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51.

『目障りな女…!王妃の座は死んでも渡さないわ!!消えなさい―――!』


悪役令嬢ディアレインが懐に隠した短剣でハヅキを刺し貫こうとしたその時、スマホ画面が虹色の輝きを放ち部屋中を光で包み込んだ。そうして現れたのは、ハヅキを救い出すためにやってきたヒーローだ。


『悪役令嬢、葉月を放せ!』

『きゃっ』

『皆の者、今のうちに!!』

『はっ!』


こうして悪役令嬢は王子の手により捕らえられた。


『ローハルト殿下、テオくん、アルさん…ごめんなさい!私やっぱり、誠ちゃんを愛してるの!!』

『君たちを見ていたら、入り込む隙間が無いってすぐにわかったよ…顔を上げてくれ、ハヅキ。セイタロウ!ハヅキを泣かせたら許さないんだからな!!』

『あぁ、王子。約束しよう、葉月を幸せにすると』


◇◇◇


『…というのが、隠しルートの顛末なんです。』

「やはりセイタロウ様とハヅキ様は愛し合っておられるのですね、大変素敵です」

「私あんなこと言わない!そ、そんな、人前で愛してるとか…!」


セイタロウ様から語られた隠しルートの全貌はこうだ。

全攻略キャラをクリアしたのちにプレイ可能となる隠しキャラは元の世界の幼馴染で、些細なすれ違いから彼と険悪になったヒロインは、仲違いしたまま異世界に転移してしまう。そこから途中まではローハルトルートと似通った展開が続くが、本来のローハルトルートでは出会わないはずの攻略対象キャラが次々に現れる。


そのままローハルトとの信頼度が上がりきらずに進行すると隠しルート入りが確定。元の世界に戻ることを望むも手掛かりが得られないまま、アデリア王国の意向でヒロインはローハルトの婚約者候補となる。それに激高した本来の婚約者である悪役令嬢のディアレイン・ベスター公爵令嬢は、聖女を害するためあらゆる手段を用いるも尽く上手くいかず、遂には我を失い王族が勢ぞろいしている場で聖女に襲い掛かる。その瞬間、まばゆい光と共に異界からヒロインの幼馴染が現れ、悪役令嬢を倒しヒロインと心を通わせ、元の世界に連れて帰るのだという。


「しかし、セイタロウ様は相変わらず画面の向こう側で、こちらにはいらしてないようですね」

『ゲームのシナリオと実際の展開が大きく変わってるし、葉月も本気でヤバい目に遭ってるわけじゃないからかと思います。俺がわざわざ助けに入らなくてもセーフというか』

「では、もっと本気でハヅキ様に迫ればあるいは…?」

「やめて!ほんとにやめて!!目が据わってるよディアさんーーー!!!」


いけない、つい本能のままに発言してしまった。セイタロウ様の前だし控えなくては。


「セイタロウ、ご覧の通りハヅキは無事よ。そちらは問題なくて?」

『はい、カレンさん。思った通り、ゲーム画面に【聖女を呼び戻す】ボタンが表示されました。これを押せば葉月をこっちに戻せると思います』


ノルディラの聖女の様子が描かれた書物では、あちらの世界の協力者は聖女の帰還を心から望み、彼女を愛する者でなければいけないと描かれていたという。手記を見る限りノルディラの聖女は家族と不仲だったようなので、あちらに戻ることに固執せずこちらに残る決意をしたのだろう。


『みなさん、葉月のために親身になってくれてありがとうございました』

「いいえ、当たり前のことをしただけよ。ハヅキはわたくしたちにとってかけがえのない存在だもの」

「ハヅキ殿が気付いてくださらなくば、いずれこの国の中枢に忠義なき貴族たちが蔓延り国を傾けていた可能性もあるでしょう。第二王女の輿入れ目前の大事な時期に降臨してくださり、お陰でローゼマリーを無事に嫁がせることが出来たです。婚約者を長くこちらに留めてしまいすまなかった、セイタロウ殿」

『いいえ、国王陛下。きっと葉月にとってもいい経験になったと思います』

「せ、せせ、誠ちゃん!婚約者って言われて普通に返事しちゃうの!?それって…」

『……葉月、早く戻って来てくれ。俺はお前に言いたいことが、言わないといけないことが沢山あるんだ』


傍で見ている私も思わずドキドキしてしまいそうな熱っぽい眼差しでハヅキ様を見つめるセイタロウ様。ハヅキ様も嬉しそうにはにかんで、真っすぐに言葉を返す。


「私もね、誠ちゃんに言わなきゃいけないことがあるんだ。それを言うために私、そっちに戻るからね!」


弾けんばかりの笑顔で告げたハヅキ様は、きっとこれから先セイタロウ様と幸せになるのだろう。彼女の恋の成就の予感に思わず瞳が潤んだ。


「っとその前に。ごめん誠ちゃん!ボタン押すの待ってもらえる?」

『はぁ?この期に及んでまだ何かあるのか?』

「うん。そっちに戻る前に、ディアさんとお茶会しようねって約束してたんだけど…いいかなぁ?」


なんと。早く愛しいセイタロウ様の元に戻りたいだろうに、私との約束を果たそうとしてくださっているのか。


「ハヅキ様、ご無理をなさらずともよいのですよ?一刻も早くお戻りになりたいのではありませんか?」

「もちろん早く戻りたいなって思ってるけど…あっちに戻ったら、もうディアさんたちには会えなくなっちゃうと思うんです。だから…」

『…そうだな、葉月の大事な友達だもんな』

「ハヅキ、もしよければわたくしも同席したいわ。構わなくて?」

「カレン様!もちろんです!!ディアさんもいいよね?」

「断るはずがありません!是非!!」


ここで一連の出来事を見守っていた諸侯たちから、暖かい拍手が起こった。


「聖女様も年頃の女の子なのですね。こちらの世界での地位や名誉よりも、好いた殿方の傍にいたいだなんて奥ゆかしくて可愛らしいこと」

「ベスター公爵令嬢ともよき関係を築いていたようだ。まるで長年の友人同士のようでしたな」

「聖女様があちらに戻られても、帰還の儀を執り行ったカレンデュラ様にはきっと聖女様のご加護がおありでしょう!」

「聖女様がローハルト殿下と真に恋仲でしたらなぁ、誠に残念だ。とはいえ、聖女様の婚約者も愛しい聖女様の戻りが待ち遠しいでしょう。これ以上は野暮ですな」


ハヅキ様とセイタロウ様の仲を皆に見せつけることで、聖女の帰還に反対する声はなくなったようだ。むしろ聖女の意向を優先し、願いを叶えたことでカレン様の評判が今以上に上がったようにも感じる。


「ハヅキ…どうか息災で」

「ローハルト殿下、ありがとうございました。えっと…素敵なご縁に恵まれますように…?」

「いや、婚約とか結婚とか、そういうのはしばらくいい…ハヅキやディア以上の女性に出会えるとは到底思えぬのでな…」


遠い目をしたローハルト殿下は、しばらくリンドール辺境伯家にお世話になるそうだ。ヴィオレッタ殿下が輿入れする前に王家とリンドール家の関係を盤石にし、辺境を守る騎士たちの厳しい訓練に参加することで心身を鍛え直す目的があるようだ。どちらかと言うと文官寄りな殿下だが、これを機に逞しく育ってカレン様の治世を文武両方の方面で支えて欲しい。


「皆の者!我が国の未来を担うカレンデュラ王女殿下と、我が国に多大なる恩恵を授けた異界の聖女ハヅキ殿を盛大に送り出すのだ!!」


更に大きくなった拍手の音に見送られ、カレン様とハヅキ様を先頭に私たちは退出した。もう日が傾いている時間なので、少しでも長く私たちが共に過ごす時間を作ろうと気を回してくださったのだろう。国王陛下の気遣いに感謝する。


◇◇◇


お茶会のつもりでいたが、時間が時間なので小規模な晩餐会となった。カレン様の宮で私、ハヅキ様、カレン様、エルディオ様の四人でカレン様専属の料理人の絶品料理を堪能した。


ハヅキ様のご実家であるアリサカ家は国を代表する伝統菓子の店を営んでおり、アデリアでは見たことがないような菓子が沢山あるそうで、再現できそうなレシピをミリアとオルガに教えてくれた。エルディオ様はアイディリア様からニホンゴに関する質問を預かっていたようで、得られた回答を沢山書きつけていた。いつかアデリア王国でもニホンゴがすらすら読めるようになり、異界からやってくる人々の助けになる日が来るかもしれない。他にもカレン様が王家所有の魔術遺産をまとめた書物を見せて、ハヅキ様の世界に似たようなものがあれば原理と構造をわかる範囲で聞き出したりと、別れの前に沢山の話をした。


「私が来たのがアデリア王国でよかったです。この国ってなんだか暖かくて優しくて、すっかり好きになっちゃいました。大きな争いもないし、魔術遺産や魔道具も人の暮らしを豊かにするようなものばっかりで、いいですよね。カレン様が女王様になったら、きっともっと便利で暮らしやすくなるんだろうなぁ…」

「もしハヅキ様がアデリアに降臨されなかったら、騙されたままのローハルト殿下が火種となって国が荒れていたかもしれません。こうして平和でいられるのはハヅキ様のお陰でもあるのです」

「わたくしの治世では、アデリアは聖女に祝福を受けた国として大陸中で知られることになるでしょう。あなたがくれたものに恥じないよう、精進するわ」

「ディアさん、カレン様…」

「さぁ…すっかり暗くなってしまったわ。そろそろ帰らないと、ね」


食後のお茶の時間も終わり、別れの時がやってきた。ハヅキ様はスマホを起動させながら、私にそっと近付いてきた。


「ハヅキ様…なんでしょうかこの距離は?もしや私との別れを惜しんであちらへのお持ち帰りを試みておられる…?」

「違います!あの、ディアさん。私あっちに戻ったら誠ちゃんに告白するから、ディアさんもエルディオさんに頑張って告白してみない…?」

「こ……こくはく、ですか?」

「うん。うまくまとまらないかもだけど、思い切って今の気持ちを伝えてみたらいいんじゃないかな」


すっかり砕けた口調で接してくれるようになったハヅキ様は、最後まで私の気持ちを案じてくれている。友達とはこういう相手の事を言うんだろうなと思う。


「……上手く言える気がしませんが、いいのでしょうか」

「たぶんだけど、エルディオさんならわかってくれそうな気がする。特にディアさんのことよく見てるし、ちゃんと伝わるんじゃないかなぁ」

「ハヅキ様がそうおっしゃるなら、そんな気がしてきました」

「じゃあ、約束ね!」


そういってハヅキ様は自身の小指を私のそれに絡めてきた。これはハヅキ様の国でよく交わされる、約束事をする際の儀式だそうだ。


『葉月、もういいのか?』

「うん、お待たせ誠ちゃん。たくさん話せたし、伝えたいことは伝えられたから、もう大丈夫」

『ん、そっか。じゃあ、そろそろ押す――』

「―――すみません、ちょっと待ってもらっていいですか!?」


少し前から席を外されていたエルディオ様が、大慌てで戻って来た。その手には見たことのない魔術具がある。


「わ、それってもしかして一眼レフカメラですか?さっきのカレン様の本に載ってたやつだ!」

「聖堂から出てきた用途不明の魔術遺産の一つです。こちらを使えば一瞬でシャシンという絵姿が残せるそうですね」

「間に合ったのね。よくやったわ、エルディオ」


なんと、私が欲しいと切望していた道具のようだ。使い方は簡単で、真ん中にある魔石の前に写し取りたいものを設置し、魔力を流し込むだけだ。転移と同じくらいの魔力量が必要だが、光沢のある紙に写し取られた絵姿は劣化せず残せるという。


「お嬢様、ハヅキ様、もう少し近寄れますか?――はい、これでOKです」

「ミリア、ありがとう!では皆様、魔力を注ぎますね」


―――――カシャッ


◇◇◇


こうしてハヅキ様は元の世界へ戻っていった。ハヅキ様が去った跡にはスマホが残されており、カレン様のご厚意で私が譲り受けることになった。いつでも彼女を近くに感じられるよう、シャシンと並べて部屋に飾っている。

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