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55.小話 リモート聖女のお悩み相談室~愛が重い兄弟編~

『聞いてくれハヅキ!姉上が!!』

「テオくん…もうこれで五回目だよ……」

『だが聞いてくれー!姉上がーーーっ!!』


ベスター公爵家長男のテオドール・ベスターはアデリア王国の魔術学園二年生で、監督生を務める優秀な学生らしい。私は彼の姉馬鹿な一面ばかり見ているので、正直あまりぴんとこない。


「ディアさんは元気?って、今王都にいないんだっけ」

『そうなんだ…グラッツェン公爵領にある王立図書館の分館に研修に行っている』

「早く見習いから脱却したいって頑張ってるもんね、私も負けてらんないなー」

『新たな目標に向かって邁進する姉上は大変輝かしく素晴らしいのだが、問題はその研修にエルディオ・ハーヴェイが同行していることだ…ッ!』


私が異世界で聖女をやっていたときに出来たかけがえのない友人のディアレインさんは、この春に学園を首席で卒業し、伯爵家の三男で図書館司書のエルディオさんとめでたく婚約した。


婚約式はそれは盛大に行われ、私もリモート参加させてもらった上に祝辞まで述べさせてもらい、今までにない経験にめちゃくちゃ緊張したのは記憶に新しい。私が住む日本では婚約式を行う習慣なんてないし、結婚式だって中学生の頃従兄弟のものに参加して以来だったので、失礼が無いようにと思いお母さんに「お世話になった人の婚約式にリモート参加するんだけど、何着たらいいと思う?」と相談したら妙に張り切ってしまい、めちゃくちゃ立派な水色の振袖をどこからか出してきた。

ディアさんは「私の瞳の色の、ニホンの伝統衣装…?もしやハヅキ様は私の婚約者に名乗りを上げようしてくださっている…!?」と混乱しながら喜んでくれてたので、まぁよしとしよう。好きな人と婚約しても相変わらず女の子が大好きなディアさんなのだった。


「えーと、ディアさんとエルディオさんは婚約してるんだし、仕事の研修だから一緒の部屋で寝泊まりするわけじゃないんだよね?それくらい気にしないでいいんじゃないかなぁ」

『おっ、同じ部屋で寝泊まりだと!?そんなまだ早い!!カレンデュラ王太子殿下がお許しになっても僕が止めてみせるッッ!!』

「エルディオさんの場合、ちゃんと結婚するまで色々我慢するタイプに見えるけどね」

『比類なき美しさの姉上を前にして我慢など、それは姉上への冒涜ではないのか…!?』

「テオくん、矛盾しまくりじゃない?」


ディアさんが長年婚約していた第一王子から婚約破棄されたときに怒り狂っていたテオくんは、新たな婚約者となったエルディオさんに対してもなかなか点が辛い。というより、大好きなお姉さんと結婚する男なんて誰が相手でも許せないのだろう。


『…エルディオ・ハーヴェイが優秀な人物だということはわかっているし、カレンデュラ殿下の側近だから問題のない人物だということもわかっている。だが姉上は恋を知ったばかりの無垢な御方なのだ。性急に事を進められないよう僕がお傍で見守って差し上げたく…』

「ディアさんだってもう18歳なんだし、それこそエルディオさんがついてるんだからテオくんが出る幕ないんじゃない?」

『うぅ……ハヅキもユリアと同じことを言うのか………』

「ユリアーナさんはエルディオさんを歓迎してるもんね。ていうか反対してるのテオくんだけじゃない?」

『は…反対はしていない。していないのだが……』


ディアさんを取り巻く環境は婚約破棄されてからガラッと変わって、本人はそのことを楽しんでいるみたいだけど、上手くついていけてない周囲の人もいるのだろう。その内の一人がテオくんなのだ。


「まぁ、甘いものでも食べて落ち着きなよ。ディアさんが男性との接し方でわからないことがあって困ったときに一番に相談してもらえるよう、テオくんはどっしり構えておいたほうがいいんじゃないかな」

『……なるほど、それはそうだな。ハヅキの言う通りだ!なんせ姉上の最も身近な異性は僕なのだからな!!』

「そうそう。エルディオさんには弟さんが居ないから義弟が出来る予定もないし、テオくんが唯一の弟なんだから、その立場からディアさんを支えてあげたらいいじゃん」

『ありがとうハヅキ!目が覚めた思いだ。研修からお戻りになった姉上に供するにふさわしい菓子を、ユリアと共に探してみるよ!!』


そう言うとテオくんは勢いよく相談室を飛び出した。今日もまた司書の人に「お静かに!」って注意されて、後でディアさんに叱られるんだろうな。


◇◇◇


この相談室は王立図書館の一室にあって、私が異世界に置いていったスマホとビデオ通話を繋げて相談を行っている。このスマホはただのスマホじゃなく古の魔術遺産と呼ばれる特別なものになっていて、自力でスマホを起動するだけの魔力保有量を持つか、起動のための魔力を事前に用意できる人物に利用者が限られるので、相談者はそう多くない。ちなみに異世界では聖女だなんて呼ばれてる私だけど、どこにでもいるただの女子大生なので難しい相談はNGとさせてもらってる。そしてこちらからは普通のタブレットをWi-Fiに繋げて通話アプリを起動すればあちらに掛けられるので、不思議でしょうがない。


「次の方は…はじめまして、ですよね?」

『異界の聖女ハヅキ殿、お初にお目にかかります。王立騎士団の第二騎士隊長を務めるブルーノ・コルテスと申します。本日は我が至宝こと弟の事で相談したいことがございまして…』

「あ、もしかしてアルノルトさんのお兄さんですか?」

『はい、私が世界でたった一人のアルノルトの頼れる誇れるお兄ちゃんでございます』

「アデリア王国の人って兄弟愛をこじらせがちなんですね…」


コルテス公爵家の次男アルノルトは、ディアさんと王子の婚約破棄を後押しした挙句自分がディアさんの婚約者に収まろうとした厄介な人だけど、色々と事情があった故の行動だったことを考慮されて、領地で数ヶ月の謹慎の後に復学したと聞いている。


『そのアルノルトなのですが、突然とある伯爵令嬢と結婚して伯爵家に婿入りすると言い出しまして…』

「え、そうなんですか!?」

『家族の誰も知らない相手だったので、驚いているんです。謹慎中は常に公爵家の手の者がアルノルトのことを監視していたので、一体いつどこで出会ったのかと…』

「学園の同級生とかじゃないんですか?入学までに婚約者を決めてない人は、ほとんどが学園でお相手を見つけるんですよね」

『女学生たちは皆ディアレイン・ベスター公爵令嬢の味方ですので、アルノルトと婚約しようと思う者などいないでしょう。だからこそずっとコルテス家に居てくれるだろうと嬉しく思っていたのですが…』

「いや、弟さんの新しい恋を喜んであげましょうよ…」

『アルノルト…お兄ちゃんを置いてゆくのかい……!』


さめざめと泣きだしたブルーノさんは、騎士隊長を務めるだけあってとってもガタイが良いので、かなり不思議な絵面になっている。よく知らない成人男性に画面越しとはいえ目の前で泣かれ続けると、どうしていいかわからない。必死で言葉を探してなんとか帰ってもらおうと試みる。


「とりあえず、一度アルノルトさんと二人でお話してみたらいいんじゃないですか?甘いものでも用意して、お茶しながら喋ったら会話も弾むかもしれません」

『甘いもの…アルノルトはこれまであまり甘味に興味がなかったようなのに、コルテス領で謹慎中はよく食べていた上に自分で菓子作りまでしていたようなんです』

「それは意外な趣味ですね」

『我が公爵領は大陸有数の製菓学校がありますので、滞在中に感化されたのやもしれません』

「だったら謹慎したことでいい影響を受けたのかも?素敵な領地でよかったですね!」

『そうですね…今まで母の願いを叶えることに腐心していたアルノルトが、やりたいことを見付けられたのなら、これ以上の喜びはありません。一度本人と落ち着いて話をしてみることにします』

「アルノルトさんのお相手も、甘いものが好きなのかもしれませんね」

『お相手…うぅっ、アルノルト!お兄ちゃんを置いて遠くに行ってしまうのかい……!』

「しまった!余計なこと言っちゃった!!」


ブルーノさんは相談時間いっぱいまでめそめそしていたが、あと三分で終了のお知らせ音が鳴ると我に返ったようで、泣き腫らした目元に治癒の魔道具で処置を施し帰っていった。アルノルトさんとは個人的な会話をした記憶はあんまりないけど、他に好きな人が出来たならディアさんにまた危害を加えることもないだろうと安心した。

本編終了後のお話です。もうちょっとだけ続きます。

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