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53.

「ひひょう?ほうはへまひは?」

「師匠?どうされました?ですかね…いやちょっと、先に言われてしまうのではなく俺から告げたいと思いまして。すみません…」


私の口をふさいだ手を離したエルディオ様は、跪いて私の手を取った。


「ディアレイン・ベスター公爵令嬢。俺、エルディオ・ハーヴェイはあなたをお慕いしています。条件が合うからとかそういう理由ではなく、心からあなたとこの先も共にいたいと思っています。あなたが困難に見舞われたときは一番近くで手助けをしたいです。どうか、俺と婚約してくださいますか?」

「………師匠は、私をお好きなのですか?」

「面と向かって直球で聞かれると大変気恥ずかしいですが、はっきり言わないとどうにも伝わらなそうなので申し上げます…俺は、あなたのことが異性として好きですよ」


遮蔽空間で急接近した時より、アルノルトの手から救い出された時より、大きく胸が高鳴る。世の中の恋するご令嬢方は皆このようなことを経験済みなのか。すごい。


「えぇっと…一体、どのようなところが師匠のお眼鏡にかなったのでしょうか…?」

「やっぱりディア様って独特ですよね…そういうところも、今となっては好ましく思いますが」

「そうなのですね…!すみません、メモを取らせていただいてもよろしいでしょうか?」

「いや、えっと、駄目じゃないんですがそういうのじゃなく……あー、ちょっと失礼しますね」


立ち上がったエルディオ様は、おもむろに私を抱きしめた。私だけじゃなく、エルディオ様も胸が高鳴っているのがよくわかる。


「このように、言葉より行動で示した方が伝わるときもあるんです。お嫌だったら…」

「いいえ!全然嫌じゃないです!」

「よかった…これで俺の勘違いだったらカレン様とオルガさんに王城のバルコニーから吊るされるとこでした…」

「吊るされる?」

「いえ、お気になさらず」


エルディオ様の腕の中は、物凄くどきどきするけど不思議と落ち着く。ハヅキ様と触れ合ったときにも感じたことだが、信頼している相手と触れ合うのは殊更に居心地がいい。だからこそ人は他者との触れ合いを求め、恋をしたりするのだなと実感した。


「あの、私も師匠のことが、たぶん好きなんだと思います。異性を好きになったことがないので確証は持てていないのですが、ミリアやハヅキ様の言を信じると恐らくこの気持ちが恋なのだと思っていて…だから私も、師匠と婚約したいです。結婚後も図書館で頑張って働きますし、共にカレン様の治世を支えていきたいのです」

「俺に必要なのは、あなたみたいな方です。どうかこれから、末永くよろしくお願いします」


そう言うとエルディオ様は、私の額にそっと口づけた。


◇◇◇


「しかし、俺たちの婚約をディア様のご両親に認めてもらうには、時間が掛かりそうですね…」

「え?どうしてですか?」

「ディア様の元婚約者はこの国の第一王子で、次期王だと目されていた御方ですよ。そもそもディア様は四大公爵家のご令嬢で、王家の血を引いています。俺みたいな領地を持たない伯爵家の三男坊に手が届くような相手ではないと自覚があるので、結婚後の生活に不安がないことをどうやって証明しようかとか、婚約破棄されたばかりで傷心のご息女をたぶらかしたと思われやしないかとか、不安材料は沢山あります…」

「ご安心ください!既に母は師匠の事を私の次期婚約者だと認識しているので、問題ないと思われます」

「えっ…………………そうなんですか?」


昨日ミリアに同じようなことを言われた際の私と、ほぼ同じ反応だ。私とて驚いたので無理もない。


「ミリア!ミリアー!!ちょっと来てちょうだい!!」

「そんなに大きな声を出さなくても聞こえてますよ、お嬢様。無事に想いは告げられたのですか?」

「うん、ばっちりよ!婚約の約束をしたから、改めてお父様とお母様に報告しなくてはね」

「エルディオ様。ちょっと変わったところもございますが、ディアレインお嬢様は私の自慢の主です。どうかよろしくお願いいたします。輿入れには私も同行いたしますので、お嬢様のことで困ったことがあればいつでもご相談ください」

「…はっ!すみません、固まってました。早速お伺いしたいんですが、俺がベスター公爵ご夫妻に既に婚約者だと思われているのは本当でしょうか…?」


ミリアがこくりと頷くと、エルディオ様は天を仰いだ。


「………とりあえず、両親にまだ何も話していないので、一度帰宅して話をしてきますね」

「その点に関しても既に奥様が根回し済みのようですよ。どうやら奥様は昨晩ハーヴェイ伯爵夫妻とも話し合いの場を持たれたようです」

「いつの間に!?」

「コルテス公爵ご夫妻との話し合いの後だったと聞いております」


ハーヴェイ家の皆様は図書館や研究所に泊まり込むことも多いそうで、家族の誰かが帰宅していなくても特に気に留めないそうだ。まさか王城で夜遅くまでベスター公爵夫妻に捕まっているとは考えもしなかったのだろう。父さん母さんごめん…と呟いている。


「師匠の懸念事項が解決済みで安心しました!」

「まぁ、うん、それはそうですね。俺も前向きにこれからのことを考えるとします」


これからのことを、自分の大好きな人と同じ方向を向いて考えてゆけるというのは、なんと贅沢なことだろう。エルディオ様の手をぎゅっと握り、この幸せを噛みしめながら共に歩んでいこう。


◇◇◇


「…ところでお嬢様、婚約者のことを師匠と呼び続けるのですか?」

「うっ……身内以外の異性を名前でお呼びすることなんて今までなかったもの…!」

「アルノルト・コルテスのことは呼んでいたではありませんか」

「そこを突かれると痛いわね…頑張ってみるわ」


次に顔を合わせたとき、思い切って「エルディオ様」と口に出して呼んでみたところ、エルディオ様は固まってしまった。これから沢山呼ぶので、早めに慣れて欲しい。

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