56.小話 リモート聖女のお悩み相談室~恋する人たち編~
『聖女ハヅキ様、アレッタ・ビオラと申します。本日はわたしのような者にお時間を割いていただき、誠にありがとうございます』
「ディアさん経由の相談予約ですし、そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。アレッタさんは確か婚約破棄された後にコーデリアさんの商会に保護された方ですよね?」
『わたしなどを知ってくださっているのですか?大変光栄です。学園を卒業後、マイヤー商会の服飾部門に勤め住み込みで働いております』
ちょっと前にディアさんが髪を結うのに使っていた繊細な刺繍入りのリボンはアレッタさんのお手製だと聞いているので、かなり腕が良いのだろう。婚約式で使っていたヴェールも彼女のレース編みだと聞いている。
『えっと、ディアレイン様から「恋のお悩みはハヅキ様に相談すればよいですよ!」と言っていただき、魔術遺産を起動するための魔力が籠った魔石までご提供いただきまして…』
「そう言われるとプレッシャーを感じなくもないけど、引き受けた以上は頑張ります!それで、どういったお悩みがあるんですか?」
『今、マイヤー男爵家に四人いるご子息全員から婚約を申し込まれておりまして』
「……物凄い悩みですね」
実の父親と後妻によって虐げられてきたアレッタさんは、持参金も用意できないし結婚はせず仕事に邁進しようと思っていた矢先に、思いもよらない事態になり大変困惑しているという。マイヤー家の女性たちは女傑と呼ばれるような勇ましいタイプの人ばかりなので、マイヤー家の男たちはアレッタさんのような大人しくて控えめな方に惹かれたのだろう、というのはコーデリアさんの分析だ。
『マイヤー商会とコーデリアには、大変感謝しております。だからこそ仕事で返そうと思ったいたのですが、わたしの仕事じゃなくわたし自身を望まれる可能性は全く考えておらず、どうすればいいかさっぱりで…。コーデリアもマイヤー夫人も「一番いいと思う男を選びなさい!もし誰も選ばなくても気にしなくていいからね!!」とおっしゃってくれています。でも、どなたを選んでも、選ばなくても、このままではいられなくなると思うと怖いのです』
家族仲良く一丸となって商会を盛り立てているマイヤー家が、自分の存在がキッカケで仲違いしてしまったら嫌なのだろう。私も自分が告白することで誠ちゃんとの関係が変わってしまったり、仲良く支え合ってきた有坂家と森塚家が今まで通りでいられなくなったら皆に申し訳ないと思って踏み出せなかったのだ。でも、だからと言ってずっと黙っていては何も解決しないし、勇気を出して踏み出せば違う景色が見えるかもしれない。
「マイヤー家の事は一旦横に置いといて、アレッタさんは好きな人いるんですか?」
『…マイヤー家のご子息は四人とも素敵な方で…』
「そうじゃなくて、アレッタさんご自身が惹かれている相手はいないんですか?別にマイヤーさん家の息子さんじゃなくてもいいんです!!」
『…今まで誰にも話したことはありませんが、好きな方は…います』
「それはマイヤー家の人じゃない?」
『いえ…ご子息ではありませんが、マイヤー家の御方です。コーデリア様の叔父様が好きなのです』
なんとアレッタさんは、コーデリアさんのお父さんの一番下の弟さんの事が好きなのだという。大家族なマイヤー家らしく3人兄弟の一番下で4人のお姉さんが居るその人はコーデリアさんのお父さんとは16歳離れていて、現在24歳なのでアレッタさんとは6歳差だ。程よい歳の差だと思う。
「なら、思い切ってその方に告白してきたらいいんじゃないですか?受け入れてもらえたら求婚はお断りすればいいし、駄目だったら四人と真剣に向き合ってみるのもアリだと思うんです」
『それはあまりに皆様に不誠実ではありませんか…?』
「四人のうちの誰にも恋してないのに、無理やり誰かを選ぶ方が不誠実だと思います。だからこそまずは自分の気持ちに正直になるべきかと!」
『な、なるほど…確かにその通りですね。でも、わたしがあの方に告白だなんてとてもじゃないけど無理です。物凄く素敵な方で、とってもおモテになるんです…!』
「そんな弱気になってちゃ戦う前から負けてますよ!相手がモテるからこそ、強い気持ちでいかないと!!」
自分自身は誠ちゃんにぐいぐい行けなかったのに、人にはこう言えるのだから不思議なものだ。自分が後悔してるからこそ言いたくなるのかもしれない。
「ハヅキ様のおっしゃる通りかもしれません…わたし、婚約者から一方的に婚約破棄されて、父親と継母にろくでもない貴族の後妻にさせられそうになっても、何も言えなかったんです。いつまでもそんな自分でいたくない…」
『その気持ちがあれば、きっと大丈夫ですよ。挫けそうなときは甘いものでも食べて心と体を和ませてから動くことをおすすめします!』
「はい!コーデリアと買いに行った美味しいキャラメルサンドがあるので、それを食べてがんばります!」
キャラメルサンド、いいなぁ。私も真似してキャラメルどら焼きでも作ろうかな。そんなことを考えながら、笑顔で出ていくアレッタさんを見送った。
◇◇◇
『ハヅキ様、ご無沙汰しております…と言ってもディアからよく話を聞いてるので、あまりそんな感じもしませんね』
「エルディオさん!お久しぶりです。オルガさんからの試練は無事にクリア出来たんですか?」
『そんなことまで伝わってるんですか!?怖い!!!』
女子の会話内容を知らせるには刺激が強そうなので、これくらいにしておこう。と言ってもディアさんは穏やかで心優しく、人の悪口や愚痴などを一切言わない。その代わり無自覚に惚気てくるのでその辺りはエルディオさんには伏せておこう。
「ここに来たってことは、まさか私に相談が…?」
『相談というか調査と言うか、お伺いしたいことがありまして。ハヅキ様はもうじき19歳になられるのですよね?』
アデリア王国では新年に国民全員が一斉に年を取るので誕生日を祝う習慣はないようだけど、私はその名の通り8月生まれなので、来月19歳になる。誕生日当日は誠ちゃんと出掛ける予定だ。
『ディアが「ハヅキ様の生誕の日を聖女の日として正式な祝日にし、国を挙げて盛大な祝祭を執り行ってはいかがでしょう?」とカレン様に進言しておりまして』
「絶っっっ対やめてください!大げさすぎるそんなの!!!」
『カレン様まで「わたくしが初めて制定する祝日が聖女の日なのは民たちからのウケもよさそうね」などとおっしゃっており…』
「カレン様って案外俗っぽいですよね…」
『ハヅキ様は自国では爵位などを持たない平民のようなので、あまり仰々しくされるのは好まないと思うと一応伝えはしたんですけど、ディアがどうにもはしゃいでいて…』
自分で言うのもなんだけど、平民だけどお嬢様な家柄ではあるので、毎年ではないが入学や卒業がある節目の年の誕生日は結構しっかり目に祝ってもらってはいる。とはいえ自分の誕生日が異世界の祝日になるのはあまりにスケールが大きすぎてちょっと引く。
『前夜祭と後夜祭を含めた三日間の祝祭で、ニホンの伝統衣装や伝統料理を振る舞い花火を上げて盛大にお祝いしたいと計画を立てているんです。あまりに急すぎるため今年は間に合わせるのが難しいので、まずは王都内で執り行って来年から徐々に規模を大きくしていく想定だと、具体的な提案書まで作成済みなんです。なので、まずはご本人の意向を伺いに来ました』
「そ、そこまで考えてるんですかディアさん…!?」
まいった。そんなにワクワクしていると聞いては無下には出来ない。ちょっと、いやかなり抵抗はあるけど、遠く離れても思ってくれている友人の事が私は大好きなのだ。
「そこまで派手にし過ぎず、反対意見が出たら無理に通そうとせず、予算を掛け過ぎないなら、反対はしないでおきます…」
『この国で聖女の日の制定に反対する者はいないでしょう。予算に関しては、他の側近たちにも目を光らせてもらうよう話しておきますね』
苦笑するエルディオさんだが、私からのゴーサインが出てホッとしているようにも見えた。
「そもそもエルディオさんは反対じゃないんですか?ただでさえ忙しいカレン様とディアさんがもっと忙しくなっちゃうでしょ?」
『カレン様はともかく、ディアが自分の望みを押し通そうとすることは案外珍しいので。可能な範囲で叶えてあげたいなと』
「うわぁ、エルディオさんまで惚気だした!」
冷静な常識人に見せかけて、婚約者には甘々なエルディオさんだった。甘いものは勧めないでおこう。
明日、最後の小話を投稿予定です!




