7.聖女との話し合いがはじまります。
「まずディアには、ハヅキと話をしてほしいの」
「聖女様に、ですか?私がお会いできるのでしょうか?」
カレン様は親しくされているようだが、私の罪状は彼女を虐げたことだとされている。警戒されているかもしれないし、私自身も何か危害を加えられたりしないか、気になってしまう。
「ローハルト殿下の庇護下にある聖女様にお会いするのは、いくらカレン様の口添えがあっても難しいのではないでしょうか…あ、私がカレン様の侍女を装ってお供させていただくのはどうでしょうか?」
「侍女のお仕着せを着たあなたも可愛らしいでしょうけど、そうではないわ」
エルディオ様が聖堂の奥から私の背丈ぐらいの大きさの姿見を持ち出してきた。裏面に複雑な魔法陣が描かれているので、どうやらこれは魔術遺産のようだ。聖堂の所蔵品だろうか。
「この姿見は聖堂に眠っていたもので、ハヅキが所有している魔術遺産と繋げることが出来るの。これを使えば、この場に居ながらハヅキの姿を見て話すことが出来るわ。」
「通信の魔術具に、この大きさの映像がついているようなものでしょうか?」
「その通り。大事な話ですから、顔を突き合わせた方がいいと思ったのよ。早速連絡してみましょう」
魔術遺産を起動するためには、王家とそれに連なる者のみが生まれつき体内に保有する大きな魔力が必要で、私がローハルト殿下の婚約者に早々に内定したのは王族に引けを取らない高い魔力を有していたからだ。遺産は様々なことを実現可能にするけれど、大掛かりなものを使用するにはそれに見合った魔力保有量が必要となる。貴族であれば誰であれ多少は魔力を持っているため、遺産の技術を転用して作られた魔術具なら使用できるが、遺産を動かせるほどの力となると王家に近い者しか持ち得ない。ちなみに魔道具は魔力を内包した結晶を組み込んだ道具で、高価ではあるが平民でも使用可能だ。
「ハヅキにはディアと共に連絡すると予め伝えてあるから、すぐに繋がると思うわ」
「聖女様は、私に何か話したいことがあるのでしょうか?」
「えぇ。わたくしは既に聞いていることだけれど、ハヅキ本人の口から聞いた方がディアも飲み込みやすいと思ったの。それに、ハヅキには一人でも多くの理解者が必要だと判断したわ」
「その一人が私でよいのでしょうか…」
カレン様は私の疑問には答えず、こちらを見てニコリと笑った。それだけで全てを信じようと思える笑顔だ。
姿見の魔法陣にカレン様が魔力を流し込むと、リリーンと鈴の音が鳴り始めた。この呼び出し音が聖女様の方にも聞こえているらしい。ほどなくして音が途切れ、姿見に聖女様の御姿が映し出された。
「ハヅキ、ディアを連れて来たわ。この子は絶対にあなたを傷つけないから、安心してお話しなさい」
「カレン様!ありがとうございます……っ!」
「あ、聖女様ってお声まで可愛らしい…!お話しすることが出来て光栄です!!」
「ディアレイン様は、どんな時でも動じないんですね…というかやっぱりズレているんですね」
「お嬢様は昔からこうなので…」
若干失礼な発言が聞こえてきたが、ゼロ距離で見る聖女様の御姿に夢中なので気にならない。映像はかなり鮮明で、ちょっとしたしぐさや声色も余さず伝えてくれた。
聖女様はうっすら瞳に涙を湛えており、カレン様は気遣わしげにその御姿を見守っている。大陸一の美女が異界の可憐な美少女を慈しむその光景は国宝の女神像にも引けを取らない神々しさだ。なるべく瞬きをせず目に焼き付けておこう。
「ほらね、ディアは大丈夫だと言ったでしょう。これで安心できたかしら?」
「はい!これで悪役令嬢に害されるルートは完全に回避出来たと思います!!」
「ふふ。あなたが害されることもディアが悪事に手を染めることも、わたくしが許すわけないもの。これからも安心していてね」
どうやらカレン様は大陸一の美女どころか、大陸に降臨された女神様のようだ。慈愛に満ちたその微笑みにあてられ、私は召される一歩手前だ。
「お嬢様、しっかり立ってください」
「はっ、そうだったわ。尊死にはまだ早いわね」
「ディアレイン様っていつもこんな感じなんです?」
「えぇ、大体は」
「そっかー…」
通常運転の私を見て遠い目をするエルディオ様だが、いつも通りの私なので早めに慣れていただきたい。
そうこうしている間に落ち着かれた聖女様が、意を決したように口を開いた。