表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/57

50.

謁見の間には国王陛下夫妻はもちろん、四大公爵家からベスター、コルテス、グラッツェン公爵と、ディーク公爵家の嫡男が来ていた。グラッツェン公爵は普段は領地におられるが、国王陛下夫妻とベスター公爵が不在の間王都に逗留してくださっていたのだ。ディーク公爵家は一族揃ってあまり領地から出てこないのが常なので、嫡男が居るだけでも今回の件の注目度が窺える。他にも様々な貴族がずらりと勢ぞろいしており、この中のどこかにハーヴェイ伯爵夫妻もいるらしい。私たちがここに来るまでの間に一連の出来事の詳細は既に陛下から語られており、貴族たちの目線は概ね好意的なようだ。ローハルト殿下は私たちより一足先に発言をし終えたようで、疲れた顔で端の方にいる。よほど国王陛下に絞られたのか、かなり生気のない表情だ。


「ディアレイン嬢はカレンデュラ殿下に恭順の意を示しているな…」

「次期王子妃を退いたとはいえ、王子妃教育を受けた唯一のご令嬢だ。カレンデュラ殿下が手放さないだろう」

「あれが聖女ハヅキ様…なんと神秘的なたたずまいなのでしょう」

「あの鳶色の髪の青年はどこの家の者だ?見覚えが無いな」


様々な憶測が飛び交う中、カレン様を先頭に国王陛下の前に立った私たちは正式な礼を執る。ここからはカレン様が代表して発言をし、私たちは発言を求められるまでは静かに控えておく。


「ディアレイン、顔を上げてこちらにいらっしゃい。此度はローハルトが、ひいては王家があなたに酷いことをしたわ」


静かにしていようと思ったら、フェミナ王妃殿下に真っ先に声を掛けられた。この場で王家から謝罪があるのは極めて異例の事だが、王妃殿下はこういう御方なのだ。誰にでも鷹揚に接し、その気さくさに彼女を侮る貴族もいるが、決して甘いだけの方ではない。この謝罪は今後もベスター公爵家と王家の関係性は盤石だと示すとともに、万が一私がローハルト殿下に思うところがあったとしても、この場で謝罪を受け取らなければ王家に叛意ありと見做されてもおかしくない。すなわち、私の不満を封じる一手でもあるのだ。そうは言っても現状本当に不満はないので、ごく自然に謝罪を受け入れるとする。


「とんでもございません。むしろ私こそ、与えられた御役目を全うできず誠に申し訳ございません。未熟さゆえにこのような事態になりましたことを反省しております」

「相変わらずの謙虚さはあなたの美点ね。王家にあなたを迎え入れられなかったことは大きな損失となるでしょう…あぁ、これ以上のことはこの場では控えましょう。また改めて、ね」


こうしてフェミナ王妃と個人的な約束を持てる立場だということを貴族たちに示すのも、私が婚約破棄されて尚王家にとって重要な人間だと思わせるために必要なやり取りだ。王妃も長旅でお疲れだろうに、今日も変わりなく含み笑いもお美しい。


「聖女ハヅキ・アリサカ殿。我が息子が大変な無礼を働いたこと、深くお詫び申し上げる。心痛如何ばかりかと…」

「こっ、国王陛下!お久しぶりです!!あの、確かにローハルト殿下には困ったところも沢山ありましたが、悪意はないとわかっているので大丈夫です。それに私を助けてくれたのも陛下のお子さんで…!」

「カレンデュラが聖女殿の助けになれていたのなら、国王としても父親としても安堵するところでございます。寛大なお言葉に心からの感謝を」

「ほんとうに緊張する…自分より上の立場の人から頭を下げられるって逆にちょっと怖いまである…」

「何を申しますか、聖女殿。この国は元より、大陸全土を探しても聖女殿より上位の存在など極めて稀でしょう。異界から訪れる聖人はそれほどの存在なのです。それ故に我々は、ここに長くお留まりいただきたいと思ってしまうものですが…」


謁見の間にぴりっとした緊張感が漂う。国の利益を考えたら、聖女様を慰留するのは当たり前のことだと言えよう。それは各国に訪れた聖女の処遇から見ても明らかだ。だけど私たちはそれを選ばないと決めたのだ。


「そのように言ってもらえるのは、有難いことなんだと思います。だけど私には元の世界に大切な家族や友人がいて、まだまだやりたいことが沢山あるんです。それに…」


そこで一瞬私の方を見たハヅキ様は、恥ずかしそうにこう続けた。


「好きな人がいるのですが、まだ本人に好きって言えてないんです。ちゃんと言うって約束したから、絶対に帰らなきゃいけないんです」

「そうですか…では、必ず帰らねばなりませんな」

「…はい!」


事前にカレン様から話を聞いていた国王陛下は、優し気に微笑んでハヅキ様の背中を押した。叶って欲しいことは口に出さなきゃと私を励ましてくださったハヅキ様だから、この場で己の願いをハッキリと言葉にすることを選んだのだろう。聖女と呼ばれるにふさわしく人々に希望を与える存在なのだと感じ、頬に一筋の涙が伝った。今まで人前でここまで感情があふれ出すことなどなかったので内心動揺したが、エルディオ様が目立たないようにそっとハンカチを差し出してくださったので有難く使わせてもらう。本当にこの人は、私の事をよく気に掛けてくださっているのだなと嬉しくなった。


「今日この場を設けたのは、一連の騒動を当事者たちの口から報告するためということになっているが、それ以上に重大な理由が二つある」


拡声の魔術具を使わずともよく通る声で、為政者の威厳を漂わせながら陛下が高らかに告げた。


「第一王位継承権を持つ第一王女カレンデュラ・デ・アデリアを、正式に王太子とすることをここに宣言する!ヴェイア王国への留学期間を一年短縮し、正式に帰国したのちに立太子の儀を執り行う!!」


陛下の宣言に、謁見の間がどよめいた。視界の端に悔しげな表情のローハルト殿下が見えたが、今の殿下を慰めるのは私の役割ではない。ここから殿下は奮起せねばならないのだ。さざめく貴族たちに静粛にするよう呼びかけ、陛下は更に続ける。


「カレンデュラには未だ婚約者がおらぬが、その件に関してはまた後日正式な場を設けて皆には報せよう。これにより第三王女のヴィオレッタが継承権第一位となるが、ヴィオレッタは近くリンドール辺境伯家の嫡男カイル・リンドールと婚約を調え降嫁することが決まっているため、継承権第一位には第一王子のローハルトが繰り上がることになる。ローハルトの行いで最も被害を受けた聖女ハヅキ殿とベスター公爵令嬢が寛大な処分を望んだため、現時点で継承権の剝奪はせず今後の行いを厳しく見てゆくこととなるため、諸侯らには厳しい眼差しでローハルトの今後を見守っていただきたい」


ハヅキ様がこの世界に来た際に反王家派や忠誠心が足りない貴族を一掃したため、大きな反発もなくこの場は収まりそうだ。カレン様の婚約者についてはご本人からも何も聞かされていないので、何よりも気になるが今は考えないようにしよう。今後カレン様が身にまとうのは国王陛下夫妻と王太子のみが身に纏うことが許された禁色の深紅が主になるだろうけど、私的な場ではご結婚相手の瞳の色を身に纏うこともあるだろう。一体どこの誰になるのか、一度そのことを考え出したら思考が全て持っていかれそうになるので、なるべく平常心で考えないようにする。


「そしてもう一つの理由だが…あ~聖女殿、ベスター公爵令嬢、こちらに来れるだろうか」

「私とハヅキ様が、ですか?」

「は、はい…すみませんディアさん、ちょっと付き合ってもらってもいいですか…?」


ハヅキ様は呼ばれることを知っていたようなので、私に知らされていないのは何か理由があるのだろう。少しぎくしゃくしている彼女と共に陛下に近付く。


「聖女殿、これでよいのだろうか?あとは本人に任せるようにとカレンデュラは言っていたのだが…」

「すみません、変なお願いをして…」

「ハヅキ様、一体何をなさるのでしょう?」


そう問いかけたところでふと、これが元の世界に戻るための儀式なのではと思い至る。だとすれば、悪役令嬢とされた私がここで何か行動を起こす必要があるのかもしれない。悪役令嬢らしく、ハヅキ様を害するような行為だったら受け入れられるかが心配だ。


「えっと、そうですね…ちょっと難しいかもしれないんですが、この場で私に迫ってもらうことってできますか…?」

「おまかせください!!!!優しめがいいですか?それとも激しめがお望みですか??恥ずかしければお顔が皆様に見えないように隠匿の魔術具を展開して…」

「ちょ、ちょっと待ってください!お願いしといてなんだけど圧が!圧が強い!!」


あまりにも大胆なお願いに思わず興奮し、全力でハヅキ様に詰め寄る。もしかして隠しルートというのは私とハヅキ様のルートで、真の隠しキャラは私という展開なのではなかろうか。彼女の腰に手を回しそこまで考えたところで、ハヅキ様が首から下げたスマホが眩い光を放ち謁見の間を包み込んだ。


『―――――葉月。それ、どんな状況なんだ?』


光がやんで、画面の向こうに現れたセイタロウ様は、恋人同士のような距離感の私たちを見て怪訝な顔をしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ