49.聖女を元の世界に戻します
予定より少し遅れて王城に辿り着いた。入学前まではほぼ日参していて、個室まで与えられていたこの場所はベスター公爵領にある屋敷よりより馴染み深いかもしれない。初めて訪れたのは赤子の頃なので記憶にないが、沢山の思い出が詰まっている。カレン様に庭園で勇気づけられた日のこと、マリー様の提案でカレン様、マリー様、ヴィオ様の三人とお泊り会をした日のこと、ヴィオ様から自室に招かれ辺境伯嫡男への恋心を打ち明けられた日のこと…全て鮮明に思い出せる。いつの頃を思い出しても姫様方は美しく優しかった。ローハルト殿下との思い出もあるが、今となっては前世かなというくらい遠い昔の事のように感じる。我ながら差が酷い。
「お嬢様、大丈夫ですか?今までと立場が変わってから初の登城なので、緊張されるのも致し方ないことです。深呼吸して、どうか楽になさってください」
「……ハッ、ありがとうミリア!今私が学園に入学する際にカレンお義姉様からお祝いの魔道具のペンをいただいたことを思い出していたの。色違いでお揃いよといたずらっぽく微笑むお義姉様の仕草はそれはもうお美しくて、それでいてどことなく稚い雰囲気も醸し出していて…」
「大変お元気で何よりです。どうかその調子で陛下への謁見を乗り切ってくださいませ」
「うーん、どうしても必要なことだとわかってはいるけど、少し気が重いわね。ハヅキ様からのご褒美があってよかったと言わざるを得ないわ」
ローハルト殿下の婚約者じゃなくなってから初めて陛下にお会いするので、少しだけ緊張している。それに、今まではほぼ必ずと言っていいほど水色のドレスを纏っていたのに、今日はカレン様の瞳の色を思わせる紫のものなのだ。一目見て立場が変わったと示せるのは便利ではあるが、なんだか落ち着かない。
「国王陛下ご夫妻にもローハルト殿下の行いは伝わっておりますので、お嬢様が咎められることはございません。あちらに非があることは明らかなので、きっとすぐに済みますでしょう」
「そうね、なるべく早く終えたいわ…!」
「ハヅキ様が元の世界に戻れることになった今、今回の件の一番の被害者はお嬢様ですものね。まだ誤解している貴族もいることでしょうし、はっきりと身の潔白を証明しておかねばなりません」
詳しいことは知らされていないが、この謁見を無事に終えるとハヅキ様が元の世界に戻るための条件が揃うと聞いている。短い間だったが私にとってハヅキ様はかけがえのない存在になっており、セイタロウ様のいる世界に帰れることはいいことなのに、もう会えなくなってしまうのだと思うと既に泣きそうだ。ローゼマリー殿下がファーレンに嫁ぐと決まった日も、幸せな花嫁になることを表向きは祝福しつつも、離れてしまうことが寂しくて夜中にひっそり寝台で泣いてしまった。カレン様のように一時的な留学であればまだ冷静でいられるが、ハヅキ様に関してはおそらくもう二度と会えなくなるのだろう。やはり絵姿は必要だと強く思う。しかし、謁見後にはあちらに戻るのだとすると、あまりに時間がなさすぎる。
「高速で絵姿を残せるような魔術遺産はないかしら…」
「それこそエルディオ様にお尋ねしてみては?」
「それはいい考えだわ!さすがミリア!!」
「ハヅキ様もきっと、ディアお嬢様と別れ難く思っているでしょう。遠く離れてもお二人がご友人であることに変わりはありません。今までの感謝の気持ちを精一杯伝えましょうね」
「…………いっそ、あちらの世界と行き来できるような魔術遺産を探すべき………?」
「私の話、聞いてました?」
エルディオ様の叔母様は新たな魔術遺産を求めて大陸中を飛び回っていると聞いた。私のこれからの人生、そういう生き方をするのもアリかもしれない。夢が広がる。そうして控室でミリアと話していたら、カレン様がやって来た。カレン様もあでやかな紫のドレスをお召しなので、お揃いっぽくて嬉しい。
「ディア、疲れているところに来てくれてありがとう。紫のドレスもよく似合っているわ」
「ありがとうございます。これからはいつでもこの色を身にまとえると思うと、気が引き締まる思いです」
「ふふ、ありがとう。ディアはいつだってわたくしがわたくしであるために欲しい言葉をくれるのね。でも、あなたが紫を身に纏う期間はそう長くないかもしれないと思うと、少し寂しくもあるわ」
「え?それはどういう意味で…」
「わたくしも、いつまでもこの色とは限らないしね」
「……はい。たとえ何色を身に纏うことになろうと、どこまでもお供いたします」
続けてやってきたハヅキ様は高位聖職者が纏う純白のローブをお召しで、高潔さが感じられるその装いが誰よりもお似合いだ。そして、二人の後に付き従うように入室されたエルディオ様の服装に、私はまたもや固まってしまった。
「ディアさんのドレス姿を見るの、お招きいただいたお茶会の日以来だけどすっごくキレイですね!あの時の水色のドレスも妖精のお姫様みたいで素敵でしたけど、今日の紫は大人っぽいですね。紺色の髪飾りとネックレスもよく似合ってます!!紺色、いい色ですよね!!!」
紺色を強調するハヅキ様は、ちらりと横目でエルディオ様に視線を送っている。そんなエルディオ様は深い紫を基調とした御衣裳で、いつも着ている執事服にも似た図書館の制服とはまったく異なる趣で大変よくお似合いだ。問題なのは、襟元を見るとタイの飾りが見事なアイスブルーの宝石なのだ。そう、私の瞳の色とそっくり同じ色彩なのである。かなり立派な御品に見えるので、カレン様から下賜されたものかもしれない。奇しくも私と同じような装い方なので、同じ想いで選んでくださったのかと期待してしまいそうだ。
「さて、そろそろ向かいましょう。主にわたくしが話すから、あなたたちは楽にしていて。今日は何よりもわたくしの一挙手一投足が諸侯たちに見られる予定なので、気が引き締まる思いだわ」
カレン様の言葉には多くの含みがあり、その真意はこの先の扉の向こうで明かされるだろう。
◇◇◇
国王陛下夫妻との謁見には多くの城仕えの貴族たちが同席することになっており、カレン様が主導しその場で一連の出来事の報告と、関係者に下された処分内容が発表される手筈だ。コルテス公爵父子の処分はカレン様の判断で決まったが、ローハルト殿下の進退は陛下が本人に直接告げることになっている。ローハルト殿下が次期国王陛下と目されていたのは唯一の男児で四大公爵家の令嬢との婚約が早々に内定していたからで、その上自らの危機に聖女が国に現れたともなれば次期国王の器に相応しいとみなされていた。しかし、一連の行いが白日の下に晒されればそうもいかなくなる。そのとき一番玉座に近付くのは、継承権第一位のカレン様に他ならない。今までカレン様の名前があまり上がらなかったのは、ひとえに私の存在があったからと、近隣諸国から正妃として迎えたいと望まれていたからだ。ヴェイア王国への留学も花嫁修業の一環と誰しもが思っていた。しかし引く手あまたなカレン様だが、今現在決まった婚約者はいないのだ。おそらく私とローハルト殿下が無事成婚するまで、どう転んでもいいようにご自身の婚姻を
後回しにしていたのではないかと思う。本当に、私はずっとカレン様に守られてきた。その想いに報いたい。
「私は長年に渡り王子妃教育を受けていた身です。少なからず、お役に立てることがあるだろうと自負しております。どうか頼っていただけると嬉しいです」
「えぇ、そのつもりよ。ここにいる者たちには先に伝えておくわね」
私とミリア、ハヅキ様にエルディオ様、そしてカレン様の側近たち。10名にも満たない人数だが、全員カレン様が信を置いている者だ。全員の顔をしっかり見て、詠うような優雅さで宣言された。
「わたくしカレンデュラ・デ・アデリアは、この国の王太子となりいずれ女王の座につくわ」
終章突入です。あと2~3日で最後まで投稿し終える予定です!よろしくお願いいたします。




