄して聖女を正妃に迎えて次代の国王になるべきだと…私の話なんて誰も聞いてくれなくて、カレン様が来てくれるまでは日本にも帰れないで結婚させられちゃうと思って、物凄く怖かったんです…」


しゃくり上げて泣き出したハヅキ様を見て胸が痛んだ。ハヅキ様にも生まれ育った国があり、そこには共に過ごした家族や友人がいるはずで、帰りたくて心細くなるのは当たり前のことだ。何故殿下たちはそんな当たり前のことに気付かないのだろうか。


「ゲームの強制力が働いてるのかも…。攻略対象者の行動や思考はゲームの展開に都合がいいようになってて、そのせいでローハルト殿下は私の言うことを信じないのかもしれません。カレン様やエルディオさんはゲームにほとんど出てこないので、影響を受けなかったんだと思います」

「でも、ディアレイン様は悪役令嬢として沢山登場しているんですよね?今のところその兆候は見られないので、強制力から外れているんでしょうか…」

「ハヅキとディアが親しくなったことから考えても、必ずしも強制力が働くわけではなさそうね」

「ゲームと違ってレオ兄さんも既婚者ですし、ローハルト殿下の言動が強制力によるものだと思い込むのは危険かもしれません。周囲に殿下を唆した人間がいる可能性も考慮しましょう」


殿下の行動がただの恋ゆえの暴走か、私を婚約者から外してベスター公爵家を追い落としたい人間が裏で手を回しているのか、現時点ではなんとも言えない。ただ、とにかくハッキリしていることが一つある。


「殿下とハヅキ様は恋仲ではありませんし、そもそも私自身が殿下を好きなわけでもありませんから、悪役令嬢になりようがないのでご安心ください!強制力には負けません!!」

「幼い頃から王子妃教育を受けていたディアの精神力は目を見張るものがあるわ。決して負けないと、わたくし信じていてよ」

「殿下、誰からも好かれてないって元婚約者様に言われているの、少し不憫ですね…」


エルディオ様はやや同情しているが、事実なのでしょうがない。私の中の殿下を不憫に思う気持ちはハヅキ様の涙を見た瞬間に潰えた。


◇◇◇


ゲームのローハルトルートの内容は、聖女ハヅキは貴族たちの陰謀に殿下と共に立ち向かい、あらゆる危機を乗り越えていく内に絆が深まり、やがて恋人同士になる。


そこから正式にローハルトルートに突入し、開始早々出てくるのが悪役令嬢のディアレインだ。幼少期からの婚約者でありながら殿下に蔑ろにされたディアレインは二人の仲を引き裂くべく、ハヅキを茶会に招く。自分の取り巻きばかりを集めた茶会でハヅキを孤立させ、作法がなっていないと指摘し恥をかかせたり、わざとらしくお茶をかけたりと地味な嫌がらせを重ねるも、傷ついたハヅキは殿下やその側近たちに支えられ悪役令嬢の嫌がらせが通じない程成長していく。


一方ディアレインはハヅキへの嫌がらせを繰り返し、最終的には「正妃の座は渡さないわ!」と激昂しハヅキに刃物で襲い掛かるが、駆け付けた殿下と護衛騎士のアルノルトに取り押さえられ、嫌がらせの証拠を突き付けられて婚約破棄からの修道院行きになるそうだ。


「聖女に害を成した罪でディアレインは修道院に幽閉されて公爵家は取り潰しになるところを、ローハルトの側近として付き従っていたテオドールの嘆願が聞き入れられて、ディアを修道院に入れて一生外に出さないこと・公爵家の領地を一部王家に返還すること・現ベスター公爵はテオドールに爵位を譲ること、この三つの条件を公爵が受け入れて取り潰しを免れるそうよ」

「その時のテオくんの涙を見て、反省し改心した悪役令嬢は修道院で国のために一生涯祈りを捧げ続けると誓うんです」


テオの涙を見て改心するだろうか。いやしない。子供のころに飽きるほど見たから、大した感慨もないだろう。


「わたくしたちの目的は、ハヅキを無事元の世界に帰すこと。そしてローハルトに現実を見せて、自身の起こした騒ぎの責任を取らせてディアの名誉を回復させることよ」

「わかりました。もちろん協力いたします!殿下に現実を見せることは急務ですね」

「姉と元婚約者から「あなたの好きな人はあなたのことを好きじゃないよ」と教え込まれてしまうんですね…ローハルト殿下…」


同性だからか、エルディオ様だけ最後まで殿下に同情していたが、もはや私の知ったことではないのだった。

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